それぞれの開戦
川まで転移してきた迅たちは、遺跡の目の前の所までやってきていた。
ただ、遺跡の前には数十体の魔物がいるため、今は木の後ろに隠れていた。
「あれ?ドーネルさんは魔物の群れは数百体って言ってなかったっけ?」
「だよな。どう見ても少なくねぇか?」
見た感じは確かに多いものの、それでも数百と言うには少な過ぎるために和輝と剛が疑問を浮かべた。
その疑問に対して、咲恵が自らの推測を述べた。
「恐らくはもう移動を開始していたんだろうな。ここに残っているのは見張りなんだと思うよ」
「なんにせよ俺たちのやる事は変わらない。とっととあいつらを片付けて中へ入るぞ」
迅が木の陰から出ようとしたところで、咲恵が肩を掴んで止めた。
「待ってくれジンくん。このまま戦っては少なからず時間を取られる。だからここは私たちに任せて先に行ってくれ」
「分かった。無理だけはするなよ」
「あぁ、もちろんさ」
咲恵の提案をすぐに受け入れた迅は一声かけて動き始めようとしたが、その前に和輝が待ったをかけた。
「待ってください先輩。僕たちも一緒に戦います」
ゴン!
「いっ〜〜〜〜!」
「話はちゃんと聞いとけよ。ほら行くぞ」
和輝は正義感が働いたからこそ〝一緒に″と言ったのだろうが、時間を取られないようにするためだというのにそれを理解していなかったので、呆れた迅が頭を殴って動けなくさせて引きずっていった。
「ほんと容赦ねぇな」
「あはは、『ヒール』」
和輝を引きずっていく迅にジト目を向けながらも大人しくついて行く剛。
麗奈も苦笑いしながら和輝に回復魔法をかけていた。
遺跡の横へ移動を開始した迅たちを見送った咲恵たちは、互いの顔を見合った。
「さて、ノエル、ミーナ、無理をしない程度にやろうか」
「任せて」
「はい!」
3人は魔物がいる方へ向くと、それぞれの魂剣を呼びだした。
「おいで、『ディルナ』」
「来なさい、『オリニクス』」
「いでよ、『エフリート』!」
咲恵は真っ白な刀、ノエルは青い短めの杖、ミーナは真っ赤な短剣を取りだした。
そして、いつの間にか咲恵の足下には小型犬ほどの大きさの真っ白な九尾狐が座っており、咲恵はしゃがんで頭を撫でながら声をかけた。
「ルー、お前も頼んだぞ」
「キュー!」
この『ルー』と名付けられた九尾狐は、咲恵の魂剣に宿る剣精霊であった。
咲恵の言葉を理解しているらしいルーは一鳴きすると、ムクムクと熊並みに大きく成長していった。
いつでも戦える準備を整えた咲恵たちが木の陰から出ると、魔物たちはもちろん気づいて咲恵たちに狙いをつけた。
「グルルル……エモノ、ミツケタ」
「さて、勇者としての力を見せてあげようか」
一斉に突撃してくる魔物たちを目の前にしながらも、咲恵はなんの気負いもない表情で魔物たちを迎えうった。
〈迅サイド〉
咲恵たちが魔物を引きつけている間に回り込んでいた迅たちは、遺跡の入り口付近まで来ていた。
「うぅ、痛かった……なにも殴らなくってもいいじゃないか」
「お前がふざけた事を言うからだろうが」
「僕が間違ってたって言うのか?ジンはそんな簡単に仲間を見捨てられるのか?」
随分と極端な事を言ってくる和輝に対して、迅は頭に手を当ててため息をついた。
「はぁ……今回はスピード勝負だってのを忘れてねぇか?俺らがこっちを解決しない限りは街が襲われ続けるんだぞ。だからこそ二手に分かれたんだろうが」
「それはそうだけど……」
細かく説明しても未だに不満を募らせていた和輝に、迅は更にたたみかけた。
「西野なら問題ねぇよ。火力は見てねぇから分からんが、立ち振る舞いを見た限りはかなりの強者だと思うぞ」
「……分かったよ」
渋々といった感じだったが、なんとか和輝を納得させた迅。
「よし、入るぞ」
迅は魔物がこっちを見てないことを確認してから和輝たちに声をかけ、走って遺跡の中へと入っていった。
遺跡の中に入るとそこそこ広い石畳の通路が長く続いており、壁にはランタンの灯りが点いていた。
迅たちはその通路を走っているのだが、もっと罠や妨害を予想していたので少し拍子抜けだった。
ただ、遺跡の中に充満しているエネルギー自体は感じているので、油断だけは出来ない状態であった。
「遺跡なのに罠とかは無いんだな」
「みたいだね。それに明るいから通りやすいね」
「でも、嫌な感じはするな」
「さっきの入口に結界が張ってあった。恐らくはそれが今漏れている力を隠してたんだろうな」
迅の予想は概ね当たりだろう。
かなりの大きさである遺跡に充満しているのだから、何かしらで塞いでおかなければすぐに外に漏れてこの場所は調査されていたはずだからだ。
警戒はしたままで進んでいくと、何も無いかなりの広さの部屋に出た。
感覚的には体育館の2〜3倍くらいはありそうだった。
ここにはランタンのような灯りは無いものの、天井にポッカリと穴が空いているのと、天井近くの横壁がいくつもの柱で支えられている造りのため、そこから差し込む陽射しによってそこそこの明るさではあった。
「結構奥まで来たけど……かなり広い所だね」
「罠はねぇが……」
迅以外の3人はあまりの広さに驚きながら歩いていたが、迅だけは上を睨みながら歩いていた。
そして、迅たちが真ん中辺りまで歩いてきたところで―――
ズガガガガガガン!
突然、天井付近の柱が壊れ始めた。
「奥まで走れ!」
迅が咄嗟に指示を出して全員走り始めたが、柱が壊れて天井が落ちてくる方が明らかに速かった。
このままでは迅はともかく和輝たちは間に合わないだろう。
すぐにそう判断した迅は立ち止まり、上を見据えた。
「『魔力結界』!」
迅は両手を上に向けてバカでかい『魔力結界』を作り、天井が落ちてくる前に支えた。
「ジン!」
「いいから先に行け!俺はこの瓦礫をなんとかしてから向かう!」
和輝が迅が残った事に気付いて止まったが、迅は上を見たままで先に行くように促した。
「でも!」
「さっきも言ったろうが!俺たちは時間との勝負でもあるんだぞ!この程度で全員が足止めを喰らう必要はねぇ!」
何か出来るわけでもないのに先に行く事を躊躇っている和輝に、迅は多少の威圧をかけながら怒鳴った。
和輝は迅からのまとまな威圧を初めて受け、たまらず固まってしまった。
迅は固まった和輝を睨むようにしながら、今度はいくらか静かな声音で続きを話し始めた。
「それにだ、この先にはお前らが手も足も出なかった奴がいんだろうが。それをお前ら3人で相手しなきゃなんねぇんだぞ?人の心配をする前に、まずは自分たちが生きて戻る事を考えろ」
「……分かった!ジン、ここは任せた!」
「また後でな!」
「無事でいてね、ジンくん!」
迅から叱られた和輝は考えを改め、迅を信頼してこの場を任せることにした。
そして、剛と麗奈も一声ずつ掛けてから3人で奥の通路へと走っていった。
「はぁ……ほんとにめんどくせぇ勇者だ」
仲間想いなのは良い事なのだが、それで優先順位を履き違えていては目も当てられないために、迅としてはどうにか直させたいところではあった。
「さて、こっちはこっちで片付けるか」
考えるのをそこそこでやめた迅は、両手を上に挙げていた姿勢から勢いよく真後ろに振り返り、全力の右ストレートを繰り出した。
ズドォオオオン!
後ろから迫っていた敵の拳と迅の拳が衝突し、そのあまりの威力に衝撃波が周りに伝播していった。
迅と拳をぶつけている頭の寂しい大男は、肩から先がない黒のジャケットのような物と黒の長ズボンを身に付けており、かなり嬉しそうな狂気の笑みを浮かべながら迅を見下ろしていた。
「ハハハハ!なんだよ、やっぱり動けたのかよ!」
「当たりめぇだ。つーか、随分とふざけてんなテメェ!」
迅は強い口調で話しながらぶつけていた右の拳を引き、大男の懐に踏み込んで左の拳を放った。
しかし、大男はすぐに後ろに大きく跳んで回避してしまい、軽やかに着地して一旦の間合いを取った。
「あん?何がだ?」
「とぼけるなよ。俺がさっき話している間にいくらでも攻撃出来ただろうが」
迅が言うように、この部屋に入った時には大男は天井付近に待機しており、迅たちの方を伺っていたのだ。
そして、柱を壊して天井を落下させたのもこの大男だったが、話している間にも手を出して来なかった意図は分からなかった迅。
しかし、この大男を見逃すわけにもいかないうえに〝神崎たちでは確実に勝てない″とも思ったからこそ、迅はわざとこの場に残ったのだ。
「なんだそんな事か。なぁに、簡単な話だ。せっかく強敵と戦えるってぇのに、この場に相応しくねぇザコが邪魔だっただけだ。だからお前が1人になるのを待ってたんだよ」
「……ただの戦闘狂だったか」
理由を聞いた迅は、その脳筋思考に軽く脱力してしまった。
そんな呆れる迅に対して、大男は嬉しそうな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
「さぁやろうぜ。お前が相手なら久々に全力を出せそうだからな」
「その前に聞かせてもらおうか、てめぇらは何を目的にしてる組織なんだ?」
「わりぃな、それは言うなと言われてんだよ。この俺のグライドって名前だけで満足しとけや。で、お前は?」
「俺は迅だ。てめぇの名前だけじゃ意味ねぇからな。洗いざらい吐いてもらうぞ」
そこまで話したところで、腰を少し落として構えた迅。
それに対して、更に嬉しそうな笑みを浮かべるグライド。
「へぇ……吐かないと言ったら?」
「なぁに、簡単な話だ。てめぇを叩きのめす!」
「やれるもんならやってみなぁ!」
互いに石畳を割るほどの踏み込みで接近し、全力の拳をぶつけ合った。
ズドォオオオン!
拳がぶつかり合う衝撃だけで遺跡の壁の表面が崩れていき、遺跡全体にまで振動が響いていった。
完全に互角である最強同士のパワーバトルが、いま開戦した。
〈和輝サイド〉
迅がグライドと会敵した頃、和輝たちは次の部屋の手前まで来ていた。
そして、いざ部屋に入ろうとしたところで、迅とグライドの拳による衝撃が地響きとなって和輝たちに伝わってきた。
「な、何だ今のは?」
「あれはジンが殴った音じゃねぇか?」
「後ろから聞こえたから多分そうなんだろうね」
パラパラと砂埃が落ちてくる中、地震とは違うのを感じとった和輝が疑問の声をあげた。
しかし、剛と麗奈はいくらか冷静で、迅の実力を知ってるからこそ〝天井をどうにかしているのだろう″と考えていた。
「それよりも早く行こうぜ、和輝。早めに済ませないとまた殴られるぜ?」
「そうだった!早く行こう!」
剛の割と本気の警告に和輝は一気に冷や汗をかいてしまい、慌てたように先へと進んだ。
次の部屋にやってきた和輝たちは、まさかの惨状を目の当たりにして立ち止まっていた。
部屋自体は先ほどと同じ広さなのだが、足の踏み場が無くなるほどにデカい瓦礫が無数に転がっていた。
「ここだけ瓦礫が一杯だな」
「そうだね。たぶんだけど、横に像が立っててそれが崩れたんじゃないかな?」
麗奈が指差す方を見てみると、横の壁一杯に人の形をしていたかのような削れた痕があった。
進むのに一苦労してしまう状態ではあったが、他に道も無くこのまま進むしかないので、和輝たちは瓦礫に飛び移りながら移動を開始した。
しかし、少し進んだところで和輝が人の気配に気付いて足を止めた。
「2人とも止まって!誰か来る!」
和輝の呼びかけに足を止めた剛と麗奈は、奥に見える通路へと目を向けた。
そして耳を澄ませると、コツコツと石畳の上を歩いてくる音が聞こえてきた。
「まったく、こんな所に来る奴がまだいるとはな」
不機嫌そうな声で呟きながらやってきたのは、和輝たちの予想していた通りの男だった。
「やっぱりあなただったんですか、セルストさん」
「あの時の勇者か……なぜここにいるのかは分からないが、子供は帰って大人しくしてるんだな」
和輝が非難するような目を向けていたが、セルストは本当に子供のようにしか見ていないらしく、特に気にした素ぶりを見せなかった。
「そういう訳にはいきません。僕たちはあなたを止めて、みんなを助けなきゃいけないんです」
「……お前自身の言い分はどうでもいいが、昨日の戦闘で理解したはずだ。お前たちでは俺には勝てないという事を」
「確かに昨日は手も足も出なかった。でも、今回はあなたがそうなる番です」
和輝はセルストからの威圧にも負けずに言い返すと、体の周りに雷を発生させて『雷魔硬壁』の準備に入った。
(さすがに対策は立てて来たか……だが)
「なら教えてやる。即席の小細工ごときでは敵わない強者というものを」
雷の動きから何をやろうとしているのかを悟ったセルストは、少し警戒はしたが余程の脅威ではないと判断し、自分の魂剣を出しながら強者としての宣言を返した。
和輝はセルストから感じる強者の威圧に充てられながらも、人として、勇者としてみんなを救うためにその想いを燃え上がらせていた。
「それでも、僕はみんなを守る」
静かに意志を呟いた和輝に呼応するように、ゼヴォルスもバチバチと電流を激しくさせていた。
〈繭、凛サイド〉
迅たちが出発して1時間ほど経った頃に魔物の群れが予想よりも速く侵攻してきたが、準備自体はほとんど済ませていたために順調に討ち倒している冒険者たち。
それを街の外に造った即席の高台で見渡している繭と凛は、揃って複雑な表情で眺めていた。
「ねぇ繭。これって私たち必要だったのかな?」
「もう必要なくなったかも」
「だよねー。こんな大き過ぎる氷の壁をつくられちゃうとねー」
「ん、あの炎も威力が強すぎる。精霊の本気を見た」
戦闘中なので気を抜くのはご法度であると2人も分かってはいるのだが、目の前に広がっている特大の氷の城壁と、全てを一気に燃やし尽くす炎を見せられては仕方のないことであった。
その炎と氷の発生源であるサラとセラも高台で行動しているのだが、この場にいる全員の中で怒涛の活躍を見せていた。
「ひとまずはこれで大丈夫ですね。あとはあの隙間から出てきたものを狙い撃ちするだけです」
「さすがセラ!よーし、あたしも凄いのを見せちゃうよ!『ブレイズ・キャノン』!」
とてつもない強度の氷の壁を造ったセラに対抗するように、サラは着弾と同時に爆発する特大の火炎玉を放った。
その火炎玉はセラがわざと作った氷の壁の隙間へと向かっていき、そこを通ろうとしていた魔物に当たり激しい爆発を巻き起こした。
その爆発によって後続も燃やし尽くされ、ギリギリ隙間を通れた魔物は冒険者たちに討伐されていった。
そのあともすぐに魔物が隙間を通ろうとするが、5〜6体通ったところで火炎玉が撃ち込まれるために、魔物は群れで攻め入ることができていなかった。
「これならどうにかなりそうだな」
「おい!上を見ろ!」
1人の冒険者が有利な状況を見て安堵していたが、他の冒険者が上空の異変に気付いて声をあげた。
周りの者がつられて上を見てみると、体長が2メートルほどのワイバーンのような魔物が20体ほど飛んでいた。
そのワイバーンは一つ咆えると、口から炎の玉を撃ち出してきた。
「ぐぁっ!」
下にいる冒険者たちは次々と被弾していき、目の前の魔物に集中できずに戦線が崩れ始めた。
そして、ワイバーンは次にサラの方へ狙いを定めたようで、炎の玉をサラ目掛けて撃ち込んできた。
「へぇ、あたしと張り合おうってわけ?いいよ、やったげる!『フレイム・スピア』!」
そもそもの威力が桁違いであるサラの炎の槍は、炎の玉を貫き霧散させてワイバーンへと向かっていった。
しかし、距離自体がそこそこ離れているために、ワイバーンは簡単に旋回して躱してしまった。
そのあとも撃って躱しての繰り返しで、サラはなかなか倒すことができないでいた。
「もうっ!ちょこまかと動かないでよ!」
「サラ!そっちよりも下に攻撃してください!他の人が処理出来なくなります!」
全然当たらない事にサラがイラつくなか、セラが慌てたように声をかけた。
サラがワイバーンを相手にしている間はセラが魔物たちを殲滅していたのだが、氷壁を直接登ってきた魔物がなだれ込んできたというのもあり、セラだけでは対処できなくなってきたのだ。
「えっ⁉︎やばっ!『ブレイズ・キャノン』!」
すぐにサラが殲滅にかかるが、ワイバーンはその隙を逃さずにサラとセラへ炎の玉を撃ってきた。
「きゃっ⁉︎」
「もうっ!鬱陶しいなあ!」
直撃はしなかったので怪我はしなかった2人だが、完全に行動を妨害されてしまっていた。
「セラ!先に上を片付けるよ!」
「ダメです!下を手伝ってないと戦線が崩れます!」
「少しは根性見せてよ冒険者!」
このままではやられてしまうので〝先にワイバーンを倒そう″と提案したサラだったが、下で戦っている冒険者たちが手一杯なのを把握しているセラに止められてしまった。
さすがに不甲斐なさすぎる冒険者に対して、思わず声を荒げてしまうサラ。
そして、そこまで間を空けずにまたワイバーンが炎の玉を斉射してきた。
「また撃ってきた!」
サラとセラがひとまずは避けるために構えたところで、役目を無くしかけていた2人の声が響いた。
「『ウォール・オブ・ウィンド』!」
「『黒繭』!」
サラとセラの真上で繭と凛の二重壁が展開され、ワイバーンの炎の玉を全て防いだ。
「サラちゃんセラちゃん!上は私たちに任せて!」
「ん、絶対に邪魔させないから」
最強の守り手になりつつある2人はサラとセラへ頼もしい言葉を送り、上空のワイバーンを見据えていた。
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