弟子と勇者のお誘い
少しだけ文字数が多めになりました。
迅がイリスとエリスの2人を弟子にしてから、ひと月ほどたった。
迅は訓練場を調べるのを後回しにして、2人をひたすらに鍛えていた。
一方で、勇者たちも教師やAクラスの生徒たちと模擬戦をやったりしていたので、それなりに戦えるようになっていた。
今日は訓練場で能力と魔法を使っての練習をしているのだが、確実に強くなっているはずの勇者たち、主に和輝と剛の顔はあまり晴れていなかった。
というのも、少し離れた所で迅がイリスとエリスに稽古をつけているのだが、明らかに和輝たちよりも動きが良いのである。
具体的には、素の状態では防戦一方になるしかないぐらいには差が開いていたのだった。
実は何日か前にイリスと和輝とで、能力無し、魔法無しの模擬戦をやったのだが、和輝はイリスの攻撃を防ぐのに精一杯で、全く反撃できずに首に剣を突きつけられ、まさかの1分保たずに決着がついてしまった。
そして、ついでにと試合をした剛にいたっては、エリスに秒殺されていた。
イリスとエリスの魂剣は2人とも短剣なので、確かに手数は多くなるうえに使いやすいが、だからといっても高スペックの和輝たちが手も足も出ないというのは少し異常だった。
となると原因は迅しかいないのだが、迅はべつに何かを指導した訳ではなかった。
《ひと月前》
迅が2人を弟子にした次の日、授業が終わって放課後になり、早速2人の特訓が始まろうとしていた。
場所は訓練場を使っており、迅たちの他にも何組かのグループが模擬戦や特訓などをしていた。
「さて、とりあえず目標は1年で仕上げるつもりでやるからな」
「「お願いします!」」
迅の言葉に対して元気よく返事をする2人。
迅は2人の返事を聞いてひとつ頷くと、特訓内容を伝えた。
「よし、まずは基礎からやってくぞ。俺はひたすらに攻撃を回避するから、2人は魂剣を使って俺に傷をつけてみせろ。それができたら次のステップにいくからな」
「はい!魔法はありですか?」
特訓内容を伝えると、イリスがすぐに手を挙げて迅に質問した。
「無しだ、もちろん身体強化もな。いいか、確かに身体強化そのものを鍛えれば強くなれる。だがそれは、結局のところは付け焼き刃にしかならない。強者が相手だと、ただ速くて力が強いだけなら簡単に見極められちまうからな。だからこそ最初はひたすらに戦い続けて、戦闘の勘を鍛えるんだ」
迅は魔法を使わない理由を丁寧に説明した。
大抵の者ならば魔法を教えた方がいいのだが、2人がリベンジのために燃えている相手は隠密系の能力が効かない相手なので、迅は基礎をみっちり鍛えていくつもりだった。
「じゃあ始めるか、どこからでもかかって来な」
「「え?」」
イリスとエリスは驚いたように固まってしまった。
というのも、2人は模擬戦のようなものを想像していたのだが、迅は説明を終えると少し腰を落としただけで、とくに構えもしなかったのだ。
しかも、2人とは互いに手を伸ばしあえば届きそうな間隔しか開いていなかったので、2人はさすがに無理があるんじゃないかと思っていた。
「……どうした?2人して固まって。ほれ、遠慮なくかかって来な」
2人は互いに顔を見合わせたが、心を決めて頷きあうと、まずはイリスから迅に斬りかかった。
「えいっ!」
念のために幻影形態にしている魂剣を迅に向かって振り下ろすと、迅は軽く横に躱した。
イリスは躱されてすぐに、迅が避けた方に短剣を振り抜いた。
しかし、迅は後ろに軽く飛ぶことで避けた。
そこで一旦、イリスが短剣を構え直したところで迅が声をかけた。
「エリスも一緒にかかって来な。それからイリス、幻影形態なんだからもっと思いっきり来いよ。これじゃあ特訓になんねぇぞ?」
2人には余裕そうに思える特訓内容なのに、まさかの2人がかりで来いと言われ、舐められたように感じた2人は少しムッとしながら、迅に一泡吹かせるために突っ込んでいった。
しかし、2人で飛びかかってから20分ほど経ったが、迅には全く当てる事ができなかった。
2人は動き続けているうちに少しずつ戦闘のスイッチが入っていったが、剣を変則的に動かしたりフェイントを混ぜたりしても、迅には全く当てられないでいた。
しかも、普段は身体強化のおかげで疲れにくくなっていたので、たった20分程度でもかなり息が上がっていた。
「はぁ、はぁ……全然、当たらないの……」
「はぁ、はぁ……もうダメ、疲れたの……」
2人は一回も止まらずに迅に斬りかかっていたが、さすがに疲れ切ってしまったためにその場に座り込んでしまった。
それに対して迅はまったく息を切らしておらず、腕を組んで2人を見下ろしていた。
「まぁ、身体強化なしじゃこんなもんか……少し休憩したら再開するからな」
迅がそう声を掛けると、2人はこれからの特訓を想像してしまったのか、2人揃ってビクッと震えていた。
その後は日が暮れるまで動いて休んでの繰り返しだったが、その日は結局、迅に傷を付けることは出来ずに終わってしまった。
しかも最後の方はかなりフラフラしていて、なんとか気力で動いていただけだったので、迅が特訓の終了を告げたと同時に2人とも気絶してしまった。
さすがに起きるまで待つわけにもいかなかったので、その日は2人を担いで女子寮まで運んだが、それが1週間は続いたのであった。
特訓を始めてから10日ほどたった頃、ようやく迅に傷を付けることが出来た2人は、次のステップへと移っていた。
今度は迅が武器を使っている状態で傷を付けるというものなのだが、迅は反撃をしないという条件付きではあるものの、斬りかかった剣を流されたりしてしまうので、2人は理想の動きをさせてもらえないためにかなり手こずっていた。
それでも繰り返し特訓をしているうちに、無駄の無い動きが出来るようになり、いつの間にか和輝たちを越える機敏性を発揮できるようになっていたのだ。
そして、特訓を始めてからひと月が経ったわけだが、2人の動きは良くなっているものの、未だに剣1本しか使っていない迅に傷を付けることは出来ないでいた。
「セイッ!」
「ハッ!」
「……あまい」
迅が右手に隠蔽状態のサラレスを持って構えているところへ、イリスが右から、エリスは左から挟み込むように位置を取り、少しタイミングをずらしながら斬りかかったが、迅は先にイリスの振り下ろしを左側からすれ違うように避けた。
その際に、迅は右足をイリスの足に引っ掛けて態勢を崩させた。
すると、避けた迅に向けて飛びかかっていたエリスの目の前にイリスが飛び出してしまい、集中力が切れかかっていた2人は避ける事が出来ずに、互いに頭をぶつけ合った。
ゴチッと鈍い音をさせながら頭をぶつけた2人は、痛みに頭を抑えながらその場で蹲ってしまった。
「「〜〜〜ッ⁉︎」」
「あらら、今のは痛いわな……じゃあ、丁度いいから今日はこれで終わりな」
「「は、は〜い……」」
迅は苦笑いしながら、痛そうにしてる2人に今日の特訓の終了を告げた。
迅の言葉を聞いた2人は顔を上げて返事するものの、まだ痛む頭を抑えながら涙目になったままだった。
今の姿を見ると情けないように思えてしまうが、手加減はしてもらっているものの、迅という強者を相手にしているおかげで、2人とも自分にとって最善の動きを無意識のうちにするようになってきていた。
その結果、個人の技能も、2人の連携も無駄が無くなり、勇者という高スペックが相手でも上回ることが出来るようになったのであった。
迅が未だに頭を抑えている2人が回復するのを待っていると、先に特訓を終えていたはずの和輝たちが歩み寄ってきた。
どうやら迅に話があるようで、話しかけるタイミングを伺っていたようだった。
「やぁ、ジン。ちょっと、今いいかな?」
「おう、こっちも丁度終わったところだから大丈夫だ。それにしてもわざわざ全員で来るなんてな、なんか用か?」
和輝に声を掛けられた迅は、王女姉妹も含め、勇者全員が揃って来た事に疑問を浮かべながら用件を聞いた。
「実は明日から3日間、実習として森の奥にある遺跡まで行くことになったんだ。それで、良かったらジンたちも一緒に行かないか?」
「遺跡か……」
和輝からの用件を聞いて、腕を組んで考え込む迅。
まだ2人の基礎を鍛えている途中なのだが、〝たまには違う事をさせるのも有りか″と考える迅。
しかし詳しく聞いてみると、遺跡の方はとっくの昔に探索され尽くしているらしく、中に居た魔物は完全に駆逐されており、しかも新たに生まれて来る事も無かったために、調べ尽くした後はそのまま放置されているようだった。
ちなみに、遺跡は森の終わりかけの所にあるのだが、森に生息している魔物は遺跡に棲みつくことは無かったらしい。
「遺跡まではパスだな。森の途中までなら同行するよ」
「そうか……分かった。本当は遺跡まで一緒にが良かったけど、無理強いする気は無いから。……ちなみに、なんで遺跡まではダメなんだい?」
迅に断られた和輝は、少し落胆しながら本音を話した。
そして、自然と抱いた疑問を迅に聞いてみた。
「俺がわざわざ何も無いと分かっている場所に行く訳ないだろ。しかも3日とか……そんな興味を持てない所に行く気はねぇよ。鍛錬するなら日帰りで魔物を相手にすれば充分だ」
予定では3日で帰ってくるつもりらしいが、その間に2泊は野宿しなければならないわけで、普通に考えれば交代で睡眠を取ることになる。
そうすると、自然と睡眠時間は短くなってしまうのだ。
睡眠を割と大事にしている迅としては、そこまでして遺跡に行くのは割に合わないために断ったのだった。
それを正直に言ったら突っ込まれそうなのでもちろん言わないが……
「そうなのか……まぁ、僕たちは興味があるから行ってくるよ。野宿しながら行くのもピクニックみたいで楽しみだしね」
「ん、川があればバーベキューもできる」
「遊びに行くわけじゃないんだよ、繭」
「俺は熊と戦ってみてぇなぁ」
「この世界だと魔物でならいるんだろうけど、無闇に突っ込んだりしないでよね、剛くん」
「皆さん、厄介な魔物もいるのですから、油断は禁物ですよ」
「分かってるよ、ティア。みんなで無事に帰ってくるって約束するよ」
和輝と剛と繭は楽しむ気満々だった。
それを凛と麗奈とティアがやんわりと注意する。
そのやりとりを見てた迅はシラけた顔をしていた。
(穏やかなムードのはずなのに……なんか嫌な予感がするな……)
今までの経験からか、ついお約束を予感してしまう迅であった。
迅が今まで遭遇した嫌な事を振り返っていると、楽しく話している和輝たちの輪を抜けてきたティアが話しかけてきた。
「ジンさん、なんとか同行してもらう訳には参りませんか?今回は私とシルフィアは同行する事ができないのです。明確な回復役が居なければいざという時に困ってしまいますが、ジンさんのお力があればそれもカバーできるはずなのです。カズキさんたちのためにもお願いできませんか?」
どうやら和輝たちの事をかなり心配しているらしく、ティアは再度〝なんとかできないか″と迅に頼んできた。
「そんなに心配し過ぎると心労でぶっ倒れるぞ、姫さん。あの森に何か特殊な魔物がいる訳じゃないだろ?それに、もし何かあれば魔法を真上に撃ち上げさせれば大丈夫だろ。学院からだって余裕で気付けるし、俺だけならすぐに駆けつけることもできるしな」
「それは……そうかもしれませんが……」
迅は再度断りティアを説得するが、それでも納得しきれないティアに、いつの間にか近くで聞いていたシルフィアが割って入ってきた。
「大丈夫ですわ、お姉様。今回はフォール先生もついて行くのですから」
ちなみにフォールについてだが、実は勇者たちの戦闘に関する育成を任された教師である。
以前は冒険者としてそれなりに名の知れた強者だったため、勇者たちの育成係を任されることになっていた。
シルフィアからも説得されたティアは、完全には納得している訳ではなさそうだったが、渋々といった感じで了承したようだった。
「……はぁ、確かに、過保護過ぎるのもよくありませんね。……分かりました。ではジンさん、もしもの時はよろしくお願いします」
「はいよ、任せときな」
勇者たちのプチ遠征が一応の解決を見せたところで、今まですっかり忘れられていた2人から声をかけられた。
「ししょ〜、もうおわったの〜?」
「……もうダメ、すごくねむいの……」
声がした方を振り向くと、イリスとエリスがお互いに寄りかかって座っていた。
言葉通りにもう限界なのか、目はうっすらと開いている状態だった。
「悪い悪い、終わったからもう少しだけ寝るのを我慢しろ。ほれ、今日はエリスだろ。はやく乗りな」
「は〜い」
迅は謝りながら2人のもとに向かうと、エリスの前で背中を向けてしゃがんだ。
すると、エリスは当然のように迅の首に腕を回して、背中に張り付くように乗っかった。
迅はエリスがしっかり乗ったのを確認すると、スッと立ち上がって歩き始め……歩こうとしたところで、若干引いたような目を向けているティアとシルフィアに気付いた。
いつの間にか和輝たちも集まってきていて、ティアと同じような目を向けてきていた。
「はぁ、一応言っておくが、これはこの2人が望んだ事だからな」
ティアたちが言いたいのは恐らく、というよりも確実に〝変態″という言葉なのだろうが、迅は言われる前にしっかりと弁解した。
ティアたちはそれでもまだ訝しげな表情だったが、迅はそれを気にせずに、完全に眠りこんでしまったイリスを脇に抱えて歩き始めた。
「気になるなら後でこいつらに聞いてくれ」
迅はそれ以上は伝えずに去っていき、あとには迅たちの仲を邪推して話し込む勇者たちが残っていたのだった。
明日も0時に更新しますので、よろしくお願いします。
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