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第11話 殺戮の駒

 ピラミッドの頂点、十五階には管区長室と副管区長室、それから応接室の三室があるのみで、フロア自体はかなり小さい。が、立ち入る人間もかなり限られてくるので、静謐かつ威厳に満ちた空間となっている。


 管区長室の前に着き、航志郎がドアをノックした。

 入れ、とすぐに重厚な低声がドア越しに返ってきたので、「失礼します」と航志郎がドアを開けて入室した。


「来たか」


 執務椅子に腰かけてこちらを見据える聖剛に、海聖は睥睨へいげいだけを返す。彼の隣には忠犬が行儀よくその場に佇んでいた。


「最初から大人しく従っていればよいものを」


 忠犬こと、副管区長の十束とつか勇利ゆうりが眉間に皺を寄せて呟く。

 二十代に見えるが、実年齢は三十七。女性のように長い黒髪を三つ編みにした風変わりな風貌で、左頬には大きな古傷があった。その昔、海魔との激戦で負傷した名誉の勲章らしい。


 犬猿の仲との久しい再会で火花が散った後、海聖は聖剛の前に佇んでいた三人に目を向けた。

 雁金、浄土、そして護衛対象である雄仁。彼は緊張した面持ちで小さく会釈した。


「海聖さん。こちらへ」


 雁金が雄仁の隣に来るよう催促し、場所を開けた。

 海聖は雄仁とともに聖剛と向き合い、彼女たちから一歩下がったところで航志郎、雁金、浄土が見守った。


「本日、六月十四日付けで阿辻海聖を関東海域騎士とし、同時に海王星術師、海永雄仁の護衛騎士に任ずる」


 不本意極まりないが、管区長からの任命には敬礼をしなければならない。

 海聖は右手で拳を作り、そのまま心臓の上に当てた。


「拝命します」


 すぐさま敬礼を解き、海聖は雄仁に向き直った。


「改めて、これからよろしくお願いします」

「こ、こちらこそよろしくお願いします……!」


 差し出された海聖の手を握り、雄仁は恐縮しきった様子でおずおずと握手を交わした。


「早速だが、海永君はこれから海域調査に出るため、そのまま同行してもらう」

「わかった」


 ぶっきらぼうに返答した孫娘に、聖剛はさらに低い声音で戒めた。


「先の任命をもう忘れたか。お前はもう騎士であり、私の部下となったのだ。上官に対しての返答を慎め」

「……失礼いたしました。管区長」


 ああもう、面倒くさい。

 あからさまに辟易した海聖は、雄仁を伴って早々に管区長室を後にした。一刻も早くこの薄汚れた空間から抜け出し、外の新鮮な空気で肺を満たしたかった。


「相変わらず嫌われているな」


 おもむろに雁金が口を開き、聖剛を一瞥する。


「あれから嫌われようが嫌われまいが、私にとってはどうでもよい些事さじだ。七年前のクルクス海戦とて、あれが最善の判断だった。私はその決断を悔いてもいないし恥じてもいない」

「実の息子と義理の娘を失うことをわかっていても、か」

「優聖ならまだしも、あの女を義理の娘だと思ったことは一度もない」


 あれは海魔を殺すためだけに生まれた、ただの殺戮人形だ。


 有無を言わさない冷厳な低声が室内に残響する。


「あの女の血を引く愚孫もまた殺戮人形。いや、あれには少なからず感情があるから人形ではないか。殺戮兵とでも呼んだほうが適切だろう」

「管区――」


 航志郎は眉根を寄せて進言しようとしたが、勇利が咎めるように鋭い視線を送ってきたので、口を噤む。


「優聖がなぜあの女を選んだのか今でもわからないが、結果として得られた利益は大きい。〈海〉の星術師と殺戮兵。強大な二つの力が合わされば、海魔どもの脅威を完全に打ち払える未来もそう遠くはないだろう。我々人類の命運は、あの二人にかかっているといっても過言ではない」


 聖剛の言葉に雁金はふっと笑みを零した。


「利用する気でいながら、やけにあの二人に期待しているのだな」

「それは貴君もそうだろう。雁金支部長」

「ああ、そうだな。大いなる力を秘めている彼らには、力を持たぬ弱き者たちのために心血を注いでもらわなければ」


 日本の海を統べる長たちの冷血ぶりに、航志郎や浄土は思わず唾を呑みこんだ。


 ――海聖がどんな思いで海魔を倒しているのか、管区長たちは知ってるだろうに。


 その思いごと利用して聖剛は孫娘を手中に収め、酷薄な道を歩ませているのだ。

 航志郎が拳を握りしめていると、ぽんと肩に手が置かれた。


「浄土さん」

「気持ちは痛いほどわかるわ。でもね、管区長たちも大勢の命を預かる重責を背負っている。綺麗事だけでは人類の安寧は保たれない」

「はい。わかってます」


 だからこそ、航志郎は何も言えなかった。けれど、十年以上の付き合いでもある昔馴染の血反吐を吐くような努力と苦労を知っているからこそ、彼らの権謀術数には顰蹙せざるを得なかった。

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