生徒会長と迅
ほとんど逃げるだけだった授業も終わり、昼食の時間になった。
迅は食堂で待っていたイリスとエリスの2人と合流し、一緒に昼食をとっていた。
今日はスタミナが付きそうな肉料理を頼み、それをもうすぐ食べ終わるという頃に、食堂の入口の方が騒がしくなった。
「すまない、みんなどいてくれ」
その騒ぎの元の人物は、自分の元に集まろうとする生徒たちを言葉で抑えながら、真っ直ぐ迅のいる方へと歩いてきた。
迷わず迅の座っている席までやってきたのは、勇者であり生徒会長の西野 咲恵だった。
さらにその後ろには、控えるようにノエルとミーナが並び立っていた。
さすがに気付いてないフリができる訳でもなかったので、近付いてきた咲恵に顔を向ける迅。
咲恵は迅が顔を向けたのを確認すると、柔らかく話しかけた。
「君がジンくんでいいのかな?」
「ああ、そうだ。俺になんか用か?」
迅はいたっていつも通りに返答したのだが、態度や口調が気に入らなかったのか、後ろに控えているミーナの目が若干つり上がった。
しかし、それでも今は邪魔をしてはいけないと分かっているのか、口を挟んでくるような事はなかった。
「君と少しでいいから話をしたいんだ。食事中に申し訳ないんだが、ちょっと付き合ってくれないかな?」
「……分かった、すぐに片付けるよ。イリス、エリス、お前らはゆっくり食べてていいぞ。俺だけのお呼びみたいだからな」
「「分かったの!」」
迅は少しだけ悩んだが、〝なるようになるか″と適当に考えた。
それと、どうやら迅だけをご所望のようだったので、そこら辺の意思をくみ取った迅は、イリスとエリスに〝ついて来るな″と言外に伝えた。
「じゃあ、入口で待ってるから、片付けたら来てくれ」
そう言って、咲恵は入口へと歩いていった。
(はぁ……めんどくさくなけりゃいいんだが)
こういう展開になると、どうしても嫌な予感しかしない迅であった。
食堂の入口までやってきた咲恵たちは、壁際の所で迅を待っていた。
「それでサキエ、ミサンガの方はどうなの?」
ずっと結果を気にしていたノエルが咲恵に近付き、周りには聞こえないように問いかけた。
ノエルの言葉を受けた咲恵は、少しばかり緊張しながら左腕の袖をめくった。
するとそこには、オレンジ色のミサンガが手首に巻きついていた。
「……変わってるな」
「じゃあ、ほんとにあの男子が?」
「あぁ、間違いない。……だが、問題はここからだ」
ミサンガの色が変わっていた事に嬉しくなった咲恵だったが、すぐに沈痛な面持ちになった。
「大丈夫ですよ、会長!仮にあの男子がそうだったとして、もし会長の願いを拒むようなら、私たち全員で倒して言うことを聞かせればいいんですよ!」
咲恵の不安を飛ばすために、握り拳を作りながら物騒な事を言うミーナ。
「いや、彼とは私1人で話をする。ノエルとミーナには他の人が来ないように見張っててほしいんだ」
「そんな⁉︎危険です、会長!」
「私もミーナと同じく反対よ」
咲恵の言葉を受けたノエルとミーナはすぐさま反対した。
ノエルにいたっては目に怒りを滲ませていたほどだ。
「別に2人を危険な目に遭わせたくないとかじゃないさ。私たちはどんな事でも協力し合ってきた親友だ」
「じゃあ、どんな理由なの?」
咲恵が我が身を犠牲にと考えた訳ではない事を理解したノエルは、怒りをしずめて咲恵に問いかけた。
「ミサンガが反応したからには、彼が何かしらの情報を持っているのは間違いないはずだ。だが、色の変わり方が濃すぎる。なら、もしかしたら彼は『覚醒者』などではなく、もっと上の存在かもしれない。じゃあ、彼はなぜこんな所にいる?なぜ学生をやっているんだ?もちろん他にも疑問はある。だが、彼がもしそうだとしたら、彼の目的が分からない以上、下手に刺激しないためにも他の生徒には見させない方がいいと思うんだ」
「だからこそ私たちに見張りを。そして、彼の気分次第でサキエの願いも叶えられないという訳ね」
「そんな……」
咲恵のもっともな理由を聞いたノエルとミーナは少し考えこむ。
しかし、それもすぐに済んだようで、ノエルとミーナは顔を真っ直ぐに咲恵へと向けた。
「分かったわ。サキエの言う通りにするわ」
「もし何かあったらすぐに私たちを呼んでください、会長!」
「ありがとう、ノエル、ミーナ」
咲恵にとって、これ以上にない親友たちであった。
急いで残りを食べて食器を片付けた迅は、先に食堂の入口で待っててもらった咲恵たちと合流した。
「待たせて悪かったな。で、どこへ行くんだ?」
「少し面倒かもしれないが、生徒会室までついて来てくれ」
「はいよ」
咲恵の後ろをついていき、校舎の最上階にある生徒会室へとついた迅たち。
「ノエル、ミーナ、外を頼んだぞ」
「「はい、会長」」
中へ入る前にノエルとミーナを生徒会室の扉の前で待機させておき、咲恵と迅は生徒会室の中へと入った。
咲恵は慣れているために立ち止まることなく高級机の方へと歩いていくが、初めて生徒会室に入った迅は、その場で部屋の中を見回していた。
広さ的には通常の教室が二部屋分ほどの広さがあり、入って右奥に目を向けると、書類や本が仕舞われている棚がいくつもあり、その近くには大きめのテーブルとイスがいくつか置かれている。
反対に左奥を見ると、3人座れそうなソファが3つほどと、小さなテーブルが1つ置かれていた。
どうやら左奥は来客用で、右奥は生徒会の仕事をするスペースらしい。
一応、簡単に仕切りが作れるようにカーテンのような物はあるが、入って真正面にある高級机が少し寂しく見える配置であった。
迅がそんな感じで内心ダメ出しをしていると、高級机の前にいる咲恵が声をかけてきた。
「どうした?そこだと外に声が聞こえてしまうかもしれないから、もう少しこっちに来てくれ」
「あぁ、悪い。それで?俺をここに呼んだのは厄介事なのか?はっきり言ってそんなめんどくさいのは勘弁してほしいんだが……」
そう話しながら、咲恵から2メートルほどの所まで近付いた迅。
すると、咲恵の左手から何かが落ちた。
「ん?おい、なんか落としたぞ」
「あぁ、すまない」
迅に指摘された咲恵は、ゆっくりと赤いミサンガを拾いあげた。
「……これは『導きのミサンガ』、これに叶えたい願いを祈ってから手首に巻き付けると、願いがいつ頃叶うのかを色で教えてくれるんだ。まぁ、これには色々と条件があるんだが……」
咲恵の持つ『導きのミサンガ』とは、願いを叶える物ではなく、願いが叶えられる方法や場所にどれだけ近付いているかを教えてくれる物なのだ。
願いを込めた段階だと青色で、少しでも近付けば黄色へ、そこから先は近付いた度合によって赤色に変わっていくのだ。
そして、願いを叶えるのがもう目前となった段階で、ミサンガが解けるようになっている。
「で、何で今それを俺に説明するんだ?だいたい、それは本当に効果を発揮してるのか?」
迅は唐突な話に少し警戒しながら、咲恵の目的を聞きだそうとした。
「効力に関しては問題ない。これは過去の勇者たちが創り上げた物だから力に関しては折り紙付きだし、繰り返し使える物だからしっかりと実験は済ませてある。……さて、本題だが、私がこのミサンガに願ったのは『元の世界へ帰る手段』だ。ここまで話せば君には分かるんじゃないかな?」
咲恵の目つきが少し鋭くなり、その視線を受けた迅は肩をすくめた。
「……なるほどな。つまりは俺が元の世界へ戻るためのカギだと言いたいわけか」
「その通りだ。あとそれから、君の正体も薄々だが勘付いている」
「へぇ、じゃあお前の答えを聞こうか」
だいぶ核心まで突いたと思っていた咲恵だったが、対する迅は全く動揺していなかった。
そのことに咲恵の方が動揺してしまうが、すぐに切り替えて答えを口に出した。
「……私たちを呼び出した張本人、君は神なんだろう?」
「……そう思った理由は?」
「最初は君が神だとは思っていなかった。神崎くん達から話を聞いた時も、恐らく『覚醒者』なんだろうとしか思わなかった。だが、この世界には転移できるアイテムはあるが、世界を渡れるほどの物は存在していない。他に可能性があるとすれば個人の能力だけど、そこまで強力な能力だったら国が把握しているはず。だけど、国が管理している中にはそれらしい能力は無いそうだ。となると、転移を使えるのは神だけ。そして、私が持っていたミサンガが君の目の前で解けた。ここまで条件が揃えば、君を神だと判断するには充分だ」
「なるほどな……」
咲恵から話を聞いた迅は、静かに目を閉じた。
(う〜ん、どうしたもんか……ここで神崎たちにもバレるのは避けたいが……っていうか、なんでそんなチートアイテムがあるんだよ……)
余裕があるように振る舞ったが、内心はどうやって切り抜けようかと考えを巡らせていた迅であった。
迅としては和輝たちを襲った相手の組織を特定するか、和輝たちの成長に限界がくるまでは正体を明かしたくはないのだ。
それがまさか別の勇者に、それもこんなにも早く特定されるとは思っていなかった迅。
厳密には神の力を持っているというだけなのだが、それでもバラされたら明らかにめんどくさいのが目に見えていた。
しかし、ここまでバレてしまった以上、誤魔化すのは無理だと判断した迅は、覚悟を決めて咲恵に言葉を返した。
「お前の推測は一部だけ合ってる。確かに俺は転移を扱えるが、神じゃない」
「神じゃない?でも……いや、それならそれで構わない。私は転移に関してを求めていたんだ。……単刀直入に聞く、今すぐ私を元の世界に送るのは可能なのか?」
迅が神ではないと答えた事に疑問を持った咲恵だったが、そっちよりも転移の方が重要だと考え直し、若干の緊張で震えながら迅に問いかけた。
「悪いが今すぐは無理だ。こっちにも事情があってな、今は転移を使うわけにはいかないんだ」
「……その事情というのはすぐに解決できるものなのか?」
迅の返答に落胆を隠しきれない咲恵は、沈んだ表情を浮かべながら問いかけた。
「……今までの経験上、最低でも1年、長くて2〜3年はかかったからな。だからすぐにというのは無理だな」
「そうか……」
迅の答えを聞いた咲恵は下を向いてしまい、一粒の涙を零した。
今まで求めていたものが目の前にあるのに、今はとはいえ、それが無理だと言われればショックが大きいのは当たり前であった。
迅は咲恵の落ち込みようを見て気まずくなってしまい、頭をぽりぽりと掻いた。
「あー、まぁ、俺の事情ってやつはこの世界の神についてなんだ。簡単に言うと、俺はこの世界の神を調べるためにここにいるんだ」
「……神を調べる?」
「そうだ。仮にお前を今すぐ帰したとしよう。神はお前が必要だと思って呼んだんだ。だとしたらだ、その必要になった原因をどうにかしないと、また呼ばれることになるぞ」
「……それは困るな。つまり、君はその原因をどうにかするためにこの世界に来たということなのか?」
「まぁ、そんなところだ」
厳密には違うが、今は本当の事を教えたとしても厄介な事にしかならないと判断し、適当にぼかした説明をした迅。
「大体分かった。だが、全てが終わったら私を元の世界へ送ると、それだけは確約してくれないか?」
自分がかなり大きなお願いをしてると自覚している咲恵は、少し遠慮がちな態度で迅に問いかけた。
「ああ、分かった。俺のプライドと存在意義にかけて、お前を無事に送る事を約束する」
「……意外とあっさりなんだな。もっと躊躇われると思ったんだが……」
迅がすんなりと受けてくれた事に驚く咲恵。
「俺がやろうとしてる事に支障が無けりゃ、これくらいはやってやるさ。まぁ、対価は貰うけどな」
「え⁉︎いや、う、うん。……そ、それは頼んでる身だし当たり前かもしれないが、あとからそれを言うのはどうかと思う……」
いきなりの対価要求に慌てた咲恵は納得はしたものの、少しばかり恨みがましい目をしながら拗ねてみせた。
一方で、そんな目を向けられた迅はというと、少しばかり悪い笑みを浮かべていた。
といっても、迅は別に咲恵を困らせる気は無いので、ただ単にからかっただけであった。
「悪い悪い、でも対価といっても大した事じゃねぇさ。ちょっとばかりティアと話してもらおうと思ってな。どうやらお前に対して負い目を感じてるみたいだからな」
「ティアが?……そうか、分かった」
「頼んだぞ。それと追加報酬だ。転移は無理だが、お前の家族と少しだけ会話を出来るようにしてやる」
「ほ、本当か⁉︎」
迅からの思ってもいなかった提案に、期待を隠せない咲恵。
「本当に少しだけだがな。なるべくお前に負担が掛からないようにはするが、少しでも痛みを感じたらすぐに止めるつもりだ。だからおそらく話せて2〜3分くらいだぞ」
「分かった!その……後日でもいいか?それだけ短いなら、話す内容は決めておきたいんだ」
「あぁ、俺は問題ないからじっくりと考えときな。それから、俺の正体も含めて、この事は他の勇者にはまだ教えるなよ。頃合いを見て俺から話すつもりだからな」
「……他の勇者にバレなければいいのか?」
「そうだ。徹底してくれればあの2人に言うのも構わないぞ」
そう言って部屋の外へと指を向ける迅。
「分かった。本当に、何から何までありがとう。もし私に何か出来る事があったら言ってくれ。その時は喜んで協力するよ」
「おう、必要になったら頼むよ。じゃあ、俺はもう戻るぞ。話す内容が決まったらいつでも声を掛けてくれ」
最後にそう話して、迅は生徒会室を出ていった。
そして、入れ違いにノエルとミーナが入ってきた。
若干だが、2人とも不安そうな表情を見せている。
「どうでしたか、会長」
「今すぐには無理だそうだ。彼にも事情があるらしくてな」
「でも、悪い話ではなかったんでしょう?今のサキエ、けっこう嬉しそうに見えるわよ」
ノエルがそう指摘した咲恵の顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「ああ、元の世界に帰してくれる事も約束してくれたからな。それに、先に少しだけ会話をさせてくれるそうだ。ひとまずはこれで安心できるよ」
「ずっと妹の事を心配してたものね。良かったじゃない」
咲恵の不安事が消えたことに喜びを見せるノエル。
それはミーナも一緒なのだが、どこか影を落としていた。
「……会長、あとどれくらいで帰っちゃうんですか?」
そう、咲恵のことが大好きなミーナとしては最も重要なことであった。
「最低でも1年、長くても2〜3年は無理だそうだ。……済まないな、2人には今まで助けてもらってきたのに、自分の願いを優先してしまって」
「そんな!会長が謝らないでください!ただ……帰ってしまうなら色々と思い出を作りたいなと思いまして……」
ミーナは両手の指を体の前でつんつんしながら、自分の本音を伝えた。
「ミーナ……」
「そうね、思い出は大事だものね。それじゃあ、遠征っていう名目でどこかに旅行でもしましょうか」
「ふふっ、そうだな。今までは楽しもうとは思わなかったから、そういうのもいいかもしれないな」
少ししんみりとしてしまった状況に、明るく提案を出したノエル。
咲恵も2人には感謝しているので、ノエルの提案には割と乗り気であった。
「それなら会長!私、海へ行きたいです!会長のおっしゃっていたカイスイヨクという遊びがしたいです!」
「えっ⁉︎でもこの世界の海だと魔物がいるんじゃ……」
「はぁ〜、楽しみですぅ〜」
「ふふっ、ミーナったら気が早いんだから」
そのあとは旅行の計画を考え続けていた仲良し3人の声が、生徒会室の中で響いていた。
放課後になるちょっと前―――
「……そういえば授業が……」
「「……あっ」」
授業をサボってしまった事に後ろめたくなってしまった仲良し3人であった。
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