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エロゲ世界のクズ役に転生したので破滅回避に徹したら、攻略対象より先にヒロインを救ってしまった  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第31話 誰にも壊れてほしくないと思うほど、悠真は自分を後回しにする

 自分のことを後回しにしている自覚は、たぶんある。


 ないわけじゃない。


 ただ、それを認めた瞬間に、いろいろ面倒になるから口にしないだけだ。


 誰かが壊れそうな時。

 誰かの違和感が小さいうちに見つかった時。

 その場で動けば間に合うかもしれない時。


 そういう瞬間に、「いや、今は俺の方がしんどいから後で」と思えるほど、俺は器用じゃない。

 というより、そんなふうに優先順位をつける前に体が動く。


 原作を知っているから余計にそうなる。

 見逃した先に何があるか知っているせいで、“今はまだ平気そう”を信じにくい。


 火曜の朝、教室へ入った瞬間から、空気はいつも通りだった。


 日和は友人たちと話しながら笑っている。

 相馬は後ろの席の男子とくだらない話で盛り上がっている。

 凛は委員会の記録を整え、透子は別教室にいるだろう。

 見た目だけなら、特に何も問題はない。


 それでも、俺の頭の中では細かい確認が止まらない。


 今日の提出物。

 文化祭準備の締切。

 保健室の真琴先輩が言っていた“無理できちゃうやつの疲れ方”。

 橘先輩の言葉。

 理沙の“今の方がちゃんとしてる”という評価。


 どれも小さい。

 でも小さいものほど、気づいた時には積み上がっている。


「御影、おはよう」

 相馬が手を上げる。

「……おう」

「低いな」

「普通だ」

「いや今日はちょい下」

 相馬はそこで俺の顔をじっと見た。

「お前、昨日ちゃんと寝た?」

「何で」

「いや、なんか今日、朝からもう疲れてる顔」

 またそれか。


「顔の話ばっかりだな最近」

「だって出てるし」

「出してない」

「出てる」

 そこへ、前の方から日和が振り返った。

「相馬くん、それ私も思った」

「ほら」

「嬉しくない一致だな」

「一致っていうか、分かりやすいんだよ」

 日和が言う。

「御影くん、最近“今日は大丈夫です”って顔と、“ちょっと無理してます”って顔の差がある」

 そこまで細分化されてるのかよ。


「やめろ」

「何が」

「分析するな」

「だって心配なんだもん」

 その言い方が、以前よりずっと自然だ。


 やっぱりまずいなと思う。

 まずいが、もうそこを否定できる段階は過ぎている気もする。


「御影」

 今度は凛だ。

「今日、昼休みに委員会の資料運搬あります」

「……そうだったな」

「忘れていましたか」

「忘れてない」

「間がありました」

 お前もか。


「それ、流行ってるのか」

「御影が分かりやすいだけです」

 凛は淡々とそう言い、少しだけ声を落とす。

「無理なら私が持ちます」

 一瞬、言葉の意味が分からなかった。


「は?」

「資料です」

「いや、それはお前の仕事だろ」

「本来は共同です」

 凛はまっすぐ言う。

「あなた、今日ちょっと鈍いので」

 そこまで言うか。


 だが、その言い方には嫌味だけじゃなく、ちゃんと気遣いも混ざっている。

 それが分かってしまうのが一番面倒だった。


「大丈夫だ」

「それ、今は信用しません」

 即答だった。


 日和が前から「うん」と頷く。

 相馬は「お前もう包囲されてるじゃん」と笑っている。


 最悪だ。


     ◇


 一限目の授業は英語だった。


 教科書を開き、ノートを出し、いつも通りに見えるふりをする。

 だが頭の中は少し重いままだ。寝不足というより、考えすぎの疲れに近い。


 真琴先輩の言葉が、妙に残っている。


 “自分が疲れてるかどうかより、今ここをどう切り抜けるかを先に考える顔”


 図星だった。


 たぶん俺は、昔からそういう人間ではない。

 でもこの世界に来てからは、確実にそうなった。


 誰かの違和感を見つける。

 小さいうちに潰す。

 誰かが壊れるルートを一つずつ折る。


 それがいつの間にか、自分の基本動作になっている。


 問題は、そのやり方だと“自分の無理”が後ろへ押しやられることだ。


 分かっている。

 でも止められない。


 授業の途中、教師に当てられて立ち上がった時、答え自体は出た。

 だが一瞬だけ反応が遅れたらしく、教室のあちこちでほんの小さなざわめきが起きた。


 座り直したあと、前の方から日和がちらっとこちらを見る。

 横では凛が、何も言わずにノートを取っている。

 でも、どちらも見ている。


 最近ほんと、見られすぎだろ。


     ◇


 昼休み、委員会の資料運搬は思ったより量が多かった。


 ダンボール一箱分とまではいかないが、紙束と過去資料のファイルがまとまっている。

 本棟の資料室から西棟の空き教室まで運ぶ必要があるらしい。


「これ全部?」

「全部です」

 凛が即答する。

「教師は雑ですね」

「珍しく俺と意見合うな」

「嬉しくありません」

「こっちもだよ」


 ファイルの束を半分ずつ持つ。

 廊下を並んで歩きながら、俺はちらっと凛を見る。


 今日はやっぱり、あいつも少し疲れている。

 目の下にうっすら影があるし、歩く速度もいつもより少しだけ落ちている。


「お前も寝てないだろ」

 つい口に出る。


「は?」

 凛がこちらを見る。

「何でそうなるんですか」

「顔」

「……」

「最近その文化流行ってるからな」

「嫌な形で返してきますね」

 凛は小さくため息を吐く。

「別に寝不足ではありません」

「じゃあ疲れてる」

「それは」

 一瞬だけ、返事が止まる。

「少しだけ」

 素直だな。


「委員会?」

「それもあります」

「それも?」

 凛は視線を前へ戻した。

「最近、見ることが多いので」

「お前が自分で見にいってるんだろ」

「否定はしません」

 だろうな。


 西棟への渡り廊下に差しかかったところで、前から真琴先輩が歩いてきた。


「あれ」

 明るい声。

「御影くんと黒瀬さん」

「こんにちは」

 凛が先に挨拶する。

「こんにちは」

 俺も続く。


 真琴先輩は俺たちの持っている資料を見て、次に顔を見た。

「二人とも疲れてる顔してるね」

 即座にそこかよ。


「文化祭の雑務です」

 凛が答える。

「へえ。先生ってそういうの雑に振るよね」

 真琴先輩は苦笑してから、俺と凛を交互に見た。

「でも、御影くんの方がちょっと危ないかな」

「何で俺」

「黒瀬さんは“疲れてます”って顔をちゃんとしてる」

 凛が少しだけ眉を寄せる。

「そんな顔してますか」

「うん」

「……」

「でも御影くんは、“まだいけます”って顔で押し切る方」

 図星すぎる。


「さすがにそれは」

「否定できる?」

 真琴先輩が軽く首を傾げる。

 言葉が止まる。

 止まった時点で答えみたいなものだ。


「ほらね」

 真琴先輩は笑う。

「二人とも、無理するタイプだけど方向違うんだよね」

「方向?」

 凛が聞く。


「黒瀬さんは“ちゃんとやらなきゃ”で無理するタイプ」

「……」

「御影くんは“今ここで止めちゃダメだ”で無理するタイプ」

 その分類は、妙に正確だった。


 凛が少しだけこちらを見る。

 視線が合う。

 今の言葉、たぶんあいつにも刺さっている。


「ちゃんと休んでね」

 真琴先輩はそう言って、軽く手を振りながら去っていった。


 渡り廊下に少しだけ静かな空気が残る。


「……」

「……」

 先に口を開いたのは凛だった。

「否定しないんですね」

「お前もだろ」

「私は、少しだけなら認めます」

「なら俺も少しだけだ」

 そう返すと、凛はほんの少しだけ口元を緩めた。

「素直じゃないですね」

「お互いさまだろ」

 それには反論しなかった。


     ◇


 資料を運び終えて教室へ戻る途中、窓の外に日和の姿が見えた。


 中庭のベンチの近くで、友人と話しながら笑っている。

 でも、俺たちに気づくと一瞬だけ視線を寄越した。


 見てるな。


 俺は小さく息を吐く。

 日和はもう、かなり自然に俺を視界へ入れるようになっている。

 しかもそれを本人も隠していない。


「朝比奈さん、また見てましたね」

 凛が淡々と言う。

「……お前、それ本人に言うなよ」

「言いません」

「ならいい」

「でも」

「何だよ」

「最近、朝比奈さんはあなたを気にしすぎです」

 そこまで言うか。


「お前が言うのか」

「見えてしまうので」

 凛は前を向いたまま続ける。

「白峰さんもそうです」

「……」

「だから、あなたは自分が思っている以上に周りを使っています」

 使っている、か。


 その表現に、少しだけ眉を寄せる。

「嫌な言い方だな」

「そうですね」

 凛は頷いた。

「でも、依存させていると言いたいわけではありません」

「じゃあ何だ」

「あなたが思っている以上に、“いてほしい場所”になり始めている」

 その言葉は、真っ直ぐすぎて返事に困る。


 いてほしい場所。


 日和にとっては、たぶん気にしてもいい相手。

 透子にとっては、思考整理のために話せる相手。

 凛にとっては、敵か味方か決められないまま見続ける相手。

 真琴先輩にとっては、放っておけない“無理するタイプ”。

 理沙にとっては、“今の方がちゃんとしている弟”。


 そういう位置へ、俺は少しずつ押し出されている。


 それは嬉しいことなのか。

 怖いことなのか。

 たぶん両方だ。


「……お前までそういうこと言うのか」

「事実なので」

「便利だな、その言葉」

「ええ」

 凛は少しだけ声を落とした。

「私は、そういう人を見たことがあります」

「誰を」

「自分がいなくても回ると思ってるのに、周りはそう思っていない人です」

 その一言に、胸の奥が少しざわつく。


「それで?」

「たいてい、本人だけが無理を続けます」

 凛は俺を見た。

「だから、今のうちに言っています」

 言葉が出ない。


 それは、警告というより忠告に近かった。

 そして、たぶん凛は本気でそう思っている。


     ◇


 放課後、家へ帰ってからも、真琴先輩と凛の言葉が頭から離れなかった。


 “今ここで止めちゃダメだで無理するタイプ”

 “本人だけが無理を続けます”


 机に向かい、スマホのメモアプリを開く。


 真琴:無理の方向分類。

 凛:いてほしい場所、という認識。

 自分は“周りを守る側”に固定しすぎている可能性。

 問題:自分の無事を前提にしていない。


 最後の一行を見て、手が止まる。


 自分の無事を前提にしていない。


 それは、かなり嫌な言い方だった。

 でも、たぶん正しい。


 俺はいつも、“誰かが壊れないこと”を先に置いている。

 その中に、自分がちゃんと含まれていない。


 それを理沙にも、日和にも、真琴先輩にも、今は凛にまで見抜かれ始めている。


「……ろくでもないな」


 小さく呟く。


 でも、こうやって言葉にされなければ、たぶん俺はずっとそのままだった。

 誰にも壊れてほしくないと思うほど、悠真は自分を後回しにする。


 そのこと自体が、もしかしたら次に壊れるべきものなのかもしれない。

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