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「白ブタがいんじゃん」
「あ、ほんとだぁ。【勇光同盟】クビになったってホントだったんだねー」
ちらほらと、こちらを見ては小さい声でぼそぼそと喋る少年少女。彼らからは少しだけ離れた席にリーンは座った。
小さな教室だ――せいぜい入れて10人かそこいらだろう。黒板の前に机と椅子がずらりと並べられていた。
【勇光同盟】なんてすげーいい人たちのとこじゃん、あそこクビになるとかヤバすぎー、私あいつが戦ってるとこ見たことあるけど酷かったぁ、お荷物なんてレベルじゃないのー、使い物にならないのようやく追い出せたんなら同盟の人たちも良かったよな、いまさら魔術師目指すつもり? みっともなーい、あそこにはすでに有能な魔術師いんじゃん、人のポジションあわよくば奪おうって? さもしいよねぇ、性格悪すぎじゃないー。
聞こえるか聞こえないか、絶妙な音量の囁きが耳を突き刺す。
出来るだけ気にしないように心がけて、リーンは手元に目を落とした。事前に渡されていた教科書の予習は一通り済んでいるけれど、改めて、もう一度して置こうと教科書をめくり、頭から読み始めた。
それともさ、この講座の先生が目当てだったりして? あー、分かる、先生、超美人だもんねー、白ブタがいっちょ前に色づいてるって? だってそういうのご縁なさそうじゃないー、娼館だって断るよあんな不細工ぅ。
漏れ聞こえてきていた声が、ピタリと止んだ。なにかあったかのと見上げれば、そこには一人の美人が立っていた。
思わずぽかんと口を開けてその人を見つめた。
光を弾く銀の髪は背を覆うほどの長さだろうか。纏めるでもなくただ背中に流しているだけなのに、まるで絵画でも見ているような整いようだった。
白い肌は透き通るような美しさで、金の眼差しは鋭く冷たい。精巧な作り物めいた、人外の美だった。男なのか女なのかも判別出来ない、ひどく中性的な美だ。
ああなるほど、この人が来たから会話が止んだのかと納得した。
それにしても、講師だというのに、ずいぶん若い。いくつくらいだろうか――十代半ば……?
小さく首を傾げた美人は、手元の資料をぺらりとめくった。
「……新顔? えっと、……リーン?」
声まで美しい。低くもなく高くもなく、耳に心地よい声だった。思わずボーッと聞き惚れていたら「リーン?」ともう一度呼ばれ、慌てて「は、はい!」と返事をした。
「君、得意な魔術は?」
「つ、……使ったこと、なくて」
「属性は?」
「分からない、です……」
「ギフトは?」
「頑強……」
「……なるほど?」
「はいはーい、それじゃ流石に魔術師は無理だと思うんでぇー、この教室から出て行って貰うのが良いと思いまーす」
それな! と笑い出した他の生徒達の声を受けて、リーンは太った体を精一杯縮こませた。
受付も渋っていたはずだ、こうなることが分かっていたのだ――
「でもこの子、君たちよりずっと魔力、あるけど?」
は? という声が彼らの方から聞こえてきた。剣呑な響きだった。その場の空気が変わった。
「ま、待ってください、私ぃ、これでももう魔術師として何年も修行してきてて――」
「俺だって! 前回の授業で2属性使えるってラシュア様もいってくださったじゃないですか!」
「うん、言ったね。君たちは結構優秀な魔術師になると思うよ」
「それじゃ――」
「でも、この子の方が魔力は多い。君、すごいね。良く生きてたね。……普通なら魔力に食い殺されてるよ」
何を言われてるか分からなくて混乱した。魔力が多いってどういうこと? 魔力が多いと何かあるのか? 魔術師に、なれる……?
混乱したが、講師の表情は平静だった。嘘を言っているわけでも、誇張しているわけでもなさそうだった。
「納得いかない! 白ブタ! あんたちょっと顔貸しなさいよぉ!」
「そうだそうだ! 大体素質もないヤツが何勘違いしてんだよ! お前みたいなのが魔術師になんてなれるわけねーじゃん!」
少年少女がいきり立ち、リーンの近くにドカドカと歩み寄ったその時。
講師がパン、と手を打った。
「ここは私の教室で、君たちは私の生徒だ。彼もまた私の生徒だ。文句があるなら、君たちは教室を出て行きなさい。勝手をすることは許しません」
「「でも!」」
「君たちは昨日私が出した課題を終えましたか?」
「……まだ、ですけどぉ」
「もうちょっとで終わりそう、です」
「なら、それを引き続きやっていてください」
憎々しげに睨まれているのを感じる。
美しい講師は何事もなかったかのように「席に座って。授業を始めます」と言うとそのまま懐から水晶玉を取り出した。親指の先ほどの、小さな球だった。
「さて、ではリーン。この水晶を持って」
「はい」
渡されたそれを掌にのせると、それは淡く輝いた後、亀裂が走り、さらりと崩れて砂になった。
「へ?」
「なるほど」
何がなるほどなのか分からないが、講師――ラシュアはリーンの手のひらの上で砂になった水晶を指先につまみ取り、さりさりと指でこすりあわせて満足そうに頷いた。
リーンは崩れた水晶を手にしたまま、動けなかった。
少しだけ背後がざわめいた。恐らくはラシュアには気がつかれないようにと、静かに。なんであれが壊れるんだよ、ありえない、という言葉がちらほら聞こえてきたことで、逆にリーンは落ち着いた。どうやらこれは、あまり普通のことではないらしい。
「あの……? これはどうしたら……?」
「ふむ、属性はまんべんなく薄いね。ほとんど無属性に近い。本当に純粋に、魔力だけが高いんだな。とても珍しい」
手招きされて、崩れたそれはラシュアが取り出した袋の中に回収された。
「僕、魔法が使えるように、なるんでしょうか……?」
「うん、そうだね。属性のあるものは恐らく無理だ。体内魔力がおかしくなってるから、まずは体質改善からかな。――君、今はどこに住んでいるの?」
「パーティのハウスに、部屋が、……一応、あって」
突然耳元に口を寄せられ、住まいを聞かれて、体が震えた。思わず小声で応対した。
今の状態を「部屋がある」と言って良いのか悩みはしたが。
「引き払える?」
「引き……!? え!? ひ、引き払う……!?」
「無理強いはしないけどね」
どうしようかと悩み、……悩むまでもないことに気がついた。あそこにはもう、自分の居場所はないじゃないか。それならば、いっそ。
「……いえ。出来ます。――お願い、します」
「うん。じゃ、引き払って、私の家に来て。体質、改善してあげるよ」
それだけ言うと、ラシュアはリーンから体を離して、小さく笑った。
「君たち、耳をそばだてるのは良いけれど、課題は終わったの?」




