4
「……こりゃまた綺麗になっちまってまぁ……」
「こんにちは、お久しぶりです。先日はありがとうございました」
「……あんた、誰だね?」
「え? いやだなぁ、ここへ送って貰ったリーンです。うわぁ、お野菜をたくさん、これはどうされたんですか?」
「い、やぁ、……ええぇ!? あんたがあのぽっちゃい兄ちゃんかい!? ずいぶんとまぁほそっこくなっちまって……やっぱりなんも食えてなかったかぁ……もっと早くに持ってきてやりゃぁ良かったな」
「いいえ? お食事はちゃんといただいていました。ラシュア先生に血を吸って貰って、ちょこっと痩せましたけど」
「いやいやいや、ちょこっとどこじゃねぇべさ……」
確かに、ちょこっとどころではなかった。持ってきた服はぶかぶかで、紐を使って括らなければ着られなくなっていたのだから。
男は綺麗になった館を褒めてくれて、そんなに働いたんなら腹も減ったろうとたくさんの野菜や果物を置いていってくれた。料金は領主様がいつも色々下さってるからいらんよ、と言って。
温かい気遣いに感謝しながら館へ戻ると、ラシュアがようやく起きてきた。
ラシュアの睡眠時間はリーンとは少しずれている。本来の活動時間は3日起きて2日寝る。それなのに現在はリーンの治療に合わせて毎日起きて寝てをくり返してくれていた。その分眠りが浅いらしく、寝ても寝ても眠いらしい。今も「おはよう……」と言いながらリーンの傍にくると、もたれるようにしてうつらうつらと首を不安定に揺らしていた。
「おはようございます、ラシュア先生」
「うーん……うん、これくらい整ったのなら、魔術の訓練を開始しても良いかもしれない」
「本当ですか?」
「うん。無属性でも使える魔法はあるからね、それを1つずつ学んでいこうか」
「まず魔力を感じて」
「はい」
「感じた?」
「……えっと、どうやったら良いんでしょうか」
「どうやったらいいか……?」
「あの、先生?」
「……ごめん、そこから教えたことはなかった」
魔力を感じるのは基礎以前のことだった。ラシュアはどうしようかと悩み始めたが、彼の講座の時間が迫っていることに気がついた。早くお支度をして外出しないといけないと促せば、「ほんとうだ! 教えてくれてありがとう」と眠そうな目を擦りながら身支度して館を飛び出していった。文字通り、空を飛んで。
なるほど吸血鬼、と飛び去る彼を見送ってから、リーンはさてどうしようかと思案した。
魔力。どうやらラシュアの言動からすれば、体内を流れているものらしい。彼は良く魔力線、詰まってなくて綺麗に流れて良い感じだと、リーンの身体を指でなぞった。
だからつまり、ラシュアの指がなぞったところに魔力線とやらがあり、そこを魔力が巡っているのだ。
ラシュアの指を思い出して、リーンは思わず顔に血が上るのを感じた。とても良くない、不謹慎だと思いながらも、止められなかった。
ラシュアは距離感がおかしい。近すぎる。ひょっとしたら目が悪いのかも知れないが、日頃書籍を読んでいる時はそんなそぶりは見せなかったから、きっと魔力を見るときだけの目の悪さなのだろう――と、そこまで考えて、魔力とは目に見えるものなのか? に思い至った。
「魔力を、見る」
……どうやって?
解決策が思いつかなかったリーンは、取りあえずラシュアの書斎の整理を始めた。
共に暮らす内、取りあえず彼の生活圏以外の掃除は終えた。次は彼の生活圏――つまりラシュアの寝室と書斎だが、先日確認したところ、寝室は整えて構わない。書斎は「本の順番は崩さないでくれ」と頼まれていた。恐らく彼なりのルールがあるのだ。
慎重に、確認しながら埃を払う。積もったそれを部屋の上から少しずつ払い、ようやく一通り終えた時には夕日が沈もうという頃合いになっていた。すっかりお腹が空いた。
「……今日は先生、お帰りが遅いのかな」
いつもならこれくらいの時間には帰ってきていたから、この時間にひとりぼっちなのはこの館にきてから初めてで、なんだか心細くなってきた。
今日は村の男が運んでくれた野菜でラタトゥイユを作った。それから無発酵パンを簡易に焼いて、チーズを炙る。全部出来て、……冷めてしまったそれを温め直して。それでも、ラシュアは戻ってこなかった。
お帰りを待ちたかったけどと思いながら冷めかけた夕食を食べて、台所で湯を沸かした。
代謝が良くなった身体は汗もよくかいたから、そうして清潔にした方が良いとラシュアに勧められたからで――館の裏で服をすっかり脱いで湯で身体を洗っていると、背後で茂みがガサリと鳴った。振り返れば、そこには見たこともない何人もの男たちがいた。
「こりゃ驚いた。ほんとに大した美人がいるぜ」
「よう美人さん、こんなとこで何してんだよ、素っ裸で、誘ってんのか?」
「みろよあの白い肌――すげぇな、こんな美人見たことねぇよ」
驚きすぎて、反応が遅れた。
男達の手が伸びてきて、リーンの腕を無造作に掴んだ。引き寄せられて、湯でぬかるんだ地面に押しつけられ――ようやく、自分が何をされようとしているかに思い至った。……これはひょっとして、乱暴されそうになっている?
「あの、僕は男ですよ」
「なに言ってんだよ兄ちゃん、そんなもん見りゃ分かるぜ」
「あんたくらい美人なら、男でも女でもどっちでもかまわねぇよ!」
「大人しくしてりゃ、いいめ見させてやるぜ、俺らがなぁ!」
そちらが構わなくてもこちらは構う。
けれど、その時ふと思い出したのはラシュアの指のことだった。男達の粗野な仕草とはまるで違う、穏やかで優しく、けれど容赦なくリーンの肌を暴いていく彼の指を。
そして思った。もしもこの男達がするようなことを、あの指にされたのなら――たぶん、きっと、大丈夫。
大して抵抗も出来ないし、しようとも思わないのだろうな、と。
「止めて下さい!」
「止めろだぁ? そんなん言われて止めるわけねぇだろ!」
「おら、腰上げろ! 暴れるな!」
「待って……! 嫌です! お願いだから……!」
「そうだよ? 彼は嫌がっている。君たち、止めなさい」
声は頭上から降ってきた。
夕闇に染まる空の上に、小柄な彼が浮かんでいた。その瞳だけが薄暗い空の中で、爛々と金色の光りを放ちながら、男達を静かに見ていた。
「……ひ……!」
「君たちは領民ではないな。どこの子たちかな? その子は私の庇護下の子だ。手を放しなさい」
「きゅ、きゅうけ……!? なんだよ、今日は帰ってこないんじゃなかったのかよ!?」
「お、お助けぇ……!!」
情けのない声を上げながら、男達は後も見ずに逃げ出した。ラシュアはただ彼らの背を見送り、それからすとんとリーンの隣に降りて来た。
「大丈夫かい、リーン」
「はい……先生」
「遅くなって済まなかったね。もうご飯は食べた?」
「えっと、はい。……あの、先生は?」
「僕はまだだよ。お腹がぺこぺこだ。早く君が食べたいよ」
男達に襲われて震えていた身体は、彼の声を聞く内に、少しずつ収まっていった。
思わずふふと笑ってしまって、「それじゃ、身体を洗ってしまいますから、少しだけ中で待っていて下さい」と言えば、「……不埒者が戻って来たら危ないから、ここにいるよ」と言われてしまった。
「あのでも、僕……身体を」
「早く洗っておいで」
「……はい」
もう何度も彼には肌を晒しているし、首からは血だって吸われている。吸われる時は当たり前だけど、肌に唇だって当たっている。身体を洗うところを見られるくらい今更何でもないことの筈なのに。
なぜかひどく気恥ずかしくて、リーンは常より手早く身体を拭いた。




