第14話 朝比奈日和は、笑顔の裏側を見てしまう
助ける側が、いつも余裕でいられるわけじゃない。
むしろ、誰かの崩れそうな気配ばかり見ていれば、こっちの方が先に神経を削られる。
そんな当たり前のことを、朝比奈日和に見つけられたのは木曜の夕方だった。
その日は朝から小さなズレが多かった。
教室の掲示物の張り替え。
委員会連絡の伝達漏れ。
図書室ではなく美術準備室前の備品札の位置違い。
どれも大ごとではない。
だが、ひとつずつ拾って直していると地味に消耗する。
放課後、ようやく全部確認し終えて人気の少ない中庭脇の通路で立ち止まった時、俺は少しだけ壁に寄りかかった。
疲れていた。
体力より、神経の方が。
「……はぁ」
短く息を吐く。
その瞬間だった。
「御影くん?」
後ろから声がして、心臓が嫌な跳ね方をする。
振り返ると、日和がいた。
購買袋を片手に、少し驚いた顔をしている。
「何してんの」
「何も」
「何もしてない人は、そんな顔しないよ」
「どんな顔だ」
「……しんどそうな顔」
まっすぐ言うな。
俺は壁から背を離した。
「気のせいだ」
「またそれ」
「便利だからな」
「便利にしすぎ」
日和は少し近づいてくる。
けれど踏み込みすぎない距離で止まった。
「さっきから?」
「何が」
「ずっと、そういう顔」
「してない」
「してる」
やり取りが子供っぽい。
でも、そのくらいしか返せない。
日和はしばらく黙って俺を見て、それから小さく言った。
「もしかして、私たちのこと?」
「……」
「最近、御影くんって、誰かがちょっと困る前に変なとこで動くじゃん」
変なとこで動く、か。
言い方は雑だが、間違ってはいない。
「だから」
日和は続ける。
「見てる方が、逆にしんどくなってるのかなって」
その言葉に、返事が遅れる。
日和は笑っていない。
明るいままだが、いつもの“軽く流す”顔ではなかった。
「……お前、ほんと人のこと見るな」
「見られたからね、こっちも」
さらっと返される。
「おあいこ」
そう言われると、妙に言い返しづらい。
沈黙が落ちる。
風が通り抜ける音。
遠くから聞こえる部活の声。
その中で、日和がふっと視線を少し外した。
「私、前は“自分がしんどいかどうか”って、あんまり考えてなかったの」
「……」
「でも御影くんに言われて、ちょっとだけ気にするようになった」
それは良かったことのはずだ。
「だから今度は私が気づいただけ」
日和は少し困ったように笑う。
「御影くん、たぶん疲れてる」
否定しようとして、やめた。
これ以上否定すると不自然だし、何より少しだけ認めた方が楽な気がした。
「……少しだけな」
そう言うと、日和は本当に少しだけ安心した顔をした。
「よかった」
「何が」
「ちゃんと自覚あるんじゃん」
「自覚ないように見えてたのか」
「うん、ちょっと」
「ひどいな」
「お互いさま」
そこで日和は、持っていた購買袋から紙パックの飲み物を一本取り出した。
「はい」
「何だこれ」
「ミルクティー」
「何で」
「差し入れ」
「いらない」
「いる」
「何で決めるんだよ」
「こういう時の御影くんは、だいたい“いらない”って言うけど、受け取った方がいいって顔してる」
どんな顔だそれ。
だが、押し返すほどの元気もなかった。
俺は観念して受け取る。
「……借りだぞ」
「いいよ、また今度返して」
「適当だな」
「そういう日もある」
日和は笑った。
その笑い方が妙に自然で、少しだけ救われる。
俺はミルクティーの紙パックを見下ろしながら思う。
助ける側が助けられる、なんて想定してなかった。
だから余計に困る。
でも、少しだけ楽になったのも事実だった。




