遠征・初日
少しだけ戦闘もありです。
翌日、朝日が出始めてすぐの割と早い時間帯に、迅とイリスとエリス、和輝たち勇者組は学院を出発した。
その際に、ティアとシルフィアはわざわざ出発の見送りをしてくれていた。
ちなみに、2人は何か他に用がある訳ではないのだが、そこはやはり王族なので、あまり危険な事は避けなければならないようだ。
「私たちが動きすぎると、護衛の方たちが大変なので」
和輝たちは気付いていなかったが、この学院の教師の中に護衛が何人も配属されており、ティアとシルフィアをいつでも守れる位置に着いているのだ。
それを知っているからこそ、従者にも優しく接しているティアは、負担をあまりかけないために今回の同行を辞退したのである。
ちなみに、先の言葉を聞いたのは迅だけである。
そんなことを思い出しながら森の中。
迅たちは何回か魔物と戦闘をしながら、森の中を歩いていた。
もう少しでお昼になりそうな時間だが、今のところは特に何事もなく進むことができていた。
「ふぅ、そろそろどこかで休憩できそうな場所を見つけなきゃな」
「そうだね。できれば少しひらけた場所がいいんだけどね」
「ん、少しお腹が空いてきちゃった」
早朝からひたすら歩くか戦うかの状態だったので、それなりに消耗するのは当たり前であった。
しかし、イリスとエリス、迅の3人はもちろん、和輝たちもまだ戦闘に支障が出るほどではなかった。
「お姉ちゃん、もう少し先にちょっとだけ広くなってる場所があるよ」
「そうなの?ありがとう、柑奈」
「柑奈ちゃん、ずっと能力を使ったままだけど、大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です!それに、実際は使ってる訳じゃなくて、森の方から語りかけてくれている状態なんです。だからほとんど力が必要ないんですよ」
「へ〜、便利な能力だな、そりゃ。俺なんて衝撃波を出すだけしか出来ないのに」
剛が言う通り、実際に柑奈の魂剣はとても便利なものだった。
森に入る前からそれぞれが魂剣を出していたが、すぐさま活躍したのが柑奈の魂剣だった。
柑奈の魂剣の名は『リーフライト』、ソフトボール位の大きさをしている宝玉である。
名前にリーフが付いていることから、やはり森とは相性が良いようで、魔物とかが近づくと容易に察知することができたのである。
魔物との戦闘はこれのおかげで不意を突かれることがなく、遭遇する前にしっかりと構えてから戦うことができたので、和輝たちは大助かりであった。
しかも本人が言うには、最初に学院の訓練場で出した時には、形状が〝小太刀″だったらしい。
フォールが言うにはまた初めての事らしく、他にも用途によって自由に変形することができる魂剣かもしれないとの事だった。
「はっはっは!これは俺なんて必要なかったかもしれんな!全員が頼もしすぎるぞ!」
「いえ、フォール先生がいるおかげで僕たちは安心して進めるんですよ。決していらないなんて事はありません。柑奈ちゃんもありがとうね、柑奈ちゃんのおかげで、僕たちは楽に戦うことができて助かってるよ」
「い、いえ!和輝お兄さんのお役に立てて嬉しいです!」
和輝の言葉を受け、頬を染めて照れている柑奈。
その頬を染めている柑奈が可愛くて、つい抱き締めにかかる麗奈と繭と凛。
それを笑顔で見ている男衆。
一方で―――
(お、おぅ……なんてベタな勇者ストーリーなんだ……)
目の前で劇のようなものを見せられて、少しげんなりしている迅であった。
「師匠〜、もうお昼食べてもいいの〜?」
「師匠〜、もう歩くだけなのは飽きたの〜」
「今回はあいつらに合わせるんだから、もう少しだけ我慢しろ」
「「は〜い」」
戦闘を和輝たちに譲り、ひたすら歩くことしかしていない双子は飽きてしまったようで、目の前の和輝たちすら気にしていなかった。
2人の気持ちは分かるが、一応和輝たちに同行しているだけなので、〝もう少しだから″と苦笑いしながら抑える迅。
そんな感じで和気あいあい?しながら更に10分くらい歩いたところで、多少は人の手を掛けたのか、いくつもの切り株が残っており、草が刈り取られている場所に出てきた。
「よし!ではここで休憩にしよう!」
フォールのかけ声で、各々が切り株に座って休憩を始めた。
和輝たちは王国から特別に支給された魔法袋から料理を取り出していた。
魔法袋は背中に背負うタイプの巾着袋のような物で、袋の口に入るほどの大きさなら物置1つ分位の量が入るようになっている。
しかも中では時の流れがかなり遅くなっているので、食料なども大量に保存しておくことができるのだ。
現に和輝たちが取り出した深めの木皿に入っているスープからは、湯気が立ち昇っていた。
(へぇ、露店では見つからなかったが、この世界にもあるんだな……数は少ないみたいだが)
和輝たちの様子を見ていた迅は、少しだけがっかりしていた。
迅もこの世界ですぐに探したのだが、露店では売られてはいなかったのだ。
それもそのはずで、魔法袋は【東セントレア】のダンジョンから稀に見つかるだけなので、圧倒的に数が少ないために王国が全て買い占めているのである。
ちなみに、魔法袋は年に1個見つかればいい方である。
迅はため息をつきながら、自分が背負ってきた普通の巾着袋から弁当を取り出した。
藁と木で作られている容れ物から、大きな葉っぱで包まれている串焼き肉を取り出して食べる。
(味は良いんだがなぁ……やっぱり温かい内に食いたいな)
隣ではイリスとエリスが同じ物を食べて美味しそうにしているが、ちょっぴりグルメな迅としては、やはり出来立てを食べたいと思っていた。
そのまま食事をしていると、柑奈が急に立ち上がって慌てだした。
「大変です!何か大きいものが猛スピードでここに向かって来てます!」
そう警告すると同時に、自分たちが歩いてきた方向の正反対を指差した。
それを聞いた和輝たちは、急いで戦闘態勢をとろうとした。
「お前らはゆっくり休んでろ。俺がやる」
そう声をかけられ、和輝たちが声のした方を向くと、迅がいつの間にか、柑奈が指摘した方向へと歩いていた。
「ま、待つんだ、ジン!1人じゃ危険だ!僕たちも戦うから少し待ってくれ!」
迅が1人で戦うことに嫌な想像でもしたのか、和輝が相当焦りながら迅を引き止めようとした。
「神崎、お前は俺の試合を見てただろうが。俺がそこらの魔物にやられると思うか?」
和輝たちから10メートル位離れた所で止まった迅が、肩越しに呆れたような顔を見せながらそう言い放った。
迅の言葉を受けて、試合の時を思い出したのか思わず納得しかける和輝。
迅はウンウンと悩み始めた和輝を放っておき、イリスとエリスに話しかけた。
「イリス、エリス、お前らも見学だぞ。これからお前らに目指してもらう目標を見せるから、しっかりと覚えとけよ」
「はいなの!」
「分かったの!」
それぞれに話している間に相手が結構近づいてきたようで、徐々に地響きが聞こえてきた。
そして、木と木の間からは少しずつシルエットが見えてきた。
「あれは……おかしいな、あの衛兵は数が少ないとか言ってなかったか?」
そのシルエットを見た迅が疑問を浮かべる中、森の中から完全に姿を現したそれに、イリスとエリスも含め、和輝たちはその巨体に驚いて思わず息を飲んでしまった。
その出てきたモノとは、迅がこの世界に来てすぐに遭遇したヒートビッグボアであった。
ボアは迅たちの姿を確認するためか、森から出てきた所で立ち止まっていた。
その目は獲物を見定めるように動いており、いつでも攻撃できるようにか熱を帯び始めた。
そして、数秒と掛からずに熱を蓄えたボアは、体から蒸気を発しながら迅たちに向かって突進してきた。
迅をそれを見据えながら、一応は身体強化を使ってるように見せるために、体全体に魔力を纏った。
そして、イリスとエリスの目標になるようになので、迅が模擬戦でタルバを吹き飛ばした時ぐらいまで力を抑えながら、拳を引いて構えた。
「プギャーー!」
かなり近くまで来たボアは、雄叫びを上げながら迅を吹き飛ばそうとする。
「せーの!」
迅はしっかりとタイミングを見計らって、拳をボアへと殴りつけた。
ボゴォ‼︎
迅が放った拳はボアの突進をものともせずに、その巨体を吹き飛ばした。
ボアはズドーンと音を立てて地面に横たわり、そのままピクリとも動かなかった。
さすがにタルバとは重さが違うので模擬戦の時のようには飛んでいないが、それでも30メートル程は吹き飛ばしていた。
「……す、凄い」
「あんなデケェもんを飛ばせるのかよ……」
「「「…………」」」
「なんて威力だ……こんな事ができる奴なんて、そうはいないぞ……」
「おお、凄い!さすが異世界!物理で無双は本当にあった!」
「「師匠!凄いの!」」
見ていた者たちは全員が驚いていた。
木原姉妹と凛は完全に固まっており、フォールは自分の中の価値観を覆されたようだった。
一方で、イリスとエリス、繭の3人はかなり興奮していた。
繭なんかは普段のゆっくりな調子はどこにいったのか、目をキラキラさせながら異世界に来た喜びを感じているようだった。
その後は何事も無く、全員が昼休憩を済ませられた。
ここで和輝たちとはお別れとなり、迅たちは学院へと戻ることになった。
「じゃあ、このボアは俺が貰っていくから」
「分かった。ここまでありがとな、ジン」
「気にするな。あっ、そうだ。もし何かあったら、ちゃんと姫さんが言った通りにしろよ」
「ちゃんと覚えてるよ。危なくなったら魔法を撃ち上げればいいんだろう?大丈夫だよ、ティアによろしく伝えといてくれ」
「はいよ。それじゃ、頑張ってこい」
「ああ、行ってくる!」
別れる前にティアとの約束事を思い出させて、しっかりと守るように伝えた迅。
それから他のメンバーにも激励をしてから、迅たちは学院へと戻っていった。
日が完全に沈みきって、夜になってすぐの頃に迅たちは学院に帰ってきた。
帰りの道中ではイリスとエリスに戦闘を任せたが、ケガをすることもなく戻ってきた。
ボアは前回と同じように冒険者ギルドへ持っていき、換金を済ませてから学院に戻った。
学院に着くと門は閉まっていたが、門番に学生証を見せて通してもらった。
その際に、門番がティアから伝言を受けていたようで、戻ってきたら顔を出すようにとの事だった。
どうやら今は女子寮にいるらしいので、迅は面倒くさいと思いながらも女子寮へと向かった。
イリスとエリスの件で顔馴染みになってきた寮母さんに事情を話し、寮母さんにも伝えられていたのか、すんなりとティアの所まで通してもらった迅。
ティアとシルフィアは同じ部屋に住んでいて、もともと王族用に用意してあったのか、結構な広さがある部屋だった。
そこで待っていた王女姉妹に今日の事を話すと、かなり心配していたティアはホッとひと息ついていた。
「そうですか。カズキさんたちは順調に進めたんですね?」
「ああ、行きの戦闘を見た限りは、そう簡単にやられる事はないと思うぞ」
「それなら、ひとまずは安心ですね。それにしても、カンナさんまで能力を使えるようになるとは思ってませんでしたね」
「カンナは頑張り屋さんですから、当然の事ですわ、お姉様!」
柑奈の成長に驚くティアと、それをまるで自分の弟子を自慢するように胸を張るシルフィア。
「それじゃあ報告も終えたし、俺は戻って寝るからな」
「ええ、ジンさん、ありがとうございました」
最後にティアが礼を言うが、割と眠気がきていた迅は手をひらひらと振って、あくびをしながらイリスとエリスと共に退室していった。
「まったく、お姉様にもあんな態度をとるなんて……」
「いいのよ、シルフィア。朝早くから出てもらって、ジンさんも疲れていたのでしょうしね」
「お姉様は甘いのですわ。あの人は甘やかすとろくなことにならないんですから」
迅に対しては色々と細かい所まで気になってしまっているシルフィアに、〝困ったものね″と苦笑いしてしまうティアであった。
これにて連続投稿終了です。
次回からは、また毎週土曜日の更新とさせていただきます。
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