第8話 因縁
何寝ぼけたこと言ってんだ、このジジイは。
海聖は開いた口が塞がらなかった。
「賢者に護衛をつけないわけにはいかないだろう。海魔に狙われない代わりに一部の人間の標的となるのだから」
「それくらいわかってるよ。何で騎士でも何でもないあたしが護衛をしきゃいけないの。ていうか、もともと海永さんについてた騎士がいるでしょ」
「実は僕、一週間前に賢者になったばかりで、まだ専任の騎士がいないんです。今回の海域調査も複数の賢者と騎士で構成された共同調査チームだったので……」
「マジか」
賢者は研究のために各海域や地区、場合によっては他国の領土領海に赴くため、賢者一人につきバディとなる騎士が一人つく。それゆえCDMとMNSRIは切っても切り離せない強力な互助関係にあった。
「だからお前が護衛騎士として適任だと判断した」
「冗談じゃない。そんなの、他の騎士にやらせれば――」
「彼の力があれば、黒竜を見つけ出せるかもしれないぞ」
海聖は瞠目し、言葉に詰まった。
そうかもしれない。一瞬とはいえ、憎悪する祖父が提示した可能性を肯定してしまった。
「海魔の声を聞くことができるということは、海魔との繋がりを持つことができるということだ。星術の使い方次第では、お前が探し続けている海魔を見つけることも可能だろう」
「僕が、特定の海魔を見つける……」
本当にそんなことができるのだろうかと、雄仁はふと自身の手のひらに視線を落とした。
対して海聖は歯噛みしながら反駁する。
「……そんなの、まだわからないでしょ」
「たった一人でできることなど限られている。お前の小さな両手で救える命はほんの一握りだということを忘れるな」
「……救えたはずの命を見捨てたあんたに言われる筋合いはない」
凄みを利かせて憤怒を露わにする海聖に、雄仁は畏怖せざるを得なかった。一挙手一投足、己の発言にすら神経を張り巡らさなければならない緊迫した状況に、ただただ気圧された。
これで終いだと言わんばかりに、海聖は強制的に話を切り上げて支部長室を後にした。
緊迫した雰囲気のなか、終始やり取りを見守っていた雄仁はおずおずと口を開く。
「別の方に頼んだほうが……」
「いや、君には必ずあの愚孫を付けさせる。態度こそ生意気だが、あれでもかつては最年少で海域長を務めた元騎士だ。青海の女王の血を受け継いでいる以上、その力は貴重な人材に使わなければならない」
「青海の女王……。阿辻凪さんですか」
「そうだ。誰がそのような聞こえの良い異名を付けたのかはわからないが、私にとってあの女は殺戮人形も同然だった。母と違ってまだ感情はあるものの、あれも同じ存在と言えよう」
淡々と述べて、聖剛は腰を持ち上げた。
「そろそろ失礼する」
「会合はもうよろしいので?」
浄土が尋ねるなり、聖剛は「ああ」と首肯する。
「君たちが来る前に話し合いは終わっていた。ちょっとした世間話をしていたに過ぎない」
「送ろう」
隣を通り過ぎた聖剛に雁金が声をかけ、彼の背を追った。
聖剛はドアノブに手をかけたまま振り返る。
「君の心配は杞憂に終わる、海永君。さっきは反発していたが、いずれ愚孫は自分から君の護衛につくと申し出る」
「そう……でしょうか」
「ああ。だから何も案ずることはない。君はいま自分がなすべきことをしたまえ」
今後の活躍を期待している。
そう言い残して、威厳ある老騎士は退室した。雁金も彼に続き、室内は静寂に包まれる。
雄仁の緊張と懸念を拭うように、浄土は彼の肩に手を添えた。
「いろいろと疲れたでしょう。ひとまずアタシの部屋に戻って休みなさい。美味しいケーキがあるからごちそうするわ」
「……ありがとうございます」
浄土の厚意に甘え、雄仁は彼と一緒に支部長室を後にした。




