北の勇者
騎士たちが後ろの騒ぎに対処するなか、迅たちは突然声をかけてきた黒髪の男を中心とした7人へ向き合っていた。
目つきの鋭い黒髪の男の後ろには、眼鏡をかけた女、褐色肌の女、背が低い男、丸々と太った男、片目を布で隠してる男、そしてグライドに匹敵するであろう3メートル近くの筋肉質の巨体を持つ、クマ耳を生やした獣人がいた。
「あなたたちは?」
「あん?鈍い奴だなぁ、お前。俺のこの黒髪を見りゃ分かんだろ。俺は北の勇者なんて呼ばれてる『北沢 郷四郎』だ」
和輝の問いかけに、自らの髪を指差しながら答えた北沢。
「キタザワさん、すいませんが今は話してる場合じゃないんです。どうも私たちは狙われてるらしいので、ひとまず北宮殿へ行ってからにしましょう」
「おいおい、わざわざここまで来たってのにそりゃねぇだろ。どうせもう全部片付けたんだろ?ならとっとと対抗戦をやろうぜ。こっちは散々待たされて退屈してんだよ」
ティアは〝新たな追手が来るかもしれない″と懸念しているからこそ早く移動したいのだが、それを全く考えていない北沢はせかすように言ってきた。
「いえ、片付けたとかの話ではなく、もしかしたら別の追手が来るかもしれないので早く北宮殿に行きたいんです」
「あ?追手なんか来るわけねぇだろ。いいから俺らについて来い。待たされて退屈だって言ってんだろうが。何度も同じことを言わせんじゃねぇよ」
「たとえ追手が来ないとしても、今日は対抗戦の許可はできません。カズキさんたちは今日来たばかりなのですから、せめて1日くらいはゆっくりしてもらうべきです」
ティアはなかなか話を聞いてくれない北沢にムッとしながらも説得を続けていたが、和輝たちの疲労を考慮するように伝えたところで、北沢はティアを睨みつけはじめた。
「おい、なんでお前の許可が必要なんだ?王族とはいえ学院の決定に口を出せるわけじゃねぇだろうが」
「いえ、そういうことではなくて、旅の疲れがあるのですからそれを配慮すべきだと言いたいんです」
「旅の疲れだぁ?そんなもん問題ねぇだろ。年下とは言っても同じ勇者なんだ。少し遠出をしたくらいで疲れたりなんかしねぇだろ」
ティアの説明に呆れたような表情を浮かべた北沢は、決めつけるような言い方をしながら和輝へと顔を向けた。
「あの、できれば今日だけでも休ませてほしいんですけど……」
「……ちっ、わぁったよ!今日は休んで明日に対抗戦だ。それで文句ねぇな?」
困りぎみの笑みを浮かべながら答えた和輝に、北沢はイライラしたように後ろ髪をかきながら返した。
「それなら僕たちの方も大丈夫です」
「ったく、こんなんじゃ今回の勇者はハズレなんじゃねぇのか?」
北沢が折れてくれた事に一瞬ホッとした和輝たちだったが、そのあとに放たれた貶すような言葉に引いた笑みを浮かべていた。
学院を出発する前に〝更生させる″的なことを言っていた和輝だったが、初対面というのもあり反論などはしなかった。
他の者もひとまずは収まりそうだったので口を挟もうとはしなかったが、この場には気まずさなどを気にしない者が2人ほどいた。
「ハズレはお前だろ」
北沢を睨みつけながら静かな声音で言い放ったのは迅だった。
その意趣返しのような言葉を向けられた北沢は、迅へ怒りのこもった視線を向けた。
「……なんか言ったか?」
「ジンさんの言う通り、あなたがハズレですわ」
迅が何かを言う前に、軽蔑するような目を北沢に向けながら便乗したシルフィア。
「なんだとてめぇ」
同じ勇者でもない2人に貶されたことによって、一瞬で一触即発の空気が作られた。
それに焦ったティアが仲裁しようとしたが、その前にシルフィアが話し始めたのが先だった。
「ねぇハズレさん。一つ聞きたいんですけど、なぜ追手が来ないと分かるのですか?」
まるで真相を問い詰めるかのような聞き方をするシルフィア。
「あ?そんなもんはほら、あれだよ。勘だよ勘」
「あら、そうなんですか。てっきり今回の襲撃はハズレさんの差し金かと思ったのですが」
シルフィアの問いかけに北沢は適当な答えを返したが、それが何かを確信する理由にでもなったのか、ついには冷たい目を向けはじめたシルフィア。
「……俺を疑うってのか?」
「お前は後ろであんだけ騒ぎになってんのに気にしなかったよな?しかも追手が来ないことも分かってる。お前が俺たちの前に現れたタイミングも考えれば疑われるのは当たり前だろ」
「それでも会長を疑う理由としては弱いと思いますが?」
シルフィアのあとを引き継ぐように説明した迅に、北沢の後ろで控えていた眼鏡の女が至極もっともな反論をした。
「俺もそいつの性格を聞いてなけりゃ疑ったりはしてねぇさ。なんならそこらで転がってる奴らを片付けようとしている奴にでも聞いてみるか?誰に雇われたのかをよ」
迅が話した内容に和輝たちはついていけてなかったが、全てが分かっている北沢は迅の言葉に眉をピクッと反応させた。
実はあとで話を聞き出すために襲撃者たちの位置を察知していた迅は、気絶している者たちに近付いてくる者たちのことも察知したのだ。
迅が倒してから数分しか経っていないのだが、それぞれの所に数人が集まってきているので、どう考えても対応が速すぎるとしか言いようがなかった。
迅とシルフィアに責めるような目を向けられている北沢は、無表情にしていた顔を解いて肩をすくめた。
「……あ〜あ、やめだやめ。まさか勇者でもない奴に看破されるとは思ってなかったぜ」
「ということはキタザワさん、本当にあなたが襲わせたんですか?」
さすがに弁解するのを諦めたキタザワがアッサリと認め、ティアが驚き気味の表情で問いかけた。
周りでは和輝たちも勿論だったが、庇うように反論してきた眼鏡の女も驚いていた。
「その通りだよ。つーか話の流れで確認しなくても分かるだろ普通。でもまぁ、元はと言えばギルドのおっさんが原因だからな。文句ならそいつに言ってくれ」
「どういう事ですか?」
バレても反省の色を見せていない北沢に、厳しい視線を向けながら問いかけたティア。
しかし、それに答えたのは前に出てきて深く頭を下げてきた眼鏡の女だった。
「申し訳ありません、ティア殿下。今回の襲撃に使われた者たちはおそらく、会長がギルド長に頼まれていた違反者たちだと思います。実は少し前に違反者取り締まりの協力を頼まれていたのですが、会長に案があるということで一任していたのですけれど……」
「くははは!ナイスアイディアだろ?あいつらは王族を襲ったことで逃れることのできない犯罪者になり、俺は新しい勇者の力を見ることができたってわけだ。しかもここ最近うるさかった犯罪集団まで釣れたからな。一石三鳥で良いこと尽くしだぜ」
申し訳なさそうに思い当たる事を説明した眼鏡の女だったが、北沢の方は全く悪びれていなかった。
事の背景としては、ギルド内での通報で発覚した新顔の違反者たちが始まりだった。
彼らは隠密系の能力を持った者たちのクランだったのだが、その能力を活かして魔物をバレないように別のクランの元に誘導していたのだ。
それだけならば別に問題ないのだが、彼らはそのクランが魔物を倒す直前に現れて参戦し、当然のように報酬を均等に分配するように言ってくるのだ。
しばらくはそういった行為が続き、完全な違反でもないために渋々といった感じで共闘したクランは分配していたのだが、あまりにも狡い手だったので納得していないクランのメンバーが尾行を開始したところ、その一連の流れを目撃したのだ。
それをギルドへ報告したところ、最初はまだ理由が弱いとして手は出せなかったのだが、ちょうどギルド職員も監視についた時に他の魔物と戦ってるクランの元へ誘導し、甚大な被害をもたらしたために規則に則った長期間の活動停止の罰則を与えた。
しかしまた同じことをされては堪らないので、彼らが復帰してからしばらくは監視を続け、いざという時にその場で抑えられるようにと北の勇者である北沢に声をかけていたのだ。
その話を聞いた北沢は面倒だと断るつもりでいたのだが、対抗戦のために呼んだ和輝たちの他に王女姉妹が来ることを聞き、ちょうどいいと考えた北沢は違反者たちに高い報酬を出して襲わせることにしたのだ。
王族とはいえ学院に通っているティアとシルフィアは【西セントレア】以外では顔を知っている人は少ないので、同じように王族とは知らない違反者たちは嬉々として高い報酬目当てに引き受けたのだ。
ちなみに、犯罪集団はその話を違反者の一人から伝え聞いて参加したのだ。
普通ならば学院の生徒会長の依頼なら罠だと分かるはずなのだが、幸いと言っていいのか、北沢の粗暴な性格を噂で聞いていた犯罪集団は全く疑うことはなく、ある意味で北沢の人徳のおかげでもあった。
「相変わらずのクズ男ですわね」
王族を囮にした事を全く気にしていない北沢に、顔を思い切り歪ませながら毒づいたシルフィア。
「おい、口の利き方には気を付けろよ。お前みたいなガキが、俺に生意気な事言ってんじゃねぇよ」
「それはこちらのセリフですわ。王族である私に向けていい言葉ではありませんわよ」
「寝ぼけた事をぬかすんじゃねぇよ。俺らはお前らん所の神に呼ばれたんだぜ?神に選ばれた俺が、なんでお前らの下っ端扱いされなきゃならねぇんだ?」
まるで普段の迅との言い合いのようではあったが、お互いに本気で心底から嫌っているのが分かるやり取りだった。
「キタザワさん、そこまででお願いします。シルフィア、あなたもよ」
ティアが仲裁に入ったことで引き下がったシルフィアだったが、その表情からはまだ言い足りなさそうなことが伺えた。
「ったく、妹くらいちゃんと躾けとけよ。あまりにもうぜぇとまた泣かすぞ」
もう終わるというところで昔の事を持ち出してきた北沢。
ティアは何も言おうとはしなかったものの、北沢の言葉を大好きな姉が貶されたと捉えたシルフィアは堪らず反論した。
「私はもうあの時とは違って戦うことも出来ます。いつまでもその態度を続けられるとは思わないでください」
「……じゃあよ、今すぐ俺と戦ってみるか?」
シルフィアにはっきりと宣言された北沢は、不敵な笑みを浮かべて右手をシルフィアへ向けた。
そして、その手に光が集まったかと思うとある物へと変化し、その手元を見た和輝たちはそれの凶悪さを知っているからこそ息を呑んだ。
「だめ―――」
その持っている物の空洞の部分から何が出てくるのかを知っているティアが制止しようとしたが、それよりも先に北沢が人差し指を曲げるのが先だった。
パァン!ギィン!
でかい破裂音とほぼ同時に、ぶつかり合った金属音が周りに響いた。
「へぇ、よく今のが攻撃だって分かったな」
拳銃を持っていた腕を下げた北沢は、感心したように声をかけた。
その視線の先には、シルフィアの顔の前にサラレスを剣の状態で顕現させている迅がいた。
「ふざけるのも大概にしとけ。それにめんどくせぇから無駄に挑発を繰り返すんじゃねぇよ」
「ジンさん、ありがとうございます」
迅がシルフィアを守ってくれた事にホッとしたティアは、北沢を責めるよりも先に迅にお礼を伝えた。
「気にするな。シルフィア、お前もこいつの挑発にのるな。いちいち反応するだけ無駄だし、明日の対抗戦で叩き潰してやるからよ」
「……分かりましたわ」
いつになく真剣な表情で注意されたシルフィアは、何も反論せずに引き下がった。
しかし、その迅の言葉に北沢が反応した。
「ちょっと待てよ。勇者でもないお前が対抗戦に出るつもりなのか?」
「俺はこいつの代わりだ。こいつはまだ中等部だからな」
北沢の問いかけに、すぐ後ろにいた柑奈を指差して答えた迅。
「なるほどな。それでもべつにいいけどよ。今回はチーム戦でやるつもりなんだ。俺らは7人、お前らは6人になるがそれでも構わねぇのか?」
ニヤリと笑いながら対抗戦の内容を話す北沢。
人数が最初から和輝たちよりも多い理由は分からないが、ロクな理由ではなさそうなうえに減らすつもりもないようだ。
迅も北沢が人の感に触るやり方を考えているのを分かってはいたが、人数差くらいでは揺らぐことはなかった。
「こっちはほぼ勇者だからな。1人分の穴埋めくらい問題ねぇだろ」
「勇者だからねぇ……おい、カグニース」
「あいよ、会長」
全く動じていない迅が面白くない北沢は、後ろに控えたままでいた熊の獣人に声をかけた。
北沢の意図をしっかりと分かっているカグニースという獣人は、笑みを浮かべながら迅の前まで進み出てきた。
「面倒だからもう絡んでくんじゃねぇよ。こっちは問題ねぇって言ってんだろうが」
見下ろしてくるカグニースを睨みつけながら、言外に帰るよう伝えた迅。
しかし―――
「いやなに、勇者だけが強者だと思ってるみたいだからよ。それが間違いだってのを教えてやろうと思ってな!」
カグニースはいきなりその野太い右腕で迅へ殴りかかった。
パン!
たとえ体は匹敵していてもグライドの拳と比べれば天と地ほどの差があるため、迅は難なく左手だけで受け止めた。
「なっ⁉︎」
自慢の拳が簡単に受け止められたことに驚くカグニース。
それは北沢たちも同じで、信じられないものでも見てるかのような表情をしていた。
「もう絡むなって言ったよな?」
そう言いつつ右手で握り拳を作った迅は、カグニースの鳩尾へ拳を繰り出した。
ズンッ!
「おぼっ⁉︎」
威力はちゃんと抑えられていたものの、まともに喰らったカグニースは白目を向いて気絶し、ズーンとその場で倒れた。
「こいつの回復のためにもう一日だけ伸ばして明後日に対抗戦だ。これ以上延期にしたくねぇんならもう無駄に絡んでくんな。お互いに面倒なだけだ」
最後にそう言い放った迅は、和輝たちを促してその場から去っていった。
「まさかカグニースがやられるとはな……ジン、か。奴は何者なんだ?」
歩いていく迅たちを見送るなか、パワー自慢で知られているカグニースを同じパワーでねじ伏せ、なおかつ同郷の者にしか分からないはずの銃による攻撃を防いだ迅に警戒心を持った北沢であった。
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