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やはり魔法は必要だと思うよ。
リーンのベッドの上で食事を終えたラシュアに、リーンは思わず首を傾げた。
「さっきのことだよ。魔法が使えたら、撃退は簡単だった」
「でも、魔力の感知はまだ出来なくて」
「それなんだけどね。講座の教科書を見直していて、思い出したことがあったんだ」
魔力を循環させる際に、すでに魔力を感知出来ていて操作も出来る人間の力を借りる方法があるのだという。
「手を出して」
「こう、ですか?」
差し出された手のひらを真似て手を差し出せば、その上にラシュアの手のひらが重なった。吸血鬼だからだろうか、彼の体温は人のそれより少し低い。ひんやりとした手のひらの気持ちよさを感じながら、握られた手を彼の真似をして握りしめた。
何かがふわりと、リーンの中へ入ってきた。
温かくて優しい気配だ。大丈夫だと言う様に、ゆっくりと、まるでリーンを導くように。
「……ラシュア先生……?」
「うん。感じて」
「……はい。感じます」
腕を伝い、じわりと這い上がる感覚を追いかけた。
……当然だけれど、言われてすぐに出来るようなことではなかった。
30分ほどそうしてラシュアの魔力を感じ、これが「魔力」というものだと教えられた。これと同じものを自分の中からも探すのだよと言われ、宿題にしようかと告げられた。
毎日、彼の言葉に従って己の魔力を探っていった。
その頃にはもう、ラシュアの生活のリズムも、彼本来のものへと戻っていた。3日起きて2日寝る。
起きている時間の内は家にいた。講習はしばらくお休みすることになったそうだ。なんでも、生徒になにかあったらしい。ちょっとしたお仕置きだよ、とラシュアは笑ってリーンに告げた。
ラシュアとののんびりした生活はリーンの性に合っていた。
領民……という名の、館の周辺の村人達とも仲良くなった。リーンを襲った男達のことは、村人達も知らなかった。そういや変なやつらが館に行ったことがあったけど大丈夫だったかい? と尋ねられたときは苦笑した。
ラシュアはあまり食べなかったから、料理を作りすぎてしまったときには村へ差し入れもして、それもあって、逆に差し入れを貰ったりするようにもなった。素朴な村の料理はどれも美味しかった。
季節は移ろい、秋の祭りにも参加した。ラシュアの食料庫の大入れ替えも手伝った。
「ご領主様は、最近はめっきりあんたの血ばっかり吸ってなさるんだなぁ」
「……そう、なんですかね?」
「前はとっかえひっかえでなぁ。一度吸ったモンから続けて吸われるようなことはなかったんだが」
「なんか、僕は魔力が多いらしいので」
「それでも、ちっとはくらっとすんだろぉ? 大丈夫かい? いっぱい食べるんだよ?」
「そうそう。まぁ、あのご領主様だもんねぇ、いくら手首から吸われるって言っても、別の意味でくらっとしちまうよねぇ」
「えっ」
村人と交流する内に、彼の血の吸い方が、村の人達とリーンとでは違うことを知ったりもした。
首から吸われている人はだれも居なかった。それがどういう意味かは分からなかったけれど、少しだけ……心臓がうるさくなった。
三月ほどの時間が過ぎた。
相変わらずラシュアはリーンから血を吸って、リーンはすっかり痩せて、すっきりとした体つきになった。
柔らかかった身体は筋肉も程よく浮き出した男らしいものへと変わった。ボサボサだった赤髪も沢山ご飯を食べたせいか艶やかになった。肌が白いのばかりは変わらなかったが――水に映った自分の姿は、多分ちゃんと人並みだろうと思えるくらいに整った。
「ラシュア先生、出来ました!」
「うん。よく出来ました」
魔力の感知も出来るようになった。感知が出来るようになったあとは早かった。リーンが元々持っているスキルは頑強だ。スキルが肉体を強化してくれるのだから、そこに魔力を乗せれば良いだけだった。他の魔法は最初に言われたとおりさっぱりだったが、自身の肉体を強化するのは得手となった。同時に肉体に纏わせるのと同じように装備や武具へ魔力を纏わせることも会得した。
「うん。これなら『盾士』として戦うことも出来るんじゃないかな」
「え? でも、僕、先生の講座では――」
「確かに、私が受け持つのは魔術師の講座だね。でも、講座を受けたからって必ずしも魔術師にならなければならないわけではないし、魔術師の講座で学んだことを別の職に生かしてはならないなんて決まりもない」
言われてみれば確かにそうだ。それに第一、リーンは属性の魔法はまるきり使えないままだった。
「『盾士』は君に合っていると思うよ、リーン。君は守る人だもの」
「先生……」
「さて、それじゃあそろそろ帰ろうか」
「帰、る……?」
「君の帰るべき所へ、だよ」
あまりにも心地良い生活だったから、すっかり忘れていた。
リーンとラシュアは生徒と先生で、ラシュアはリーンの体質改善の為に動いてくれていただけだった。
咄嗟に言葉の出ないリーンに、ラシュアは朗らかに笑いかけた。
その夜、ラシュアはリーンの寝台を訪れた。いつもの通り、食事の為だ。
ラシュアは神妙な顔つきで、リーンに深く、頭を下げた。
「ごめんね、リーン」
「先生? どうされたんですか?」
「本当はね、もっと早くに君を解放してあげるつもりだったんだ」
ラシュアの指が、リーンの首筋に触れた。指先から感じる彼の魔力はいつも通り、優しい気配がした。
「長くても一月くらいで良かったんだよ、本当はね。一度体質を良い方へ戻せば、後は経過を見るだけで大丈夫だったんだ。魔法なんて後からいくらでも、どうにでも出来たんだからね」
でも君があんまり美味しかったから、つい、手放しがたくて。あと少しだけ、魔法を覚える間だけだからと言い訳しながら引き留めてしまった。
ラシュアの吐息が言葉と共に首筋に触れる。いつもと同じ食事の光景なのに、いつもと同じには思えなかった。
だって、これが最後だ。
「それなりの年数を生きてきたけど、君みたいに美味しい子は初めてだった」
「……そう言えば先生はおいくつなんですか?」
「僕かい? 確か、150歳くらいかな?」
「150!?」
「リーンは今何歳だい?」
「僕は、18歳です……」
「うーんそれは結構な年の差だ。私はいけない大人だな」
笑い声が首筋に掛かって、くすぐったさに少しだけ首をすくめれば、ちゅ、と小さな音を立てて首筋を吸われた。――吸血でなしに触れられたことに気がついて、思わず全身が熱くなった。自分の白い肌がこんなにも恨めしいと思ったのは初めてだった。だって、全身真っ赤だった。
「君は可愛いなぁ」
「先生の方が、可愛いです……!」
必死の思いでそう答えれば、彼は楽しそうに「ふふ」と笑った。
それはまあ、顔だけはね、なんて言いながら。
もうすぐ冬が訪れようとしていた。




