第7話 冷血漢と才女
浄土に強制連行され、海聖と雄仁は支部長室に足を踏み入れた。が、海聖はすぐさま踵を返して退室しようとする。
「待ちなさい」
浄土が海聖の逃走を制止するので、彼女は地を這うような低声で彼を睨めつける。
「聞いてないんだけど」
「そりゃあ、言ってなかったからね」
「何、新手の嫌がらせ?」
「海聖」
厳かな低声が海聖の敵意を引き寄せる。
室内中央に配置された来客用のソファに、その人物は腰を下ろしていた。
セットされた白髪混じりの黒髪に彫の深い顔立ち。海聖より少し薄い青瞳。豪奢な飾紐や徽章が付けられた騎士服と外套を纏うその姿は騎士団の重鎮であることを指し示す。
「なぜお前がここにいる」
「それはこっちの台詞。何であんたがここにいるの」
「不躾な口調と眼差しは相変わらずだな、愚孫よ。私は定期会合で立ち寄ったまで」
CDM日本管区、管区長――阿辻聖剛。日本管区のトップにして海聖の実の祖父である。
「はっ、あんたがまさかあたしのことをまだ孫だと思ってたなんてね。意外」
「お前が阿辻の姓とその青い目を捨てない限り、いくら私が無関係だと言い張ったところで周囲は血縁という認識を捨てない。私とて不本意なのだ。お前を孫と呼ぶのは」
「じゃあ孫って言わなきゃいいでしょ」
「お二方、いがみ合いはそこまでにしていただきたい」
仲裁の声をかけたのは、聖剛の向かい側に座っていた賢者の女性だった。
年齢は六十代くらいだろうか。パーマがかかった焦げ茶の髪に涼しげな金瞳をチェーン付きの細渕眼鏡で覆っている。また彼女の傍には赤黒の髪が目を惹く若い女性騎士が佇んでいた。
麗しい面立ちをしているが一切の感情が読めない無表情で、かつての凪を彷彿とさせる。彼女同様、抜き身の刃の如き冴え冴えとした美しさを放っていた。
「浄土。どうした」
老齢であることを感じさせない凛とした声音で問うたのは、この部屋の主にしてMNSRI日本支部支部長――雁金智恵。曲者揃いの賢者たちを取りまとめる女傑にして、日本一の頭脳と称される天才。そして、当代の〈金〉の星術師でもある。
「支部長。会合の最中に申し訳ありません。至急お伝えしたいことが。こちらの海永雄仁さんに星印が出ました」
「ほう」
浄土の報告に、雁金は目を眇めた。
「それで、覚醒した星術は?」
「おそらく、海王星ではないかと」
雁金はかすかに目を見開き、聖剛もぴくりと片眉を吊り上げた。
日本の行く末を担う重鎮たちでさえ愕然とせざるを得ない衝撃の事実。
雁金はすぐに表情を引き締め直し、さらに問うた。
「なぜ海王星だと推測した」
「現時点で確認されていない星術師は、水星、地球、天王星、月、それから太陽の五人。彼の星印は記録にある五種類の星印と一致しませんでした。また模様が海を思わせるものでもあったので、海王星ではないかと推測した次第です」
滔々と述べた浄土の推論に、「なるほど」と雁金は頷いた。
「海聖さんは彼が星術師となった現場に居合わせた。そんなところだろうか」
「はい。あたしが駆けつけた時にはもう星術師として覚醒していました。他の騎士や賢者は海魔に喰われて全滅、彼だけが無傷のまま海魔に囲われていましたから」
簡潔に状況を説明するなり、ふとあの時雄仁が海魔に対し口を開いていたことを思い出す。
「そういえば海永さん。あの時、海魔と何か話していませんでした?」
「え?」
「あたしの見間違いでなければ、海魔に向かって何か言ってるようでしたけど」
海聖の一瞥を受けて雄仁は驚愕した後、視線を逸らし重々しく答えた。
「海魔の声が……聞こえたんです」
「声?」
海聖同様、両組織の幹部たち三人も胡乱な目つきになって雄仁を見据える。
「声、というよりテレパシーと言ったほうが適切でしょうか。信じられないかもしれませんが、僕の脳内に直接訴えかけるように海魔の声と思しき言葉が響いてきたんです。いま思えば、彼らとの対話も〈海〉の星術の一種なのかもしれません」
「それで、海魔は何と」
雁金が問うと、雄仁は刹那の沈黙の後、ためらいがちに口を開いた。
「王よ。貴方の帰還をお待ちしていた、と」
「王……?」
海聖が鸚鵡返しし、浄土も「どういうことなの」と顎に手を添えて思案する。
「僕も浄土さんと同じように聞き返したんです。王とはいったいどういうことかと。でも、そこから海魔の〈声〉が途切れ途切れになってしまって、いくつかの単語しか聞き取れませんでした」
「覚醒したばかりで、星術も不安定だったというわけか」
聖剛の言葉に「おそらく」と雄仁は頷く。
「僕が聞き取れたのは『記憶』『数千年』『目覚め』。この三つだけです。その後は阿辻さんが助けに来てくれて海魔はみんな討伐されたので……」
「なるほど」
雁金は相槌を打つなり立ち上がり、雄仁の前まで歩み寄った。
「どうやら君が得た力は、我々が解明できていない多くの謎を解き明かす可能性を秘めているようだ。君が星術を極めればわかることも多いだろう。となれば、まずは君が星術師としてできることを増やすことが先決だ」
「はい」
「浄土。彼に付き添って星術の手ほどきを。それと、この件に関しては各研究所の所長、副所長以外には他言するな」
「承知しました」
「CDMも海域長、副海域長にまで情報を留めておく。政府への申告は海永君に任せよう」
「はい」
――何か、すごいことになったなぁ。
他人事のように思いつつ、海聖は彼らに背を向けてしれっとその場を離れようとする。
「待て」
だが、またもや制止の声が降りかかった。
煩わしい雑音が鼓膜を震わせ、海聖は辟易した面差しになって振り返る。
「もうあたしに用はないでしょ。状況報告は済んだし、海永さんのことも完全にMNSRIの案件になったんだから、これ以上あたしが出る幕はない」
「お前は今日から騎士団に戻り、海永君の護衛につけ」
「……は?」




