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第15話 発作の原因

 海聖の家に着いた時には、彼女はすでに意識を失っていた。

 それが雄仁の焦燥をさらに駆り立て、ドアをノックする手も荒々しくなってしまう。


「すみません! 開けてください!」


 海聖を背に激しくドアを打ちつけていると、がちゃりとドアが開いて愛らしいラッコ型ロボットがひょっこりと顔をのぞかせた。


「えっ? き、君は……」

「あア、発作ネ」


 雄仁が愕然とする一方で、ニコラは背負われた海聖を見るなり相変わらず無機質な表情と声音でそう呟いた。


「どうゾ」


 何気ない来客の訪問の如く、ニコラは雄仁を中に招き入れて廊下をてちてちと歩いていく。


「お、お邪魔します」


 困惑しながらも雄仁は海聖宅――正確には理世宅――の敷居を跨ぎ、ニコラに付いていった。

 通された部屋はどうやら海聖の私室のようで、タンスの上に置かれている仲睦まじげな家族写真が目に入った。


「ここニ寝かせテ」

「は、はい」


 背負っていた海聖をそっと横たわらせるなり、ニコラはドアノブに手をかける。


「同居人ヲ呼んでくるかラ、待ってテ」

「え、あなたが同居人――いや、同居ロボット? なんじゃ……」


 雄仁が言い終える前にニコラは私室を後にし、静寂がその場に満ちた。


「よくできたロボットだな……」


 あれほど高性能の自律型ロボットは見たことがない。MNSRIの賢者のなかには優秀な技術者が何人かいるが、彼らの才能をもってしても、あれほど運動能力や言語能力が卓越している個体は生み出せない。それこそ、日本一の頭脳と称される雁金に匹敵するほどの技術力がなければ。


「それにしても……」


 海聖の部屋はシンプルで、必要最低限の家具しか置いていなかった。

 勉強机とタンス、クローゼット、姿見、それからベッド。趣味と思しきものやそれに類する雑貨などは一切ない。


「って、だめだめ」


 成人男性が恋人でも何でもない成人女性の私室をじろじろと見るものではない。ましてや、相手はあの海聖だ。下手をすれば自身の首も飛びかねない。

 雄仁はひとまず、苦しそうに喘いでいる海聖を見やった。


「海聖さんもさっきのラッコロボットも、発作って言っていたけど……」


 彼女は何か持病でも抱えているのだろうか。

 そう推測していると、コンコンとノックの音がした。

 咄嗟に振り返ると同時にドアが開き、たばこを口にくわえた女性とニコラが入室した。


「よりによって護衛中に発作が起きるなんてね。護衛が護衛対象に介抱されて家まで運ばれちゃあ立つ瀬がない」

「それハ本人が起きタ時に直接言っテやレ」


 呆れ交じりに嘆息する女性と冷淡に返すラッコロボットはベッドに歩み寄ったので、雄仁はひとまず会釈した。


「はじめまして。MNSRI日本支部、第一研究所所属の海永雄仁と申します」

「ああ、君が例の海王星術師か。海聖から聞いてるよ」

「え、僕のことは秘匿事項のはずなのに……」

「ああ、うん。海聖も口の堅い私にしか言ってないから。私が知ってることは秘密で」


 理世が人差し指を口に当てたので、雄仁はとりあえず頷いておく。


「自己紹介がまだだったね。東理世です。海聖の同居人兼この家の家主だよ」

「え、あなたがあの次期支部長候補と言われていた東さんですか?」

「そうそう。別になりたくもない役職を勝手に嘱望されたその東さんです。で、こっちはニコラ。私が作った家事代行ロボット」

「ニコラでス」


 ぺこりと礼儀正しくお辞儀されたので、雄仁も慌てて頭を下げる。その際、理世は海聖の額にそっと手を添えた。


「熱も出てきたね。ニコラ、解熱剤と氷枕持ってきて」

「了カイ」


 ニコラが退室するのを見届けて、雄仁は思い切って本題を切り出す。


「あの、海聖さんには何か持病があるんですか?」

「持病とはちょっと違うけど、月に一度激しい頭痛と高熱にやられる期間がこの子にはあってね。どうやら今日がその期間の一日目っぽい」

「それはどれくらい続くんですか?」

「だいたい一週間くらいだね。最初は頭がかち割れそうなほど激しい頭痛から始まって、あとから高熱が出てくる。今みたいな感じでね」

「治る……んですよね?」

「薬飲んで安静にしてれば大丈夫」

「良かった。でも、これが持病でないのなら、一体……」


 雄仁が海聖を心配そうに見つめながら言うと、ニコラが看病道具を携えて戻ってきた。


「ニコラ、あとは任せてもいい? 私は海永君とちょっと話してくるから」

「はいヨ」

「場所を変えようか」


 理世に催促され、雄仁は彼女とともに部屋を後にし、リビングのテーブルに着席した。

 二人がここに来ることをあらかじめ予見していたかのように、テーブルには淹れたてのコーヒーが置かれていた。


「うちのラッコ、気が利くでしょ」

「はい。こんなに高度な思考能力を持っているロボットは初めて見ます」

「なにせこの私が作ったからね。そんじょそこらのロボットとはわけが違う」


 さっそくコーヒーを口に含みながら、理世は「与太話はさておき」と本題を切り出す。


「さっきの話の続き。護衛対象とはいえバディになる君にはちゃんと説明しておこうと思うんだけど、今から話すことは一握りの人間しか知らない。だから、海聖本人が許可した相手以外には絶対に口外しないこと。いい?」

「は、はい」

「よし。じゃあさっそくだけど、君はクルクスを知ってるかな?」

「海魔研究に特化した研究組織ですよね。確か、MNSRIが公的な研究組織だとしたら、クルクスは有志の研究員で構成された私的組織だったはず」

「うんうん。それで?」

「表向きは海魔を滅ぼすための研究、けれど裏では海魔に対抗できる人間兵器を生み出すために人体実験をしていたとか……」

「そう。そこまではちゃんと把握してたんだ。なら話が早い。結論から言うとね、海聖はその人体実験の被害者の娘なんだ」

「え……?」

「言い換えると、海聖の母親――凪は人体実験によって驚異的な身体能力を得た代わりに、実験の副作用として月に一度、地獄のような発作に苦しめられることになった。そして、不運なことに人体実験の副産物は海聖に遺伝してしまったんだ」

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