信念という名の闇
和輝たちと合流した迅は村の片付けよりも先に、村の女性たちと麗奈たちが作った昼食を食べることになった。
そのあとに魔物や倒壊した家屋などの片付けを行った。
そしてだいたいが片付いた頃には夕方になっており、迅たちは学院へと戻ることにした。
村の入り口の所には学院へ帰る迅たちと村人たちが集まっており、迅たちは見送りをされているところだった。
「皆さん、この度は私たちを救っていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、僕たちは依頼をこなしただけですから」
色々と仕切っているのだろうか、村長の孫娘だという20代後半の女性が村を代表してお礼を述べており、それに対して和輝が受け答えをしていた。
そんな中、かなりの不満顔をしながらヒソヒソ話をしている者が2人いた。
「ねぇ、セラ。とくに何もしていないはずの勇者があんな事言ってるんだけど」
「仕方ないですよ。ジンさんが挨拶を勇者にお願いしたんですから。でも、釈然としないのは私も同じです」
迅が面倒を和輝に押しつけた結果なのだが、サラとセラは手柄を横取りされたように感じたようで、ジト目をしながら不満を共有していた。
〈和輝サイド〉
すっかり夜になった頃に学院の寮へと戻ってきた和輝たちは、ティアが呼んでいたと護衛の人から連絡を受けたので、女子寮にある接客用のエントランスへ向かうことになった。
ちなみにイリスとエリス、それと迅は魔物の素材を買い取ってもらうついでに特殊な魔物の報告をするためにギルドで別れていた。
その際にギルド長から呼び出しを受けていたので、それなりに長くかかりそうであった。
護衛の案内でティアのいる部屋まで来た和輝たちは、談話室のような部屋に入った。
そこではティアとシルフィアがソファに座っており、和輝たちも向かい側のソファへと座った。
「皆さん、お帰りなさい。キャンプは楽しめましたか?」
「あ〜、まぁ、そっちはそっちで楽しんだけどさ……」
ティアの問いかけに曖昧な返事をする剛。
「どうかしました?」
「その前にまたトラブルに巻き込まれちゃったんだよ」
「えっ⁉︎」
「またですか?」
ティアに隠す訳にもいかないので、和輝が正直に話した。
すると、ティアはやはり驚いてしまい、シルフィアは呆れ顔になっていた。
「それで、敵はどうなったのですか?」
和輝たちが全員でこの場にいる以上、身体的には問題ないと分かっていたティアは、次に重要な事を聞いた。
「それが、サラちゃんとセラちゃんのおかげで閉じ込めることは出来たんだけど、また転移石を使われて逃げられちゃったの」
「そうですか……でも、皆さんが無事に帰って来れて本当に良かったです」
麗奈からの報告に少し悩む素ぶりを見せたものの、しっかりと全員で帰って来てくれたことに笑顔を見せるティア。
ある程度の話が済んだところで、シルフィアがずっと気になっていた事を和輝に尋ねた。
「それで、ジンさんはどうしたんですか?」
「ジンならギルド長に呼ばれてたよ。あとは魔物の素材を買い取ってもらったりするだろうから、帰って来るのは確実に夜中になると思うよ」
「そうなんですか。それにしても、ギルド長からの呼び出しなんて、普通は滅多にない事なんですけどね」
「何か重要な案件でもあるのかな?」
ギルド長の呼び出しという話を聞いたシルフィアは理由を思案し、和輝も自分なりの推測を立てていた。
しかし、和輝の推測はティアに否定されることになった。
「いえ、余程の危機に対しての事であれば私たちの方にも報告が来ますから、恐らくはジンさんの急激なランクアップについてかもしれません。高ランクになりうる人材はなるべく確保しておきたいでしょうからね」
「へぇ、ってことはジンはこれからギルドに呼ばれまくるわけか?」
「その可能性は高いですね。需要がありつつも、討伐は難しい魔物などは多数いますから」
ティアの話を聞いた和輝たちは、それぞれが違う思いを抱いていた。
和輝と剛は〝そうなんだー″程度だが、木原姉妹は「すごいね」と話し合い、繭と凛は少し複雑なようだった。
しかし、凛としては少し寂しく感じていたのだが、繭の方は別の理由で困り顔をしていたようだった。
「それはちょっと困る。私はまだ物理で無双を教えてもらってない」
「またなの?見るだけで我慢したら?」
〝自分と同じかな″と思っていたのに、実は欲望のためだった繭に対して呆れ顔の凛だった。
「見るのはもちろんだけど、この長年の夢、諦める訳にはいかない」
繭の歯止めが効かない渇望に、頭を痛そうにする凛であった。
〈迅サイド〉
少しだけ時を遡り、迅がギルド長から呼び出しを受けて和輝たちと別れたあと。
迅はイリスとエリスも一緒にギルドの一室へと案内されていた。
そこでは結構な筋肉質の男がソファに座っており、迅たちはその反対側に座った。
案内してくれた眼鏡の長髪美人は無言でお茶とお菓子を用意し、それが済むとギルド長の後ろで控えるように立っていた。
そして、全ての用意が整ったところでギルド長が話しかけてきた。
「すまないな、時間を取らせてしまって」
「まぁ、ギルド長から直々のお呼びだからな。最初から突っぱねるバカはいないだろ」
「ははは、違いない。さて、まずは自己紹介といこうか。私はドーネル。10年ほど前からこのギルド長の座を預かっている者だ。それと、彼女はミリア。私の可愛い娘だ。」
迅は敬語を使ったりはしてなかったのだが、ドーネルは全く気にした素ぶりを見せずに笑って返し、自分と娘の自己紹介をした。
おそらく、冒険者と関わっていればよくあるから慣れているのだろう。
迅は最初から遠慮をするつもりなどなかったが、〝厄介なことになるかな″と少しは懸念していたので、〝ドーネルが特に気にしないタイプで良かった″とは思っていた。
「へぇ、結構長いことやってるんだな。俺は迅だ。知ってるだろうが、今は学院に通いながらたまに狩りをしてるってだけだ。で、この2人は俺の弟子だ」
「い、イリスです!」
「え、エリスです!」
迅と一緒に紹介されてしまった2人は、偉い人が相手というプレッシャーでガチガチになりながら名乗った。
「ははは、そんなに堅くならなくてもいいよ、2人とも。……うん、君たちも中々の力量を持ってるようだね。これは将来が楽しみだ」
イリスとエリスに対して微笑ましく思ったドーネルは優しく声をかけた。
だが、次の瞬間には突然2人に小さな殺気をぶつけていた。
僅かながらもちゃんと感じ取った2人は揃ってピクッと反応し、微妙に迷いながらもドーネルに対して反射的に警戒していた。
どうやらドーネルは2人の反応の仕方を見たかったようで、満足いくのを見たのか、かなりご満悦のようだった。
「随分と危ない試し方をするんだな。人によっちゃすぐに反撃されんぞ」
迅には殺気はぶつけられてはいなかったが、イリスとエリスに対して何をしたのかを分かっている迅は、苦笑いをしながら一応の忠告をした。
「それならそれで構わないよ。そうなれば更に力量が分かるってものだ」
迅の忠告に対して笑みを浮かべながら返したドーネル。
やはり荒くれ者たちを相手にしているだけあって、肝が据わっているうえに随分といい性格をしていた。
ここまでの会話で互いにある程度は人となりを理解し合ったと判断したらしく、ドーネルは真面目な顔つきになって本題を切り出した。
「さて、そろそろ本題といこう。ジンくん、君に初の指名依頼が来てるよ。依頼主はチャルドというそこそこ大きな商会の長だ。依頼内容は王都までの護衛で、報酬に関しては相場よりも少し多めだ。しかも出来高で追加報酬もありとのことだ」
「随分と大盤振る舞いだな。そんな好条件だと、逆に罠だと疑っちまうんだが」
あまりにも美味しすぎる話だったので、つい顔をしかめてしまった迅。
「ふふ、君が単純な男でなくて良かったよ。確かに、実際にやってみたら話が違うなんてのは少なくない。でも、それは基本的に運悪く魔物の群れと遭遇したとか、そういう不慮な事故によるものが多いんだ。それに、騙して安く雇ったりした者には、それ相応の罰がふりかかるものだ。具体的には、物理的か間接的に商会が潰れたりだ。だから今ではそういったやり方をする者はほぼいないよ。今回の商会も悪い噂を聞いたことはないから、私個人の判断でも大丈夫だと言えるものだよ」
「ふ〜ん、なるほどなぁ。なら、別に自慢する訳じゃねぇけど、俺を将来有望と見据えて、早めに繋がりを持っておこうってところか」
ドーネルの話から簡単に推測した迅だったが、商人は自分たちの生命線である商品を守る冒険者は必ず必要なので、まず間違いないはずであった。
「話が早くて助かるよ。まず間違いなくそういう意図だろうね。で、どうする?君が学院生というのもあるから、返事は期待しないでくれとは伝えてあるけど」
「まぁ、無理だな。学院の方を優先したいからな」
「当然の判断だね。商会の方には私から悪くならないように伝えておくよ」
「あぁ、よろしく頼む。それで?あんた自身の目的はなんなんだ?ただ指名依頼が来ただけじゃ、ギルド長が出張るほどのことじゃないだろ?」
とくにうるさく言われなかったので一安心の迅だったが、まだ他に気になる点があったので、目を細めながら若干キツめの口調で尋ねた。
詰問されるような形になったドーネルだったが、動揺などは全くしていなかった。
どうやら迅ならば気付くと予想していたらしい。
「私の方も似たようなものだよ。将来有望である君に繋がりを持つのと、仮に別の街へ行った時に他に引き抜かれないようにしときたかったんだ」
「……そんなに目立った実績を作ったつもりはないんだが」
「まぁ、飛び抜けての実績はまだ無いね。でも、その歳でいくつもの中ランクの魔物を単独で狩ってくることが出来るんだ。たった1人の火力にしてはかなり強い部類に入るし、これからまだ成長する余地があるときたもんだ。なら先を見据えるのは当然さ。それに後付けになるけど、こうして直接会ってみて分かる。君がどんな能力を持っているとか関係なく、私の全盛期ですら敵わない戦闘のセンスを感じるよ」
迅に対しての率直な感想を述べたドーネル。
要するに力の差についての事だったが、イリスとエリスは自分たちと迅の実力差というものをまだ測れないのだ。
だからこそ、ドーネルの言葉に対して首を傾げていた2人。
ちなみに、ドーネルの話の中に出てきた魔物のランクについてだが、これは単純に小・中・高の3段階で分けられているのだ。
小ランクは基本的に1人でも大丈夫とされるもの、中ランクは数人でなければ厳しいとされるもの、高ランクは総力を挙げて臨まなければならないもの、といった具合だ。
これはギルドが独自で作り上げた基準なのだが、 これを頼りにしてる人は結構多いのだ。
というのも、魔物の討伐依頼を受ける時は自分の実力に見合うものを選ぶのが普通なのだが、新人だと内容が分からない者もいるからであった。
何も分からない新人が適当に依頼を受けると、依頼は失敗し、本人は殉職してしまうという事が昔はよくあったのだ。
そこで、ギルドが分かりやすいようにランクによる基準を作ったという訳なのだ。
「君たち2人も、もう少し成長して格上の相手に会えば分かるよ。表現の仕方が分からないから戦闘のセンスとは言ったが、言い方を変えると、私が彼に斬りかかろうとしても彼には隙が見えないうえに力量が測りきれない、だから逆に自分が殺されるイメージしか出来ないんだ」
「「お〜、師匠、凄い!」」
ドーネルは力量差について話していたのだが、どうやら2人はそこよりも〝自分たちの師匠はギルド長よりもすごい″という風に捉えたようだった。
そんな全然理解していない2人に対して、頭が痛そうなため息をついてしまった迅。
「いや、そういう話じゃなかったろうに」
「はっはっは!2人にはまだ早過ぎたようだね。……さて、君を繋ぎ止めるという話に戻るんだが、単刀直入に聞こう。君のタブーを教えてほしい」
「……それを聞いて、俺のご機嫌取りでもしようってか?」
ドーネルの率直な質問に、少し仏頂面で聞き返した迅。
「そんな事はしないよ。いくら実力では敵わないと言っても、私はこのギルドを預かる長だ。1人の冒険者の下につくような事はしない。だが、君が私の手には負えないからこその妥協案だよ。これからの未来を見据えて、いずれ君に絡んでくるであろう厄介事の対処に協力しようと思っている。君は自由気ままな生活が好きなんだろう?」
「……俺を尾けてるやつなんていなかったはずだが」
ドーネルはまるで普段の迅を知っているような口ぶりだった。
意図的に見られていたとしたら確実に気付いているはずなのだが、全く身に覚えがないためにドーネルに対する警戒心を少し強めた迅。
「そりゃそうさ。そんな事をお願いした覚えはないからね。まぁ、単純なことだよ。まずは私の友達に、その友達から学院の知り合いに、学院の知り合いから生徒たちへ、そういった繋がりを使って世間話の中で情報を集めたというだけさ」
迅と敵対をするつもりはないからこそ、笑いながらあっさりとネタばらしをしたドーネル。
しかも通常の会話の中で集めた情報なので、関わった者にすら自覚させない情報の集め方は流石の一言だった。
これでは敵意などが出たりはしないので、迅ですらも察知できるはずはなかった。
完全にしてやられた迅だったが、別に大した情報ではないし、むしろドーネルのやり方に感心すらしていた。
ドーネルは真面目な顔つきに戻すと、自分の狙いの続きを話した。
「私の本当の目的はただ一つ。今の平和な世の中を壊させないこと。だが、君のような実力者には必ず人の悪意が寄り付いてくる。その悪意によって君が人を見限ってしまい、完全な敵対者となってしまったら、私たちにはどうする事も出来ないかもしれない。だからこそ、事前にその悪意から君を守りたいんだ。私が君を悪意から守り、君はギルドとこの街の戦力となる。そういう持ちつ持たれつの関係を築くことで、結果的に私の望みに繋がるというわけだ」
迅へ真摯な目を向けながら語ったドーネルからは、嘘などは微塵も感じられなかった。
ドーネルの本音を聞いた迅は、〝強い意志には応えるべき″という自分の中のルールに従い、素直に答えることにした。
「なるほどな。あんたの、ギルド長の考えはよく分かったよ。そういう事なら素直に教えるさ。……俺は、理不尽が嫌いなんだ」
「理不尽?」
迅から出たあやふやな答えに聞き返したドーネル。
迅はそれに対して、目を瞑って指を一つずつ立てながら説明していった。
「まぁ、このギルドのランクによる格付けだとか、知り合いの願いを聞くだとか、誰か偉い人からの多少の我儘くらいは別に構わねぇんだ。それらは対価を貰ったり、ルールに則ったりの結果だからな。偉い人からの命令なんかも、常識の範囲内ならどうってことはない」
そこまで話したところで一旦区切った迅は目を開き、怒りを宿した目をドーネルへ向けて続きを話した。
「だが、権力、武力、あらゆる力による蹂躙は絶対に許さねぇ。もし、そんな気に入らねぇ理不尽が来るってんなら、理不尽が誰であろうと叩き潰す」
これこそが迅の信念であり闇でもあった。
これは今までの経験によって固定した価値観なのだが、この理由の大半は迅の故郷を壊した理不尽が原因であった。
あの理不尽が力のままに暴れて迅の全てを奪ったからこそ、同じように振る舞う者たちを嫌悪しているのだ。
だからこそ迅は同じ理不尽で対抗し、一度でもその理不尽を使った者には容赦などしない。
この行動原理には、〝お前も同じ目にあえ″という迅の恨みが込められているのだ。
「……誰であってもか?」
迅の迫力に呑まれながらも、なんとか聞き返したドーネル。
たった一言だが、この質問には貴族や王族も含まれるのかという確認からの問いだった。
ドーネルの本当に聞きたい事をしっかりと分かっていた迅は、包み隠さずにハッキリと伝えることにした。
「どんな立場の人間だろうと許すつもりはない。それに、そんなふざけた事をする以上、自分自身に戻ってきてもそれは自業自得だ。まぁ、実行者が脅されてだとかいう場合は除くけどな」
迅の意志を聞いたドーネルは、〝どこかで妥協してもらおう″と思っていた自分の考えを聞いてはもらえないと悟った。
「……よく分かったよ、君がどういう人間なのか。私も荒事を起こしたくはないから、できる限りの範囲で君への厄介事を減らすようにするよ」
「あぁ、よろしく頼む」
その後は込み入った話をすることはなく、迅のランクアップと異常な魔物の種類などの報告をして終わった。
迅たちが部屋を出ていった後、更に老けたかもしれないドーネルがため息をついていた。
「……はぁ、上位精霊を2体も使役しているというだけでも規格外だというのに、戦士としても底が知れないときたもんだ。おまけにあの性格……まず間違いなく問題は起きるだろうな」
結局のところ、迅に対して何の対策もできないために頭を抱えてしまうドーネル。
「ミリア、ひとまず彼に関する案件はお前が担当してくれ。それと、私にも逐一報告するように」
「分かったわ、お父さん」
頭が痛そうにしている父親を見て、苦笑いのミリアであった。
娘の笑みを横目に見ながら、ドーネルは迅から聞いた依頼の報告で気掛かりな点について考えていた。
「それにしても、会話もできる知能を持った魔物か……」
「突然変異とかかしら?」
「その可能性はある。だが、変異でも何でも、知能を持った魔物が増えていくならかなりの問題だ」
魔物というのは本能のままに動くものがほとんどだ。
だからこそ、それを上手いこと誘導することで多少は楽に戦えるのだ。
だが、それが急に出来なくなるとしたら苦戦どころの話ではない。
それこそ冒険者の死亡率も跳ね上がるだろうし、対策もとりづらくなってしまうのだ。
(異常な魔物など、10年以上前に一度あったきり……今になって出てきたのが偶然であればいいのだが……)
10年以上前の不幸な出来事を今でも覚えているドーネルは、〝昔のようにはならないように″と祈るしかなかった。
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