98話 ゼロよりも100の方が良いよね
「ロデー……貴様がやることはゼロか百なのか?」
「見て、雛子。木々から溢れ出る水を。この水は汚染されてない綺麗な水。植物たちが地下の水源から汲み出してるんだわ。浄化しているの! 植物たちが浄化してるんだわ! るるるーるーるるーるー」
睨む雛子の視線から逃れるように、鼻唄を歌って、幼女はぴょんぴょんと飛び跳ねて、木々の葉から漏れ出る滝のような水に触れて微笑む。しかしこめかみには汗が一筋流れ落ちており、少し気まずそうだった。
なぜならば——オアシスどころか、街も全て緑に覆われているからだ。数多くの大木が高層ビルのように建ち並び、ここは異世界のマンハッタン島。もはや人の営みがあった形跡はない。
きっとお菓子を取られて怒った幼女が街を襲ってしまったのだ。後は幼女海に沈むのみ。
「……ごめんなさい。少し自分の力を過小評価してたや」
素直にペコリと頭を下げて謝る。アキの今いる場所は城の謁見室ではない。城内でもない。それどころか城すらない。見上げても天頂が分からない高さの木々が並び、枝葉の合間から優しい日差しがライトアップされたように降り注ぐ。足元は家すら楽に建てられるほどの大きさの巨大な枝で、溢れんばかりの緑の香りの中で、木の枝葉からザァザァと滝のように水が流れており神秘的な光景がそこにはあった。
『星光の矢』は衛星軌道上から放たれるサテライトビームであった。しかもその光はあ~ちゃんのちっぽけなキューブの力とは効果範囲が違い、街を全て癒した。癒したというか植物で埋めた。
SRの力を甘く見ていたよ。SRの時点で、ゲームバランスを崩壊させるパワーがあったんだね。でも、効果を書いていないカードがいけないんだよ。幼女悪くない。
「はぁ〜……。まぁ、水の問題も解決できたし、良いとするか。滝樹も生えていたのは幸いだった」
ため息をつきながら、滝樹という木の前に立つと、雛子も手を伸ばす。名前の通り、その大樹からは葉っぱの先から滝のように水が流れ落ちており、濾過された水はどんな水よりも綺麗な水であった。雛子も楽しげに手で掬うとゴクゴクと飲み干す。
「ぷはあっ、美味いな滝樹の水は。この味を暫く忘れておったわ。ピヨ」
胸元まで水が流れ落ちる、健康的な肢体が日差しのもとに美しい。その笑顔は懐かしい物を取り戻したとの嬉しさに満ちていた。あと、ピヨをつけるのも思い出したようだ。
「姫様のお力です。この地に救いを与える姫様のお力を知ったのであれば、後はロデー姫を敬うように法律を定めることですね」
「そのとおりですね、雛子女王。ロデー姫のお力は全てを救う。英雄伝として未来まで語り続けるのがよいでしょう」
ウンウンと頷き、シーウィードが真面目な顔で、雛子へと告げる。そして、その隣にちゃっかりといるキーナは、アキの方が立場が上だと悟ると途端に幼女の威を借るキーナとなるのだった。恐れを知らない子である。
「お前らはまったく我の想いも知らないで……ふふっ、ハハハ。これだけ楽しいこともないな! 人生とは意外の塊だ! ピヨ」
ブスッとしていた雛子だが、徐々にその顔を緩めると、大笑いを始める。何事かと周りの人々が注視する中でも気にせずにひとしきり笑う。
「たった半日だぞ? ロデーと出会ってたった半日。なのに、我らは奴隷から助けられたと思っていたら、星座の戦士を作り出している敵の魔導士を倒し、砂漠化の進んでいた街は、もはや見ることも叶うまいと思っていたホームウッドの聳え立つ森林となり、トーラスたちは追い払った。ここまで愉快で、予想できなかったこともあるまいよ。ピヨ」
雛子は手を振り周囲を示す。昨日までは砂漠化が進み、砂塵塗れの世界だったが、今は緑薫る懐かしの世界へと変わっていた。そのことに驚き、そして懐かしさに涙する。
周囲の人々も女王の言葉に、改めて奇跡とはあるのだともらい泣きをするのであった。
奇跡である。決して幼女がRTAをして無茶苦茶になった結果ではない。
「そう? そうかなぁ、あたちってしゅごい? えへへ、少し頑張ったの。南大陸の空気に当てられてはしゃいじゃった」
「はしゃぐと皆殺しや街を破壊したりするんすか、姉御は、ギャァァァ、落ちる! この高さから落とされたら死ぬっす!」
「おーしくらまんじゅー、死んだら負けよ〜」
余計なことをいうカストには幼女流おしくらまんじゅうアタックだ。
「こいつがカストールですかい。予想以上に……小物ですね。お嬢はこんなやつを探してたんですかい?」
「まぁ、カストールは色々と使い道があるからね。最悪石化魔法よろしく」
石化して旅を一緒にするんだ。ゲームでも低レベル縛りでよくやったものだと、幼女は無邪気な笑顔をにこりと見せる。
「さすがにそれは外聞が悪いですぜ」
「アニキ〜! 兄貴と呼ばせてくださいッス! この幼女は危険な匂いしかしないっす! ドラゴンよりも危険そうなんっすよ!」
タイチの優しいセリフに感動して、カストールは舎弟になるべく抱きつく。失礼な奴だ。幼女ほど安全な娘はいないのにさ。
木々が鬱蒼と茂る森林で、ホームウッドに登った面々はひとしきり騒ぎ、落ちつくまで暫くかかるのであった。
◇
「さて、とりあえずは皆落ち着いた思うので、話をさせて貰おうか」
どっかと雛子があぐらをかいて座り、アキたちに話しかける。
木の枝に座ると表現すると、今にも落とそうな感じがするが、サッカーグラウンドが四面は作れそうな広さの枝に皆は集まり、再度の話し合いとなった。
太陽は沈みかけており、オレンジ色に世界は染まっていく。アキが遭難して半日。ようやく長かった1日が終わろうとしていた。
驚くべき匠の技で、木の枝の上には簡素だが小屋が建てられており、皆が笑顔で住み始めようとしている。アキたちの座る場所も、雛子の家臣たちが、せっせと家を作り、とりあえず風雨はしのぐことができそうだ。
「まずは話を戻そうと思う。ロデー・ポセイドン王女にヒヨコッコ族女王雛子・フェニックスから感謝の言葉を」
深々と頭を下げる雛子。女王というのだから権威とか大事にしているはずだったのに、雛子はそのようなことは気にしない立派な女王のようだ。
「こんなこともあろうかと、密かに援軍を頼んでおいて良かった。同盟を結んでおいて本当に助かった」
前言撤回。人魚の女王と同じく話を作っていた。先見の明がある女王を演じたい模様。まぁ、良いんだけどさ。
呆れるアキの半眼を見ても、まったく動じず、雛子は堂々と話を続ける。強メンタルである。王族は皆こんなんなのかね。素直で良い子の幼女には無理だな。
「戦争に敗北し、もはやここまでと思っていたが、封印の首輪を破壊して貰えて助かった。残る首輪をつけた家臣たちが不安なので、全員の首輪を破壊する方法をまずは探したい。この酒場を拠点として密かに行動するべきだろうピヨ」
「そこから!? かなり前の話から始まるの? 回想シーンをクリックした覚えはないでしゅよ?」
「たった数時間前の話であるぞ? しっかりと最初から説明せぬと、ロデーは突っ走るであろう? 全て力任せ、魔法任せで突っ走った結果がこれでは?」
「はぁい」
ぎろりと睨まれて、アキはちっこく丸まって反省する。確かになにも知らないままに敵陣に突っ込んだよ? でも、あれは不幸の事故。カードの力を少し見せつけたかったんだ。宝物を見せびらかすのは幼女としての本能だよね?
「そして、この首輪を作った魔法使いを倒せねばならぬ。あの者が星座の戦士とやらを作り出すキューブと、人の力を封印する首輪を作り出しているのだ。奴は十年前に突如として南大陸に現れてバラン・トーラスの側近となった。そして、恐るべき魔道具を作り出したのだっ、ピヨ」
「とりあえずピヨは無理やりつけなくて良いんじゃないっすかね? あぁっ、そっちは枝ではなく葉っぱっすよ? 置かれたら落ちてしまうっすよ?」
余計なことを言うカストールは家臣に両脇を掴まれて、なんか葉っぱだけの方に運ばれていった。カストールはツッコミ役をしたいのだろうか。
「その名は清盛・キャンサー。妖しげな祭壇を作り、我らの仲間の多くを連れ去り……生贄にしてきたと思われる。キューブや首輪は」
「そろそろスキップって叫んでよい? そこまで終わったでしょ? もう眠くなっちゃうから。どうせ次は街の解放でしゅよね?」
拳を握りしめて、悔しそうな演技をする雛子に遂につっこんでしまう。そこら辺のダイジェストが先ほどまでの戦いというわけわからん展開です。
「うむ。まぁ、そこまでで話は終わりだな。トーラスは恐らくはかつてのトーラス族の街に行っているに違いない」
「かつてのトー族の街? 勝者の街なのになんで過去形?」
普通は勝者の街が一番栄えているのではないだろうかとコテンと小首を傾げると、苦笑いで雛子は返してくる。
「それが、最初に砂漠となった場所がトーラス族の街であったのだ。砂の山に埋め尽くされてしまった。どうやら清盛の進言により作り上げた最初の神殿が暴走したらしい」
「そんなところに用があるからと向かったのかぁ。たしかに怪しいね。ろくなことをしそうにない」
「うむ、あの祭壇は人々の生命の力を吸い取っていることが分かった。この南大陸の砂漠化は恐らくは祭壇に関係するに違いないピヨ」
「テンプレ展開だよなぁ。でも、準備も必要だし、数日間は動けないよ? これでも、あたちもかなり疲れてるんだからさ」
ようはガチャのアップデート待ちということだ。ガチャのできない幼女なんて、ただの幼女だ。か弱い幼女にしか過ぎない。
「そうか……それもそうだな。しかし早く対応しなければまずいことになるぞ?」
顎をしゃくって、空へと顔を向ける雛子に釣られて、アキも空を見て顔を顰める。遠く離れた空に黒雲が湧いているのだ。
「黒い雲が流れてくるね? 雨でも降るのかなぁ」
「あれは黒雲ではない。よく見てみよ」
「黒雲じゃない? それって」
「ええっ、お嬢、あれは黒雲じゃねぇですぜ? 鳥人たちでさ」
震える声で言うタイチの言葉に、アキも目をよく凝らしてみて青褪める。たしかに黒雲ではなく、大勢の鳥人であった。
「木の匂いを嗅いで、水の匂いに気づいて南大陸全部の鳥人たちが飛んで来たのだろう。この街はそれなりに大きいが……それでも、あの人数を養えるとはとても思えぬピヨ。たぶんもっと集まってくるぞ?」
「ひええぇっ! 鳥人の鼻ってすごすぎない? さっさと向かうしかないのかよ!?」
そこら中、鳥人だらけになる悪夢を予知して、明日から旅をしようと誓うアキだった。




