稽古と救難
迅の方に戻ります。
〈和輝たちが襲われる少し前〉
和輝たちの遠征が2日目に入り、迅たちはそれに合わせて今日も森の中で特訓していた。
「たぁ!」
「やぁ!」
イリスとエリスが可愛らしい声を出しながら、ウサギのような魔物と戦っていた。
『ミドル・ラビット』、通常のイノシシほどの大きさまで育ったウサギ型の魔物だ。
今の2人は身体強化を使わずに魔物と戦っており、その経験を積むことによって、人外とも渡り合えるようにする予定だった。
最初はウサギの意外な素早さに苦戦していたが、今ではその速さをしっかりと見切り、すれ違いざまに急所へ斬りつけるという戦い方をしていた。
ちなみに、これは迅が指導した訳ではなく、自分たちで考えた末の戦闘法だった。
自分たちの力の限界と特性を活かしながら戦うという、しっかりと自分たちの力を把握しているからこその戦闘法に、迅も感心していた。
「キュ〜〜……」
少しずつ身を削られていったウサギは、やがて力なく倒れていった。
「よし、魔物相手にもだいぶ慣れてきたな」
「師匠ー!」
「やったのー!」
ウサギを倒した双子は、ニッコニコの笑顔で迅の元へと走ってきた。
そして、何かを期待しているかのように、迅にキラキラとした目を向けていた。
「はぁ……はいはい、分かったよ」
2人が何を求めてるのか分かった迅は、苦笑いしながらも2人の頭を撫ではじめた。
(一応、同じ学年なんだがなぁ)
迅は微妙な思いを抱きつつも、2人の頭を撫で続けた。
実は、この双子は事あるごとにご褒美を求めてくるのだが、なぜか基本的に撫でろと言うのだ。
もしかしたら何か思い入れでもあるのかもしれないので、迅はそれくらいならと甘く見ているのだが、同時に同年代としてどうなのと思わなくもない。
「えへへ〜」
「にゃあ〜」
しかし、2人はとても嬉しそうにしているうえに、ご褒美のおかげで特訓に対してもやる気を見せているので、2人にとってはプラスであることは間違いなかった。
だが、実は2人に対してのご褒美はこれだけではなかった。
普段の特訓は訓練場でひたすらの斬りあいなのだが、身体強化無しで動き続ける双子は、毎日疲れ果てるまで動き続ける事になる。
そうすると、女子寮まで戻るのが一苦労になってしまうのだ。
そんな時、毎日追い詰めるだけだと逆効果になりかねないと思った迅は、2人に対して何か飴を与えてやろうと思ったのだ。
そして、2人に何かご褒美をあげようと話したら、2人は少し考えると、迅に女子寮まで送ってもらう事をお願いしてきたのであった。
迅は当然、「そんなものでいいのか?」と聞いたが、2人は迷わずに「「お願いします!」」と返答してきたのだ。
それから特訓の後は、迅が女子寮まで2人を交互におぶって行くのが決まりになったのだ。
今では女子寮でよく見る光景になっており、本来ならば男子禁制のはずなのに、寮母さんにニッコニコと見送られるようになっているのだ。
寮母さんも最初の時は声をかけて止めようとしたのだが、疲れ切って迅の背中で幸せそうに眠っている双子を見ると怒るに怒れずに、今では2人を応援するように見守るだけにしたのだった。
迅が少し前の事を思い出しながら2人を撫でていると、新たな魔物が近づいてきた。
ウサギの血の匂いに反応して来たであろうそれは、熊であった。
そのまんまツキノワグマにしか見えないが、やはり魔物であるらしく、ひとつ咆哮を上げると急激に体が大きくなっていった。
通常の熊のサイズから、ヒートビッグボアとやりあえるんじゃないかという大きさまで膨れ上がった熊は、勢いよく突進してきた。
迅と双子はすぐに散開して、迎撃の態勢を取る。
「さて、次の獲物だ。さっきのウサギのようにはいかないだろうから気を付けろよ」
「「はい!」」
迅が忠告すると、2人は気合い充分に元気よく返事を返し、熊に向かって走りだした。
「ガァアアアッ!」
「セイッ!」
「ハアッ!」
2人はギリギリまで近づいてから熊の突進を横に躱し、すれ違いざまに斬りつけた。
ガキン!
しかし、2人の剣は硬質な音を響かせただけで完全に弾かれてしまった。
2人はそれに驚きながらも、一旦距離をとった。
「これはまずいの……」
「勝てる気がしないの……」
2人は今の交錯だけで圧倒的に不利だと悟ったようだ。
ならば何か強化をすればいいと誰もが思うかもしれないが、2人には最初からその選択肢は存在していなかった。
というのも、まず2人の魂剣の能力は攻撃系ではないし、Cクラスである2人は魔法もあまり得意ではないので戦闘には使えない。
それに付随して、身体強化をかけても常人のスペックの2倍まで届くかどうかというレベルしかないのだ。
「なるほどな、体がでかくなっただけじゃなくて、毛皮自体を硬化してるのか。それじゃあ2人には厳しいな」
迅はイリスとエリスが何度も熊と交錯しているのを眺めながら、熊の能力を観察していた。
そして、今の2人では手に余ると判断した迅は、熊に向かって歩きはじめた。
「ガァアアアッ!」
近づいてくる迅に気付いた熊は、なかなか倒せない2人よりも迅の方が先に食えると判断したのか、ひとつ咆哮を上げると迅に向かって走りだした。
対する迅は無言で隠蔽状態のサラレスを取り出し、立ち止まって居合い抜きの構えをとった。
そして、サラレスには魔力を纏わせて圧縮し、それを剣身が長くなるように変形させる事で、重さは変わらない長剣が出来上がった。
「「師匠!」」
熊の向かっていった先に迅がいるのを見た2人は焦ったように声をだす。
迅も2人の心配そうな顔は見えていたが、熊を片付けなければなので今は無視しておく。
そして、熊が目の前まで迫り、迅の頭へ嚙みつこうとした瞬間に迅は横へ飛び、すれ違いざまにサラレスを振り抜いた。
サラレスの剣身には当たっていないものの、魔力を圧縮させた部分が熊の硬化をものともせずに斬り裂いたために、熊は上半身と下半身で体が分かれることになった。
体を真っ二つにされた熊は即死でもしたらしく、死んだことで能力が切れたのか、体が小さくなりながらズゥンと倒れていった。
「そのままの大きさじゃないのかよ……その割には幻覚ってわけじゃなかったけどなぁ。まぁ、異世界だしな、ここら辺は突っ込んだらダメなんだろうな」
熊が小さくなってしまった事にがっかりしたが、異世界ではよくある不思議現象なので、〝仕方ないか″と自分を納得させる迅であった。
「「おぉーっ!師匠凄いの!」」
拳の次は剣でも圧倒的なところを見せられた2人は、相当興奮しながら駆け寄ってきた。
「さて、今の戦闘で分かったとは思うが、今の2人は力不足だ。だからこそ、それを埋めるための戦闘法を教えようと思う」
「「はい!お願いします!」」
自分たちの欠点を補えるかもしれない話に、興奮していた2人は真剣な顔付きになって、話を聞く姿勢をとった。
「まず、さっき俺が使ったのは魔力を纏わせて圧縮したもの、いわば『魔力刃』というやつだ。2人にはこれを身に付けてもらおうと思う。これなら大抵の奴には通用するだろうし、能力による防御に対しても有効なはずだ。それに、これは2人にとっても覚えやすいだろうからな」
迅の説明に対して〝ふむふむ″と頷いている2人。
「さて、やり方だが、これは単純に魂剣に魔力を纏わせて圧縮するだけだ。まぁ、纏わせるのは簡単だろうが、そこから圧縮させるのは苦労するぞ」
2人は迅に言われた通りにやってみるが、魔力を圧縮させるという感覚が分からずに、ただ魔力を放出し続けるだけになっていた。
「うぅ〜〜〜」
「むぅ〜〜〜」
2人は難しい顔をして唸りながら続けるものの、全くできないようであった。
それもそのはずで、普通は魔力の操作自体が難しいために、本来ならばそれなりに練習をしないと使えないものなのだ。
ちなみに、和輝がバルゴとの試合で使えた理由は、勇者スペックと魔力に対する先入観が無いために扱いやすかったのである。
「いいか2人とも、最初のうちは魔力切れになりやすいから気を付けろよ。あと、魔力を扱うコツだが……ん?これは……」
手間取っている2人を見かねた迅は魔力操作のコツを教えようとしたが、途中で何かを感じたのか、あらぬ方を向いて固まってしまった。
「師匠?」
「どうしたの?」
2人が声を掛けるが、迅は何も反応せずにただ一方向を向いたままだった。
迅の向いている方向に何かあったかと2人は首を傾げるが、思い出せるのは迅の向く先には和輝たちが向かった遺跡があるだけだ。
「……当たりかもな」
迅がポツリと呟いた直後、迅たちが見ていた先の上空に光の珠が昇っていった。
その光の珠はかなり高くまで昇り、上空で爆散して落下していった。
「2人とも、今すぐ学院に戻って姫さんたちを連れてこい!あれは神崎たちの合図だ!」
「わ、分かったの!」
「で、でも師匠は?」
「俺は先にこのまま神崎たちの所へ向かう。いいか、なるべく速く連れてこい」
「「はい!」」
2人は力強く返事すると、身体強化をかけてから走っていった。
それを見送った迅は、近くにあった大木に駆け寄った。
その大木は、大人2人が手を回しても届かないほど太い木で、かなり長い時間をかけて成長した事が伺える立派な木であった。
「これで充分だろ」
迅はそう呟くとサラレスを霧散させて、右手を木の表面に押しつけて力を入れていった。
すると、メキメキと音を立てながら指がどんどん木の中へと沈んでいき、ついに指の第2関節の所まで埋まりきった。
迅はそこから腕に力を入れて、上に持ち上げ始めた。
一気にやると手の部分が砕けてしまうので、徐々に力を入れて引き抜いていく。
そして―――
「ふん!」
大木は根も含めて綺麗に引っこ抜けた。
迅は右手でそれを担いだままその場でジャンプし、50メートルほどの高さまで飛んだ。
そして、落ちる前に『魔力刃』の応用である『魔力結界』を足の裏に張って足場を確保した。
そこから遺跡方面を見ると、数キロ先の河原のような所で和輝たちと見知らぬ男が見えた。
迅はそこまで確認すると大木を振りかぶり、狙いをつけた。
狙うは今まさに和輝たちに攻撃しようとしている男。
「そぉらっ!」
割と力を込めて投げた大木は、かなりのスピードを出しながら男へと飛んでいった。
そして、迅も和輝たちの真上まで空を跳んで移動する。
投げた大木は、なんとか男が攻撃する前に直撃していた。
だが、何かしらで防いだらしく、岩の上に降り立ち和輝たちに何か話していた。
「どうせ次こそはとか言ってんだろ?誰が逃がすかよ、てめぇには聞きてぇ事があんだからよ!」
あっという間に和輝たちの真上まで来た迅は自分の頭上に『魔力結界』を張り、それを足場に男めがけて拳を突き出しながら跳んだ。
しかし、男に向かって落下してる途中で、男は懐から取り出した紅い宝石を使って消えてしまった。
「くそっ!」
ズガァァァン!
迅はそのまま突っ込み、巨岩を派手に粉砕していった。
「ちっ!逃げやがったか!」
まんまと逃げられた事に悪態をつきながら、砕けた岩の中から這い出てくる迅。
言い訳になるが、転移できるアイテムをノータイムで使われては、いくら迅であっても防げるものではなかった。
〝今回は仕方ない″と切り替えた迅は、突然の事に呆然としている麗奈たちの所へ歩いていく。
「おーい、大丈夫……ではなさそうだな。まだ意識はあるか?」
「ジンくん!大変なの!繭ちゃんが!」
「あぁ、見れば分かる。少し落ち着け」
迅が麗奈たちの元へ近づくと、慌てている麗奈が声をかけてきた。
迅は麗奈を落ち着かせつつ、繭と凛の所へと歩いていく。
ちなみに、和輝は見た限り気絶しているだけなので後回しである。
離れて見ても繭は既にかなりの出血をしており、周りにはそれなりの大きさの血溜まりができていた。
その側にいた凛は泣きながらも必至に繭へ呼びかけつつ、出血を少しでも抑えるために持っていた布を傷口に当てて押さえていた。
迅は側まで来て、しゃがんで繭の容態を見始めた。
「……これはひでぇな」
「ジン君、お願い!繭を、繭を助けて!」
近づいたことでようやく迅に気付いた凛は、涙を流しながら迅に懇願する。
「ああ、任せろ。木原!……あー、姉の方な。まだお前の魂剣の光は出せるか?」
「麗奈でいいよ、ジン君。けっこう消耗しちゃったから少ししか出せないけど、いい?」
迅には確実に繭を助ける手立てがあるが、それは最終手段だと思っているので、他の方法を使うために麗奈へ確認をとった。
だが、迅の問いかけに申し訳なさそうに答える麗奈。
「……そしたらかなり弱くなってもいいから、俺にその光をなるべく長く当て続けてくれ」
「えっ⁉︎でも、それは……」
迅は麗奈の返答に少し迷いを浮かべたが、それでも今ならまだ間に合うと判断し、麗奈へ指示を出した。
その指示を受けた麗奈は、当然ながら困惑した。
なぜなら麗奈の光は能力による攻撃であり、癒すためのものではないからであった。
「今は時間が惜しいんだ。別に死にやしねぇから早くしてくれ」
「わ、分かった!」
麗奈は困惑するだろうと分かっているうえで言った迅は、何をやるのか説明する時間も惜しいので、少し語気を強めながら急かした。
麗奈は未だに困惑したままだったが、自分が何も出来ない以上、迅に任せるしかないので、言われた通りに光を出し始めた。
迅はそれを自分の背中から受けるようにして、麗奈から受けた光と迅の魔力を混ぜこんだ。
「……よし、『光精霊の聖光よ、かの者に癒しを、ヒーリングライト』」
迅は混ぜた力を掌に集めると、呪文を唱えながら繭の傷口に近づけた。
すると、いまだに流れていた出血が止まり、傷は少しずつ塞がり始めた。
「うそ……傷が塞がっていく……」
「別におかしな事じゃねぇよ。もちろん相性はあるが、どんな属性でも呪文で性質を変えてやれば、攻撃、防御、回復、他にも色々と応用を利かせることができるんだ。まぁ、性質を完璧に変えたり、魔力のブーストだってそれなりに経験を積まなきゃ出来ないもんだがな」
麗奈たちが驚く中、繭の治癒をしながら説明する迅。
今回の呪文に関しては、ティアのオリジナルスペルを参考にして唱えたものであった。
繭の傷がここまで重傷でなければ迅の回復魔法で充分だったのだが、傷が深いうえに時間との勝負でもあったので、迅にとって扱いやすくて力そのものが強い光を核として使い、迅の魔力でブーストをかけたのだ。
「……う、……うぅ」
「お、意識が戻ったみたいだな。これならもう大丈夫だろ」
「うぅ〜、よかったよぉ、まゆぅ〜」
完全ではないが、傷が癒えたことにより繭がうっすらと目を開けた。
そして、迅の言葉を聞いた凛は、盛大に泣きながら繭に抱きついた。
「うっ!凛、痛いから、そんなに強くされると痛いから離れて」
「あっ!ご、こめんね繭!」
まだ治癒の途中で抱き締められた繭は、痛みに顔を歪めながら凛の体を手で叩いて抵抗した。
我に返った凛は慌てて離れるが、迅の治癒も遮ってしまったので、繭の傷口からまた血が滲み出ていた。
「まったく、何やってんだよ……とりあえず動けるところまで回復させたら学院に戻るからな」
迅は呆れた顔をしながら繭の治癒を再開し、このあとの方針を告げた。
「うん、分かった」
「ん、ジン君、ごめんね。ジン君もやる事があるのに手をかけさせちゃって」
「別に気にすんなよ、今回の事は姫さんにも頼まれてたからな」
「ん、ティアにも後でごめんなさいしないと」
迅が繭を治癒している間、繭は勿論ながら、麗奈たちも今回の事は落胆が大きいようで、まるで反省会のように〝あそこはこうすれば……″などと話しあっていた。
迅はそれを聞きながら、繭と和輝、それと自力で戻ってきたフォールの治癒を済ませた。
迅たちは学院に戻るために、気絶している和輝は剛が、ひとまずの治癒は済んだものの、まだ完全ではないためにフラついている繭は迅が背負って移動することになった。
その後は陽が暮れる頃に護衛を引き連れたティアたちと合流し、そこで一泊してから学院へと帰ってきたのであった。
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