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異世界放浪者の神話決戦記  作者: 灰ライト
古代遺跡編
28/77

仲良し姉妹

 迅が咲恵と約束をした日の夜。

女子寮の廊下を歩く、1人の姿があった。

その者は廊下に設置されているランプのおかげで視界に困ることはなく、迷わずに目的の場所に向かっていた。


 そして、目的の部屋へとたどり着き、その扉を前に少しばかり躊躇いを見せた。

だが、それも少しだけのことで、意を決したその者は扉をノックした。


 コンコン


『……はい、どちら様ですか?』


 少しの間のあとに、中にいる主の声が聞こえた。


「あの!私です、サキエさん!」


 ガチャ


 名前を名乗ってはいなかったが、その声ですぐに分かったらしく、返事よりも先に扉が開かれた。


「ティア!こんな時間にどうしたんだ?」


 部屋から出てきたのはこの学院の生徒会長、西野 咲恵であった。

咲恵は消灯間近なのにこの部屋に訪れたティアに驚きながらも、部屋の中へと招いた。


 ティアを先にソファに座らせ、自分は紅茶を出すためにお湯を沸かし始め、それを待っている間に話を聞こうとティアの隣に座った。


「びっくりしたよ、ティアがこんな時間に部屋に来るなんて初めてじゃないか?」


「ごめんなさい、サキエさん。どうしても話したいことがあったので来ちゃいました。といっても、あれこれと迷っていたらこの時間になってしまったんですけどね」


 そう言って下を向きつつ、自分の両手を握り締めるティア。

その様子はまるで何かに(こら)えるかのようだった。

もちろん咲恵はその様子のおかしさに気づき、下を向いているティアを気遣うように声をかけた。


「ティア、何かあったなら遠慮なく話してくれ」


 咲恵にそう気遣われたティアは、口元に自然と笑みを浮かべた。


(……あぁ、いけない。私は謝りに来たのに……サキエさんが私を気に掛けてくれた事が、こんなにも嬉しく感じてしまうなんて……まるで王宮にいた時のようね)


 ついつい昔を思い出し、ポロリと一粒の涙をこぼすティア。


「ティア⁉︎ほ、本当にどうしたんだ⁉︎」


「い、いえ!ごめんなさい、サキエさん。でも……ちょっと昔を思い出してしまって……」


 咲恵の慌てぶりに弁解するティアだったが、このやり取りがどこか可笑しく感じてしまい、クスリと笑みがこぼれる。


 少しして完全に落ち着き、姿勢を正して咲恵と向き合ったティア。

この少しのやり取りのおかげで、もう尻込みしてしまうような気持ちは消えていた。


「サキエさん、私、どうしても謝らなきゃいけないことがあるんです」


「謝らなきゃいけないこと?」


「はい」


 ティアは全てを語り始めた。

咲恵に対して今まで思った事、感じた事、幸せだった事。

そして……自分が咲恵の気持ちを考えずに振る舞って、傷付けてしまった事を。


 ティアが全てを語り終えた頃には、体は咲恵へと向いているものの、またもや顔を下に向けてしまっていた。

体も若干震えており、まるで小さい子供が怯えているかのようであった。


 全てを聞き終えた咲恵は沈痛な表情をしながら、ひとつため息を吐いた。


「……なるほどな。つまり、自分の何気ない行動のせいで私を傷付けたと思い、それを謝りたかったと」


 咲恵の言葉に、下を向いたままコクリと頷くティア。

まるで別人とも言えるほどに弱っているティアを目の当たりにした咲恵は、フッと柔らかい笑みを浮かべて、ティアに声をかけた。


「ティア。私がこの世界に来てから7年経った。確かにこの世界を恨んだことはあるし、神様に文句を言いたいと思ったこともある。でも……それでも、ティアをそう思ったことは一度もない。だって、ティアは私にとって恩人だからだ」


 咲恵からの言葉にピクリと体を震わせ、恐る恐るといった具合で顔を上げるティア。

目には涙が溜まっており、まだ不安そうな表情を浮かべたままであった。


「正直な話、この世界に来てすぐの時にティアが私の部屋に来てなかったら、私はここにはいなかったと思う。この世界に来てすぐの頃は、これは夢なんだって思い続けててな。寝て起きれば、あるいはいっそのこと死んでしまえば夢から覚めるんじゃないかって思い始めてたんだ。でも、そんな時にティアが私のベットの中に入って来た。いやぁ、ほんとにあれにはびっくりしたよ」


 その当時を思い出して笑みがこぼれる咲恵。

ティアもその頃は自分がおてんばだったのを覚えているのか、恥ずかしさに顔を赤くした。


「あ、あの頃は私も子供だったんですよ。おとぎ話で聞いていた勇者さまに会いたい一心だったんです」


 ティアが自分でそう話すように、昔のティアは好奇心旺盛で活発に動きまくる子だったのだ。

そのため、当時の王宮で働いていたメイドや護衛たちは揃って苦労していたのだ。


「ふふっ、でも、ティアのそんな何気ない行動に私は救われたんだ。目が覚めたら本当に妹がいたって思ってな。それが錯覚で、実はティアだったって分かった時はそれはがっかりもしたけど、ティアがあんなにも接して来てくれなかったら、私はずっと悪い方向にしか考えられなかったよ」


 その頃を思い出したのか、笑いながらティアの頭を撫でる咲恵。


「ティアが私を傷付けたなんて、そんなのはありえない。ティアがいてくれたからこそ、私はここまで挫けずに生きてこれたんだ。だからティアは自分を責めなくてもいいんだ。私はな、ティアには笑っていてほしいんだよ」


「……サキエ……さん」


 ティアの目に涙が溜まり始め、今にもこぼれそうであった。


「ごめんな、ティアがここまで思い詰めてた事にも気付けなくて。私は大丈夫だから。昔みたいに〝お姉ちゃん″って甘えてくれ、ティア」


「……ぐすっ……はぃ、おねぇちゃん!」


 ついに溢れだした涙とともに、咲恵に抱きついたティア。

咲恵は苦しくならない程度に抱きしめながら、片手はティアの頭を撫で続けた。

その途中でお湯が沸いた音が聞こえたが、その場から動かずに、無詠唱の初級風魔法を操って火を消した咲恵。


 何ものにも邪魔をさせずにティアを慰める咲恵は、まさしく優しい姉と甘えん坊な妹であった。




 しばらくするとティアは泣きやんだが、まるで今までの分を取り返すかのように咲恵に撫でられたままであった。


「……やっと収まってきたな」


「はい……でも、まだもうちょっとだけ……」


「ふふっ、はいはい。……ティア、実はな……元の世界へ帰る手段が見つかったんだ」


 咲恵の言葉にピクリと反応するティア。


「……すぐに、帰ってしまうんですか?」


「いや、最低でも1年は先の話なんだ。それで、その、な……」


 咲恵は本当の妹のように接していたティアが相手だからこそ、その先の言葉に詰まっていた。

ティアもそれには気付いており、抱きついていた咲恵から離れて佇まいを直すと、柔らかい笑みを咲恵に向けた。


「私は大丈夫です。サキエさんは元の世界に帰るべきなんです。帰って、妹さんの頭を撫でてあげないとですよ」


「ティア……うん、ありがとう。……そうだ、彼に頼んでみるか!」


 思い付いたとばかりに声を上げる咲恵。


「彼、ですか?」


 一方で、何のことだかさっぱりなティアは、首をコテンと傾げた。


「あっと、ティア、私は転移が使える人を見つけたんだが、その人に他の勇者にはバラさないようにって言われてるんだ。だからこれは秘密にしてくれ」


 人差し指を口元に当てて話す咲恵。


「分かりました。誰にも言いません。それにしても、転移が使える人ですか……アイテムじゃなく人となると、『覚醒者』の方ですか?」


 さすがの頭の回転の速さで当たりをつけたティア。


「う〜ん……厳密には聞いていなかったけど、そうなるかな。で、その人の力を借りて帰ることになるんだけど、その人にお願いして、たまにでいいから転移を使って貰えないか聞いてみるよ。私としては、ティアとお別れをしたままっていうのは寂しいからな」


「それは嬉しいですけど、やって貰えるんでしょうか?」


「たぶん、出来なくはないと思うけど、何かしらの対価が必要になるかもしれない」


「その時は私も協力しますよ、サキエさん。私もサキエさんと離ればなれになるのは寂しいですから」


「うん、ありがとう、ティア」


 もう一度ティアを抱き締めて、頭を撫でる咲恵であった。




 それから少しだけ雑談をした2人は、もうすぐ夜中になるというところでお開きになった。


「別に泊まっていっても良かったのに」


 ティアを部屋の入り口まで見送りに来た咲恵が、少し残念そうにしながらそう呟いた。


「私もそうしたいとは思いましたけど、今日のところは帰ります。シルが心配してしまいますからね」


「そうか、じゃあ別の日にでも来てくれ。昔みたいに眠りにつくまで頭を撫でてあげるよ」


 咲恵の言葉に顔をほんのり赤くさせるティア。


「も、もう!それは昔の事じゃないですか!でも、また一緒に寝たいですから、近いうちにまた来ます」


 そう言って咲恵と別れたティアは、自分の部屋へと戻っていった。


(あとでジンさんにお礼を言わないと)


 咲恵と話すきっかけをくれた迅に感謝しているティアは、〝何かプレゼントでもしようか″と考えていた。

でも、途中でどうしても咲恵に撫でて貰った頭を気にしてしまい、顔がニヨニヨとしてしまうティアだった。


 そんな事を繰り返しながらも自分の部屋へと戻って来たティアは、鍵を開けて中へと入った。

扉を開けた瞬間に光が漏れたので、どうやらシルフィアはまだ起きているようだった。


「ごめんなさい、シル。ちょっとサキエさんの所で話してたら遅くなりました」


「あら、お姉様、お帰りなさいませ」


 そう言って笑顔で迎えてくれたシルフィア。


 だが、ティアはなぜかその笑顔に違和感を感じた。

しかし、ティアがその違和感の正体を知る前に、シルフィアが手を引いてきた。


「さあ、お姉様!もう夜遅いですから、早く着替えて寝ましょう!」


「え、えぇ、分かったわ。……ねぇ、シル。もしかして、何かあった?」


 ティアは少し戸惑いながらそう問いかけるが、シルフィアはいい笑顔を絶やさずに手を引っ張るだけであった。


 寝室にやってきて、シルフィア自らがティアの着替えを手伝い、最低限の灯りだけを残してベットの中に入った2人。


「ね、ねぇ、シル?どうして私のベットの中に入って来たの?」


 普段は別々のベットで寝ているのに、自然とティアのベットに潜り込んで来たシルフィアに疑問を浮かべたティア。


「……いや、ですか?お姉様……」


 問いかけられたシルフィアは、目をうるうるとさせて、ティアに甘えるポーズをとった。


「そんな事はないわ。でも、本当に何かあった?」


 ティアが再度問いかけるものの、シルフィアはもぞもぞと動いてティアに抱きついただけであった。


(う〜ん……何か辛い事があったとかではなさそうだけど……本当にどうしたのかしら?)


 シルフィアの行動にますます疑問が増していくティアだった。


 少しするとシルフィアがまたもや動いて、ティアの顔を自分の胸に抱き締めるような体勢をとった。

そして、そのままティアの頭を撫で始めた。


「あの、シル?これはいったい……ちょっとお姉ちゃん恥ずかしいんだけど……」


 妹から撫でられるということで、表現しがたい羞恥に襲われているティアは遠慮ぎみにシルフィアに訴えるが、シルフィアは全く答えることなくティアの頭を撫で続ける。


 ティアが慣れない経験と無言が続くこの空間に悶々としていると、シルフィアがポツリと話しかけてきた。


「安心してくださいね、お姉様。お姉様には私がついておりますから」


「え?」


 突然の言葉の意味が理解できてないティアは、ただ呆けるだけであった。


「お姉様がサキエさんと何を話してきたのかは、大体察しがついてます。もちろん、その結果を聞こうとは思いませんわ。でも、結果の良し悪しに関わらず、こうするべきだと思ったんです」


 普通ならば心に響くような美しい姉妹愛だったのだろう。

だが、シルフィアと同じく聡明であるティアは、ある1つの可能性を考えてしまった。


「……ねぇ、シル?まさかとは思うけど、今日あの人と話したりしたのかしら?」


 他ならぬ大好きな姉からの問いだったのもあり、ピクリと反応してしまったシルフィア。

完全に密着していたのもあり、ティアにはモロに伝わってしまった。

ただそれだけとはいえ、ティアが答えにたどり着くには十分なヒントであった。


「い、いえ、私は今日ジンさんとは会っておりません。それに、これは私がしたいからしてるだけですわ、お姉様」


 ネタの上がりまくりであった。

動揺はしてるし、あの人と聞いたのに自然と迅の名前を出してる。

極め付けには、シルフィアには咲恵と過ごしていた頃の話はした事が無いのに知っていることだ。


『あとで覚えておけよな、姫さん!』


 授業の時にそう言われていた事を今更ながらに思い出したティアは、深くため息をついた。


(まったく、シルには知られたくなかったのに)


「シル、今日だけですからね」


「!えへへ〜、お姉さまぁ〜」


 ティアからの許しを得て、胸に顔を擦り付けるシルフィア。

実にいい笑顔をしていた。


(元は私が悪いとはいえ、ジンさんには何か仕返しをしないとですね)


 優しい笑みを浮かべているものの、ちょっと暗い考えを巡らせるティアであった。

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