ティアのお怒り
ティアが咲恵に本音を打ち明けた翌日、2日連続のAクラスとの合同授業の時間がやってきていた。
和輝たちはいつも通りに模擬戦をしており、派手な戦闘音を周りに響かせていた。
そして迅はというと、いつも通りにサボるために壁際まで来た所で、いい笑顔を浮かべているティアに遭遇した。
「こんにちは、ジンさん。今日は端の方で練習ですか?」
「よっ、姫さん。昨日はみんなの邪魔をしちまったからな、今日は端で大人しくしてようと思ったんだよ。それよりも、何かあったのか?姫さんの笑顔がどこか暗く見えるぞ」
「分かりますか?さすがはジンさんですね。そうなんです。私、ちょっと精神的に疲れてしまう出来事があったんですよ」
「そうなのか。それはいけないな。支障を来たす前にストレス発散した方がいいと思うぞ」
「やはりジンさんもそう思いますか?私もそう思ったので、ジンさんに協力してもらおうかと思ったんですよ。大抵は怒りをぶつければいいとのことですから、お強いジンさんに受けてもらいたいのですが、構いませんか?」
ここまで明るいやりとりをしてた2人だが、ティアの不穏な言葉を聞き、返事に詰まった迅。
まぁ、迅も最初から不穏な空気を感じているうえで、ティアと会話しているのだが。
というよりも、ティアがこうして来る心当たりがありまくりであった。
「……怒りをぶつけるのは、いい方法だと思うぞ。でも、できれば俺は受けたくないな。それよりも、姫さんにはうってつけの方法があるぞ」
「……うってつけの方法ですか?」
迅の言葉を受けて、訝しげな表情を向けるティア。
「ああ、もう一度シルフィアに頭を撫でてもらったらどうだ?姫さんはストレス解消できるし、シルフィアは大好きな姉とスキンシップを取れるから、すんなりと丸く収まるぞ?」
「……もう一度、ですか?」
迅から出た案に聞き捨てならない言葉を聞いたティアは、ニッコリと暗い笑みを浮かべながら迅に聞きなおした。
「……あー、そうだったー。俺は知らないんだったー。……今のナシで」
明らかに怒りを見せているティアに対して、白々しい棒読みの言葉を返す迅。
少しばかりニヤッとしているので、どうやらからかう気満々だったようだ。
「…………」
「…………」
少しの間、無言で膠着する2人。
そのまま続くかと思われたがそんな事はなく、ティアが自分の魂剣である『ウンディーネ』を取り出した。
「覚悟はよろしいですか?」
「フッ、俺は悪くない」
ティアの問いかけに不敵な笑みを返す迅。
そして、右手にサラレス、左手にセイドラを顕現させると、迅とティアの間に一触即発の空気が流れ始めた。
周りにいた生徒たちは迅の魂剣とティアという王女様が気になって近づいてきていたのだが、ティアの暗黒オーラと迅の純粋な力の圧力にあてられて、身の危険を感じてスーッと離れていった。
見計らっていた訳ではなかっただろうが、ちょうど生徒たちが離れ終えた時にティアの怒りが爆発した。
「『アクアニマ』!」
「セイドラ!」
ドズン!ビキッ!
ティアが杖をかざして水鉄砲のようなものを射出し、迅がそれをセイドラの氷の壁で防いだ。
しかし、ティアが撃った技は水鉄砲なんていう生温いものではなかった。
セイドラの氷の壁は1メートルほどの厚さで作られていたのだが、水の砲弾は半分以上も貫通していたのだった。
以前、繭と凛の二重壁を破ったカジットの『神の斬撃』だが、それでもセイドラの氷の壁を破る事は出来なかった。
それなのにだ、確かに一点集中の貫通特化というのもあったのかもしれないが、かなりの硬度を持っている氷の壁を半壊させるほどの威力を持っている事に変わりはなく、迅でさえも予想以上の威力に驚いていた。
「しっかりと受け止めるなんて、さすがはジンさんですね」
「おいおい、なんちゅうもんを人に向けてんだよ、姫さん」
ニッコリとした笑顔で迅を讃えたティア。
賞賛を受けた迅はというと、少しばかり顔が引きつっていた。
「別に大したものではありませんよ。ジンさんに軽く受け止められるほどの威力しかありませんもの」
「いや、そんなに弱いもんじゃなかったろ、あれ」
ティアのおかし過ぎる冗談に、ついツッコミを入れてしまった迅。
「それではジンさん、まだまだいきますからね?」
「何でだろうな?素敵な笑顔と一緒に言われてるのに、これっぽっちも嬉しくないんだが。とりあえず、これ以上は勘弁してくれ。サラレス」
ティアはまだ憂さ晴らしをするつもりらしく、可憐な笑みを浮かべながら杖を構えた。
迅は〝さすがにマズい″と直感し、サラレスの炎でティアを囲った。
「ジンさん!私にあんな事をしたんですから、大人しく罰を受けてください!」
「おい!誤解を招くような言い方すんなよ!あれは俺なりの気遣いだっての!」
炎越しに言い合う2人。
その周りでは、ガチなバトルを目の前にして戦慄してしまっている生徒や教師陣がいた。
おまけに、隠れているティアの護衛たちは2人との実力差を実感し、心が折れかけていた。
「嘘を付かないでください!絶対に私をからかいたかっただけじゃないですか!」
「……確かに少しはそう思ったな」
ティアの確信を持った言葉に、〝そういやそうだな″とボソッと呟いた迅。
「やっぱりそうじゃないですか!」
「なぜ聞こえた⁉︎」
「カマをかけたんですよ!もう許しませんからね!『コリエンテ』!」
ティアの絶妙なカマかけに見事に騙された迅。
そして、ティアの怒りはさらに上昇し、大量の水を召喚してサラレスの炎を完全に消してしまった。
「フフフフ、覚悟はよろしいですか?」
「よろしくないからやめてもらって「ダメです」ですよねー」
(まさかここまでキレて来るとは……仕方ない、そろそろ観念するかな)
まるでコントのようだが、周りの者が近づくことのできない圧力を放っている2人。
ティアの怒りが予想以上だったと痛感した迅は、何発か受ける覚悟を決めた。
そして、ティアが杖をかざして呪文を唱え―――
『そこまでよ、ティア』
ティアが呪文を唱える前に、女の声が聞こえてきた。
迅は瞬時に周りを見回したが、近づいている者など1人もいなかった。
そして、ティアに視線を戻したところで、迅は異変に気付いた。
なんと、ティアの魂剣である『ウンディーネ』が変化していたのだ。
杖が溶けるように大量の水に変化し、その水は生き物のように動き、やがて人の形に変わっていった。
そして、少しするとそこには、まさしく水の女神ともいうべき女性が立っていた。
水色の髪に水色の瞳、おっとりとした雰囲気を感じさせる柔らかな表情、そして極めつけには、肩も胸の谷間も大胆に見せびらかしているぴっちりドレスが、豊かなボディをこれでもかと強調させていた。
その女神の美しい美貌を目の当たりにした生徒たちは、教師や女子も含めて呆けていた。
しかし、ティアはそんな周りの状況には気付かずに、その女神へと話しかけた。
「ディーネ、なぜ止めるのですか?」
「なぜって、それは止めるわよ。これ以上はやり過ぎだもの」
「それは……そうかもですけど、だってジンさんが……」
「あなたにとって大事な事だったのは分かってるわ。だからこそ私も力を貸したのよ。でも、彼のおかげで悩みが解決したのも事実でしょう?」
ディーネの言葉を受けて、多少の不満顔をしながらもコクリと頷いたティア。
ディーネはそんなしおらしくなってしまったティアを抱きしめながら、優しく頭を撫でた。
「いい子ね、ティア。今日はここまでだけど、また次の機会にでも彼に全力を受け止めてもらいましょう」
「おい、サラッと何を言ってんだよ」
カヤの外になっていたために他の事をしていた迅だったが、聞き捨てならない言葉に思わず突っ込んでしまった。
「それぐらいは大目に見てくださいな。それから、私のティアをあんまりいじめないでくださいね。この子は物分かりがいい子ですから大丈夫ですけど、人によってはあなたの優しさは逆効果ですよ?」
「それは分かってるさ。確かにここまでキレるとは思ってなかったが、姫さんだからこそ、多少は発散させるべきだと思ったんだ」
「ふふっ、不器用な人ですね」
「元々慣れてないからな、こんなの。それに、俺自身は別にどうでもいいんだよ」
「あの……2人は何を話してるんですか?」
迅とディーネの裏を読み合った会話に、頭の中が疑問だらけのティアであった。
「ティア、周りを見てみなさい」
「周りですか?……っ⁉︎こ、これは、氷の壁?」
ティアが周りを見ると、先ほどまでは無かった氷の壁が、3人を囲うようにそびえ立っていたのだ。
「ティアが俯いたあたりで、ジンさんが氷の壁を作ってくれたのよ」
「なぜ、そんな事を?」
「決まっているじゃない。今のティアを見られないようにするためよ」
「今の?……はっ!そ、そういう事でしたか」
ディーネの言いたい事を理解したティアは、少しだけ顔を赤くしながらディーネから離れた。
そう、ティアが滅多に甘えたりしないのを短い付き合いながら分かっていた迅は、周りのせいで遠慮をしないようにと、音を立てる事なく氷の壁を作ったのだ。
「……はぁ、少し自分が情けなく感じました」
自分が色々と気を遣われていたという事実を知り、嬉しく思いつつも自分の不甲斐なさに落ち込むティア。
「べつにそんな風に思う必要はねぇだろ。誰だって甘えたい時ぐらいあるんだからよ。まぁ、俺も少しやり過ぎたかもしれん。悪かったな」
「そうですね、そこはもう少し配慮してくださいね」
「おい、そこは流すだけでいいだろ」
「ふふっ、少しはやり返さないと、私は納得出来ませんもの」
ディーネの仲介と迅が素直に謝ったことで、ティアも色々と整理できたようだった。
「はい、じゃあ堅苦しい事はこの辺りで終わりにしましょう。それでジンさん、2人を出してもらえます?」
「やっぱり分かるのか。まぁいいよ。サラレス、セイドラ」
またもやティアには分からない会話を始めたディーネ。
何の事かを分かっている迅は、肩をすくめながらサラレスとセイドラを呼んだ。
迅の両手にあった剣が炎の渦と雪の渦へと変化し、それが集束して人の姿へと変わっていった。
そして、炎と雪が消えたそこには、赤いワンピース姿のサラレスと水色のワンピース姿のセイドラが立っていた。
「久しぶりね、2人とも。元気そうでなによりだわ」
「あたしはいつでも元気よ!」
「私もです。ディーネも幸せそうですね」
「えぇ、ティアのおかげでとても幸せよ」
やはりサラレスとセイドラとは知り合いだったらしく、3人は和やかに話していた。
「それにしても、まさか2人一緒だなんて驚いたわ。そんなに相性が良かったのかしら?」
「そうなるのかな?あたしはなんか呼ばれたみたいな感じだったけど」
「私も同じですね。やっぱりご主人様が規格外なんですよ」
うんうんと頷いている2人に対して、ディーネは目を見開いて驚いていた。
「サラとセラを同時に引き寄せるなんて……ジンさん、あなたは一体何者なんですか?」
「悪いな、今はまだ言うつもりはないぞ」
「……いずれは聞かせていただきますよ?」
「分かってるよ。少なくともお前らの味方ではあるから、そこは安心してくれ」
話が聞けないことに少し不安を抱いたディーネだったが、迅のティアに対する気遣いを思い出し、〝大丈夫だろう″と考え直した。
「あの、ディーネはさっきから何の話をしてるんですか?それにこの子たちは?」
話がひと段落したと感じたところで、ティアが割り込んできた。
「ティア、この子たちは私と同じ存在なのよ。赤い娘がサラレス、白い娘がセイドラよ」
「やっほー、お姫さま!サラって呼んでね!」
「こんにちは、私はセラと呼んでください」
「ディーネと同じってことは、2人とも剣精霊なのですね。初めまして、私のことはティアと呼んでください」
ディーネの紹介ですんなりと理解したティアは、サラレスとセイドラに挨拶をするとすぐさま打ち解けていた。
「サラとセラは炎と雪を操れるのですね」
「そうよ!あたしの炎は全てを燃やし尽くせると言っても過言じゃないわ!」
「私のは正確には氷です。それに、私たちは炎と氷、それぞれを司っているんです」
「えっ⁉︎司っているということは、最上位精霊なのですか⁉︎」
「違うよ、あたし達は上位精霊」
「最上位精霊というのは、精霊王と精霊女王の事ですよ」
「そのお二人だけなのですね……でも、サラとセラも精霊界のトップクラスですものね……」
お友達のように話していたらとんでもない事実を知ってしまったティア。
元々この世界での精霊というのはおとぎ話の類だったのだが、いつの頃からか、稀に魂剣に宿るという事例が出てきたのだ。
そして、時が経つにつれてハッキリしたのは、精霊の中にも強さのランクがあるという事だった。
基本的には人型か動物型のどちらかの姿をとれれば精霊であり、人型の方が強い力を持っている事が多かった。
なので人型は最上位、または上位精霊、動物型は中位、または下位精霊に分類されていたのだ。
だが、過去に人型の精霊が宿ったのはサラレスとセイドラを含めても9体しかいなかった。
ちなみに、動物型の方は年に数体という程度である。
そして、人型の9体だが、このうち5体はここ近年に集中しているのだ。
迅のサラレスとセイドラ、ティアのディーネ、そしてシルフィアとセントレア王国騎士団総隊長が、現存している人型精霊保持者である。
「ディーネ、あたし達のことを話してなかったの?」
「そうよ。だって、私が強くて偉いって知ったら、ティアが甘えてくれないかもしれないでしょ?」
「っ!……ディーネのばか……」
サラレスの疑問に胸を張って返答したディーネ。
一方で、ディーネに暴露された恥ずかしさから顔を赤くしたティアであった。
「そうだ!ねぇ、ご主人様。あたしのことはサラって呼んでよ。それと言いにくいからジンって呼ばせてくれないかな?」
「ん?べつに構わねぇよ。確かに戦闘中の時は微妙に言いにくかったからな」
「ありがとう!改めてよろしくね、ジン!」
「こちらこそだ。よろしくな、サラ」
迅とサラの2人が絆を深め合ったところで、迅は横から服を引っ張られた。
何かと思いそちらを見てみると、僅かながらに頬を膨らませたセイドラが迅を見上げていた。
「……サラだけなんてズルいです」
「分かってるよ。よろしくな、セラ」
「はい。よろしくお願いします、ジンさん」
サラと同じようにした事で、すっかり機嫌を直して笑みを浮かべたセラであった。
「さて、そろそろ氷を戻すから、サラとセラは中に戻ってくれ」
「えっとぉ、できれば外ではしゃぎたいなぁ、なんてダメかな?」
「お前の力ではしゃいだら大惨事だろうが。それと、周りにバレると俺がめんどい」
サラが我儘を言ってみたものの、迅ににべもなく却下されてしまった。
がっくりとうな垂れたサラを見て、〝しょうがない″とばかりにディーネが助け船を出した。
「ちょっとジンさん、2人が大好きなのはいいけど、束縛しちゃダメよ」
「何を聞いたらそうなるんだよ……っていうか、お前だって面倒にならないようにって引っ込んでるんじゃないのか?」
何を言うかと思えば随分と見当違いのことを言ってきたディーネに、迅は呆れ顔をしながら尋ね返した。
「私の場合はティアが王族だからだもの。余計な面倒を起こさないのは当たり前よ。でもジンさんは違うでしょう?」
「たしかに俺は違うけどよ、だからと言っても面倒事が減る訳でもないだろ?」
「ジンさん、私からもお願いします。サラが羽目を外さないように私が見てますから」
「セラもか?いつだかは中でのんびりしてる方がいいって言ってなかったか?」
ディーネだけではなく、セラも説得してきたことに少し驚いた迅。
以前にセラが言っていた事を覚えていた迅は、当然ながら聞き返した。
「私はそうです。でも、サラは自由にやってた方が力が増すんですよ」
あきらかに苦しいうえにおかしな理由であった。
だが、セラは真剣な表情でじーっと迅を見つめていた。
「……はぁ、分かったよ。俺が面倒事は嫌いだってだけだからな。2人が出来る範囲で面倒を起こさないようにしてくれればいいよ」
セラの真剣な訴えがサラの為だと分かっていた迅は、少しばかり悩みはしたものの、結局は折れることにした。
「やったー!ありがとね、ジン!」
「ありがとうございます、ジンさん」
2人からお礼を受けた迅は、無言で肩をすくめた。
その後はディーネはティアの中に戻り、サラとセラを現界させたままで氷を戻したのだが、予想通りにまたもや生徒たちに追いかけられることになった迅たちであった。
「あはははは!逃げろ〜!」
「ふふっ、少しだけ楽しいです」
「……やっぱり許可しなけりゃよかった」
楽しむ2人と嘆く1人であった。
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