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「え!? あの講師の先生のところに住むのぉ?」
「はい、招かれて……」
「待ってぇ? あの人、人嫌いで有名だったはずよぉ……?」
「お前、適当なこと言ってんじゃないだろうな!?」
「嘘じゃない、ですが……」
魔術師と僧侶はうさんくさげな目でリーンを見た。人嫌い……? という評価は当てはまらないと思ったが、何か過去にあったのだろうか。
「リーンさん、行っちゃうんですか? リーンさんのご飯、美味しかったのにな……」
「あ、ありがとう、ございます」
「ここから通えば良くねぇ? どうしても行かないとダメなのか?」
盾士は残念がり、やはり部屋、戻りますか? と引き留めたがって盗賊に止められた。戦士も心配そうにしてくれるのが有り難かった。
「状況分からないし、荷物は置いていくといい」
盗賊は、冷徹な目でリーンを見ていた。けれど荷を置いていけという言葉は彼女にとってまっすぐな思いやりだろう。買える場所を取っておいてくれるという意味だろうから。
「えっと、それじゃ、……行ってきます」
5人に見送られ、リーンは魔術師講座の講師の元へ赴いた。……ラシュアの元へ。
道中はのどかだった。「なぁるほどなぁ、ご領主サマんとこの新しい居候さんかぁ! ンなら、おらンちの馬車に乗ってくといいだよ」と、ロバの引く馬車に乗せて貰えることになったからだ。のんびりした1週間の旅路だった。
……この距離を、あの先生はどうやって街まで通っているのか。疑問に思ったが、馬車主は「そりゃぁ決まってっぺ! 領主サマは吸血鬼だからなぁ、お空を飛んでぴゅーんだぁよ!」と教えてくれた。
なんと、吸血鬼だった。
旅の間に男とはすっかり仲良くなった。旅程の間のお喋りも楽しかった。お前さんの何が良かったンだろぉなぁと言う男の目には偏見がなく、興味の色だけが強かった。道中の魔物は弱く、冒険者としての経験も役に立った。2~3度魔物を追いやれば、男はすっかりリーンを信頼してくれた。
出された食事も美味しかったし、リーンが作った料理も美味しいと褒めて喜んでくれた。
「んじゃぁよ! なンかあって困ったら、俺ンとこ来たら良いっぺよ!」
「はい。ありがとうございました。お世話になりました」
「ンなのお互い様だぁよ!」
そう言って男はリーンの背を叩いた。その力強さと穏やかな声がリーンの背中を押してくれた。そうでなければ、ひょっとしたら尻込みしてしまったかもしれない。
到着したラシュアの館は、館という名の『城』だった。
それもまるっきりの、『廃城』だった。
「やぁようこそ。よく来てくれたね」
「先生、よろしくお願いします」
「うん」
館を訪れたリーンを、ラシュアはきちんと出迎えてくれた。
ただし、その玄関ホールは廃屋だった。あまりにもボロボロの屋内に、彼は教室で見た時と寸分違わず、平静なままで立っていた。
「部屋は好きに使って良いよ。空き部屋はたくさんあるから」
「そうでしょうね……、いえ、あの、使用人の方とかは……?」
「いないね」
「いないんですか!?」
「ここへは寝に戻るだけだから、整える必要はないからね」
「あの、でも、料理とか、洗濯とか」
「君をここへ送るように頼んだ子はお喋りだし、多分もう知っていると思うんだけど。私は吸血鬼だから、食事はいらないよ。たまに村の子から魔力を貰うくらいかな?」
「はぁ……」
「今は君がいるし」
「僕、ですか?」
ラシュアはにこりと害意なく微笑んだ。笑う口元に犬歯がちらりと輝いた。
「きみ、とっても美味しそうだ」
皿の上にのせられた魚は、ひょっとしたらこんな気持ちなのかも知れない。
リーンは宛がわれた自室のベッドの上の埃を払いながらひとりごちた。
流石に埃まみれの部屋は辛いので先に掃除をさせて欲しいと頼めば、必要なものがあったら言ってくれ、終わったら教えてねと言われてそのまま自由時間をくれた。
1人で掃除する時間は、気持ちを整える助けとなった。けれど同時に、あの綺麗な人のご飯になるための準備を自分で整えているようで落ち着かない気持ちも増した。
「……終わり、ました」
「分かった。それじゃ、始めようか」
この屋敷には、整えられた部屋が2つだけあった。ラシュアの書斎と寝室だった。いや、掃除がされてないことはどちらの部屋も同じだったが……雨漏りはしておらず、人が住める形になっている、という意味でしかないのだが……。ラシュアの気配との落差がひどい。
連れだって、部屋へ戻り、綺麗に直したシーツの上で服をはだけた。白い皮膚を晒すことには抵抗があったが、「取りあえず、脱いで」と言われれば抗うことも出来なかった。何しろこれは、治療なのだ。――彼にとっては食事なのかもしれない。
「ふむ。……うん、なるほど」
「あの」
「ここが詰まって……へぇ、それにしてはこっちの魔力線は無事だ……なるほどなぁ」
「ちょっと」
「それならここを……うん、方針は決まった――どうしたの、君。顔が真っ赤だ」
「だ、だって! そんな――指先で体中撫でられたら、そうなります……!」
しかもぶくぶく太った肌に吐息が掛かるほど顔を近づけながら。居たたまれない気持ちのリーンが叫ぶも、ラシュアはまるで意に介した様子はなかった。
「さて、それじゃあ吸血を始めようか」
「は、はい……!」
「力を抜いて、大丈夫、痛くはないから。……ああでも、これだけ溢れてるならお腹いっぱい食べても良さそう。一体何十年ぶりかな」
「あの……?」
「満腹まで食べたりしたら、大抵の子は干からびてしまうからね。遠慮しなくて良いなんて、……いいねぇ」
「あの……!?!?」
嬉しそうなラシュアがリーンの首筋に顔を寄せた。恍惚とした表情はやはりどうしようもなく美しくて、見惚れてしまって、けれど彼の牙が己に突き立てられる瞬間はやっぱりとても恐ろしくて、リーンは強く目を瞑った。
吸血されたときの感触は、どう表現すれば良いのだろうか。
例えるならば、湯水に浸かったときに全身が脱力する感覚に近いだろうか。血の巡りが急に良くなって、疲れが吹き飛ぶ感覚と言えば良いのか。
満足そうに腹を抱えてにこにこと可愛らしく笑いながらもたれかかってくる美少年に肩を貸しながら、リーンは複雑な心境だった。
それから毎日、リーンはラシュアに血を吸われた。流石に初日ほど大量に吸われることはなかったが、「適度に抜いた方が良いから」と言う彼の勧めに従って、毎日三回、朝昼晩と定期的に。
そうして1日。身体が妙に軽くなった。動きやすい。息切れしない。嬉しくなって館中を掃除した。ホールと台所の掃除が終わった。
2日目。更に身体が軽くなった。むくみも減った。一階の掃除が終わった。
3日目。ぶよぶよの腹肉が引っ込んだ。ズボンの上に乗っていた肉が消えた。二階の掃除も終わった。
4日目。館の掃除が一通り終わり、台所が綺麗になったことで食事も真っ当に作り始めた。
改めて食材庫の中を確認すると、吃驚するほどしっかりと保存食品が揃っていた。基本的に食事をしないラシュアだが、いざというときには領民に食料庫を解放するため、ある程度備えているらしい。秋の収穫祭の時には古い者を全部放出して祭りで使って貰い、入れ変えるのだとか。
ラシュア先生は食べませんか? と尋ねたら、私は必要ないよ? と不思議そうな顔をされた。そう言えば僕が彼の食事だった。
食べることは一応出来るよと言ってくれたので、2人分を作って、同じ食卓を囲んで食べた。こういうのも案外悪くないもんだねと笑ってくれた。
ご飯が美味しい。恥ずかしいくらい沢山食べてしまって、けれど遠慮しようとするリーンにラシュアは「たくさん食べて、たくさん魔力を生み出そう。古いものを全部入れ変えてしまうくらい」とますます勧めた。
……そして7日が過ぎる頃には、館はすっかり生まれ変わり綺麗に整い、庭木も丁寧に剪定された。
7日目に、馬車でリーンを送ってくれた男が、たくさんの食材を抱えてきてくれた。




