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第16話 人の業

 双眸を伏せ、沈痛な声音で呟かれた真実に雄仁は絶句した。

 数秒の沈黙の後、雄仁は訥々(とつとつ)と問いかける。


「その、人体実験というのは、どういう……」

「クルクスが開発した、細胞を超活性化させる劇薬を注入して超人的な肉体に魔改造させるっていう、胸糞悪い実験だよ」


 理世は吐き捨てるように言い、滔々と続けた。


「超活性化に耐えて適応した被験者だけを選び取り、人間兵器として育てる。それがクルクスの真の目的だった。九十九パーセントの被験者は超活性化に耐え切れず、肉体や精神を崩壊させて絶命するから、クルクスの悪魔実験で命を落とした孤児たちの数は計り知れない」

「孤児?」

「クルクスは海魔の襲撃で行き場を失った孤児たちをかき集めて、孤児院を運営してたからね。孤児を利用しても何のデメリットもないというわけさ」

「ひどい……」

「あと、これは一部の人間しか知らないことだけど、クルクスの連中は全員、元賢者だったんだ」


 またもや衝撃の真実に、雄仁は息を呑んだ。


「クルクスが元賢者……?」

「そ。人類が海魔の脅威を打ち払うには、奴らを葬り去るほどの強大な力がいる。対海魔用の武器を使いこなすだけでは限界がある。つまり、人類そのものが進化しなければならない。そんな狂信的な考えをもつサイコな賢者たちがいてね。彼らはMNSRIを辞めてクルクスを創設し、秘かに人体実験を始めた」

「でも、クルクスは決して小規模の組織ではなかったはずです。MNSRIほどとは言わずとも、それなりの財力と規模がありました。彼らの資金源はいったいどこから……」

「政府の要人や一部の財閥がバックボーンについてたらしいよ。もちろん、マッドサイエンティストの思想に賛同したうえでね」

「そんな……」


 思っていた以上にこの国は闇に包まれていた。


 海魔による年間の死傷者は数万人単位に及ぶ。そのなかにはもちろん騎士や賢者も含まれる。

 職業柄、命の保証はできないので年々新人が減って双方ともに人手不足。そのぶん助けられる人命も限られるようになり、国家存亡の危機とさえ言える状況だ。

 その逃れようもない苦難が国家の焦燥を駆り立て、この国の重鎮たちは人道にもとる選択をしてしまったのだろう。


「あれ、でも凪さんはどうして騎士団に? 被験者だったということはクルクスに捕まっていたということですよね。そのクルクスが壊滅したのは七年前。時期が合いません」

「ああ、クルクスはずいぶん前に一度、騎士団と警視庁の合同捜査で一度瓦解してるんだ。内部告発したやつがいたらしくてね。その時に当時十六歳だった凪が優聖に助けられた」

「なるほど。それが海聖さんのご両親が出会ったきっかけだったんですね」


 理世は静かに首肯した。

 クルクスの研究員と国の要人たちは逮捕された。だが、雄仁が知らなかったようにその報道は公にはされていない。


 国家を導いていく立場にある者が組織犯罪に加担したという、国民の信頼を失う真実は秘匿しなければならない。また人体実験そのものが世間を騒然とさせ、政府への義憤が集中するのは明らか。ゆえに当時の総理大臣はマスコミの徹底統制を行った。


「だけど、一部の研究員が逃げおおせてクルクスを再興させた。性懲りもなく人間兵器の開発に身をやつしていたけど、凪以来の実験成功者はついぞ現れなかった。まあでも、結果的に海魔の急襲を受けて組織は今度こそ壊滅したんだけどね。これを皮肉な天罰とでもいうのか」

「どうして、海魔はクルクスを襲ったんでしょう。組織を狙った原因な何なのでしょうか」

「原因はクルクスの拠点設備――すべての月光灯が突然消滅したことにあるらしいけど。何で月光灯が急に消えたのかは今でも不明のまま」

「月光灯の消滅……」


 それを聞いた瞬間、雄仁は先ほど邂逅した〈月〉の星術師の少女を思い出した。彼女は〈月〉の権能を用いて月光弾を無力化させていた。


 ――もしかして、七年前のクルクス海戦勃発の元凶はあの子……⁉


 雄仁が憶測するなか、理世は虚空に視線を移して紫煙を吐き出した。彼女の心中を渦巻く苛立ちや怒りを含んだ吐息はゆっくりと大気に溶け込んでは消えていく。


「青海の女王と青海の戦姫。みんな母娘を英雄視して、その偉業を美化したがる。でもね、あの子たちは望んで英雄になったんじゃないんだよ」


 雄仁ははっとして彼女の言葉を傾聴した。


「その戦闘能力は海魔を殺すためだけに神様が与えてくださった福音だ、なんて平和ボケした連中は言うし、生まれ持っての才能だから副海域長、海域長になれたんだって嫉妬する愚鈍な連中は己の劣等感を昇華する。実際は人間のエゴを押しつけられた苦痛の代価に過ぎないっていうのに、毎月一週間、生き地獄を味わっていることを誰も知らない。仮に知ったとしても、自分たちには関係ないからって一蹴するだろうね」


 ほんと舐め腐ってる。


 憤懣に満ちた一言が、周囲の空気を震撼させる。

 彼女が海聖を一番近くで見ているからこそ――そして、その痛みや苦しみを肩代わりできないからこそ、やるせなさを感じざるを得ない。


「だから、護衛対象として海聖の近くにいる君にはわかっといてほしいんだよね。あの子はなるべくして強くなったんじゃない。ただ単に強くさせられただけ。外面だけ見れば立派な戦姫だけど、中身は小生意気で普通の女の子なんだよ。ああ、でも、もう二十五だから女の子っていうほどの歳じゃないか」


 理世の微苦笑を垣間見て、雄仁は返す言葉が見つからずただただ俯くことしかできなかった。


「ごめんね。こんな重たい話をしちゃって」

「いえ。話してくださってありがとうございます」

「他に何か気になることはある?」

「えっと……」


 先ほどの出来事を話すかどうか迷った。


〈月〉の星術師とその従者と思しき男。ガラクシアと名乗り、アトランティス復興を掲げる謎の組織。そして、彼女の存在により七年前のクルクス海戦の発端が明らかになるのではないかということ。


 どういう経緯で理世がMNSRIを辞したのかは知らないが、彼女は今や一般人。本来なら自分たちの身に起こった出来事を話していい相手ではない。


 ――CDMとMNSRIに先に報告すべきなんだろうけど……。


 海聖のバディとなったからという理由もあるだろうが、理世は限られた人間しか知り得ない事実を包み隠さず伝えてくれた。海聖が信頼している彼女であれば、打ち明けても他言せず心のなかに留めてくれるかもしれない。


「実は……」


 雄仁は意を決して事の経緯を説明した。

 理世は時折目を見開いたり、神妙な面差しになりながら静聴してくれた。拙い説明にもかかわらず、話を途切れさせずにただただ静かに相槌を打ってくれた。


「……なるほど。そんなことが」


 すべてを聞き終え、理世は新しいたばこに火をつけてゆっくりと紫煙を吐き出した。


「〈月〉の星術師、汐見ルナか……。海永君の憶測通り、その子が七年前にクルクスに海魔を襲わせた可能性が高そうだね。その子じゃなきゃ、いったい誰が月光灯を全部無力化できるんだって話だし」

「仮に僕の推測が合っていれば、どうして彼女はクルクスを海魔に襲わせたのでしょう」

「さあね。ガラクシアの星術師を引き入れてアトランティスを再興させるっていう目的を考えると、星術師とクルクスという組み合わせも無関係ではないような気がするけど」


 海魔、星術師、クルクス、ガラクシア。そして、アトランティス。

 この五つは複雑に絡み合っていて、その絡まった紐を解いていけば人類生存の道が開けるのかもしれない。そして、雄仁が秘かに夢見ている海魔と人類の共存も……。


 両の拳を握りしめ、雄仁は席を立った。


「本部に報告しに行くの?」

「はい。海聖さんが目を覚ましたら、お大事にとお伝えください」

「了解。ありがとね。海聖を介抱してくれて」

「いえ。では、僕はこれで失礼します」


 雄仁が首を垂れたところで、「待った」と理世が制止した。


海聖(護衛)なしに海永君を帰すわけにはいかない。それに、ガラクシアがまた君を狙ってくるかもしれないでしょ」

「あ、確かに……それもそうですね」

「星術師になってからまだ日が浅いから仕方ないけど、君はもうちょっと自分の立場を自覚したほうがいいよ」

「はい……。すみません」


 理世は苦笑し、携帯を取り出して誰かに発信した。


「あ、もしもし? 東だけど。ちょっと今から言う場所に来てもらっていいかな。できれば一人で。それと、空いてる水上バイク一台持ってきてくれると助かる。うん。場所は――」


 いったい誰に電話しているのか、と雄仁が小首を傾げている間に「じゃあよろしく」と理世は通話を切った。


「これでよし。もう少ししたら海聖の代役が来てくれるから、それまでの間ゆっくりしてって」

「あ、ありがとうございます。さっきの電話の相手って……」

「それはこっちに来てからのお楽しみ」


 理世も立ち上がって、雄仁の肩をぽんぽんと叩いた。


「海聖の様子見てくる。せっかくだからニコラのコーヒー堪能しといて」


 理世の勧めの通り、雄仁は腰を下ろしてカップを持ち上げた。


「良い香り……」


 そのまま一口飲み下す。

 程よい苦みとすっきりとした味わいが口内を満たし、自然と「美味しい」という言葉が口から零れ出た。


 長話にふけっていたせいか、コーヒーはすっかり冷めてしまっていた。

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