99話 カップラーメンは贅沢品
次の日。
結論から言うとアキは旅立つことはできなかった。
「きょわー、か、身体が痛い。節々がズキンズキンとする! 動けないよぉ」
木の葉でできたベッドの上で、アキは起き上がることもできなかった。木漏れ日の森林。巨木の枝の上で葉っぱを敷いて寝るというファンタジー的な睡眠をして次の日だ。昨日までは普通に動けたのに、身体がサラサラに崩れそうなほど痛い。
木の枝には多くの人々が寝ているのが見える。ござねというやつだ。雑魚寝だっけ? 久しぶりに木の上で寝られると、皆は幸せそうに寝ている。唯一苦しんでいるのがアキである。渡り鳥よろしくやってきた鳥人たちも巨大な森林は優しく受け入れて、争うことなく、皆は巣を作って寝てるのに不公平だ。
「平和なこーけいで、な、なんであたちだけ苦しんでるんだ!? 立ちあがることもできないじゃん……」
痛みでうめきながら、それでも立ち上がろとしても、腕に力が入らなくて、うつ伏せに倒れ込んでしまう。どんなに力を入れても同じで、ぷるぷると手は震えている。
「シィ〜、回復まほー使って! 回復魔法! 筋肉痛だと思うんだけど」
心当たりはある。昨日の戦いで無理をしたのだろう。自分では無理はしていなかったと思うが、幼女にはきつかったらしい。
なので、ラム酒を飲んで、アルコールの神を崇めているシィにお願いをする。ヒャッハーたちは交代で夜も見張りをしてくれたらしいが、果たしてシィは見張りができたのだろうか?
「おはようございます、お嬢ぅ〜。ラム酒って少しキツイ味ですよねぇ。カクテルにした方が良いかもしれません。日本酒とラム酒を混ぜたらどうなると思いますか?」
「どっちでも良いよ。ウォッカと混ぜたら面白いんじゃない? それよりも回復魔法ぷりーず」
ぷるぷる震える腕を伸ばして頼むが、シィはヘラリと笑うとかぶりを振る。
「無駄ですよぉ。その痛みは筋肉痛ではなく、魂が軋んでいるのですぅ。昨日、よほど暴れたんですねぇ。魂を癒すのは神の領域。私では無理ですねぇ」
「魂が軋んでいる? ま、まじかよ、昨日は全然暴れなかったよ? クラスの中であんな子いたっけと言われるくらい影薄かったよ?」
チンピラたちを皆殺しにして、祭壇を破壊し、清盛を殺し、オアシスを吹き飛ばし、街を緑で埋め尽くしたくらいだ。全然暴れてない。暴れるというのはなにもかも破壊することだよね?
「そんなことを言っても無理ですよぉ。お嬢は魂が傷んでるようですぅ。前々からおもってはいましたが、すぐに癒されていたので、気の所為か、酒の見せる幻覚かと思ってたんですよぉ」
「ぬぐぐ、もしや、モシカシテ、ガチャに全ての力を使っているからか。ガチャを引くのは体力も精神も使うから」
アキ・アスクレピオスは全てはガチャのせいだろうと反省した。自覚する方向が明後日の方向に向いている幼女だが、ガチャ廃人とはそのようなものなのである。
「でも、痛みには耐えられても立ち上がることもできないんだけど? なぜか力が入らないよ?」
「うん? それはおかしいですねぇ。少し拝見」
手を翳し、魔法を使うシィ。神聖なる光を掌から輝かして、シスター服を着て目を瞑る美女、その姿は祈りを捧げる敬虔なる聖女に見えるが片手にしっかりと持つ酒瓶が全てを台無しにしていた。
「ウ~ン、特に異常はないですね」
「異常はない? でも、力が入らないよ?」
「はい。お嬢の肉体的な異常はありません。お嬢的にいえばステータスに異常はないと言うことですね。オール1のステータスですよ」
シィの言葉は衝撃だった。まじかよ、たしかにオール1だ。
ここに至って理解した。幼女のステータスはオール1。それはこの世界に来て転生してから変化はないはずだ。そしてオール1ということは、赤ん坊にも負ける可能性があるということ。動けないのも当たり前だ。ハイハイしないといけないレベルである。
それなのにこれまで動けた理由はたった一つだ。普段の生活にも支障なく行動できた理由。それはというと——
「あ~ちゃんがいないからだ! そうか、あ~ちゃんの補正があって、あたちは動けていたのか」
これまで動けていたのが異常だったのだ。その理由はあ~ちゃんしかいない。あ~ちゃんの補助がないとアキは動くこともままならないと言うことだ。
「が~ん! あ~ちゃんが戻るまで、あたちは行動不可となった! 昨日はまだあ~ちゃんの補正が残ってたんだ。へるぷあき〜」
こうして、アキは寝たきり幼女となって、数日間を森で過ごすこととなった。とりあえずハイハイができるようにならないといけないかもしれない。
◇
アキが衝撃の真実を知り、絶叫する中で、あ~ちゃんはというと、懐かしのおうち、世界の果てに帰っていた。
帰っていたといっても、少し扉を開いて、するりと通り抜けるだけだ。ちっこい幼女しか通れない狭さだ。
「たらいま〜。あ~ちゃんがかえってきまちた。かえってきたよ〜」
魔法陣の中からぴょいんと飛び出したあ~ちゃんだ。元気よく声を上げて出てきたあ~ちゃんは、キョロキョロと周りを見渡して、ちっちゃなお口を大きく開ける。
「あかりがついてりゅ! まぶちー。きゃぁー、まぶちー」
眩しい眩しいと言いながら、キャッキャッと喜ぶあ~ちゃんだ。あ~ちゃんの目の前には煌々と明かりのついた部屋があった。一見金属に見える柔らかいような硬いような不思議な感触の床、天井も同じ物質で作られており、広い部屋は壁が見えなく地平線まで続いてるような広大さを見せており、ずらりと円柱状のカプセルが並ぶ。
柔らかく白い光が部屋を照らしており、その光を見て、あ~ちゃんは嬉しくてコロコロと転がりはしゃいじゃう。この部屋が明るいところは久しぶりなのだ。ずっと暗かったのだ。
そうして暫くコロコロと転がって、興奮がおさまった幼女はむふーと息を吐いて立ち上がる。
「あかるいのはよいことでしゅ。あっかるい、あっかるいおうち〜」
鼻唄を歌って、スキップしちゃうあ~ちゃんは、カプセルの一つを見て、そして、周りを見渡す。
『No1:小石』
緑色の液体が充填されたカプセルには小さな小石がプカリと浮かんでいた。それを見ながら、ウンウンと頷くとあ~ちゃんはカプセルをペチリと叩く。ガコンと音がして、液体が抜けていくと、ウィーンとカプセルが開く。
「あ~ちゃんは〜、おいちいものがつくれるの〜、ちべたいミルクもつくれちゃうの〜」
掌を翳すと、ペカリと光ってアイスミルクがマグカップに入って現れる。そのマグカップを手に取ると、あ~ちゃんはカプセルに置いて、ペチンとまた叩く。
ウィーンと音がして、カプセルが閉じると緑色の液体が充填されて、アイスミルクは不思議なことに緑色の液体と混ざらずに、プカリと浮くのであった。
「あ~ちゃん、よいことした! よいことしたよね? えっへん」
平坦なるお胸をそらして、エヘンと威張っちゃう幼女だ。自身の行動に疑問は無く、良い事したねと、得意げだ。
「こらこら、せっかくきれいに作ったのに、変えちゃ困るよ、あ~ちゃん」
後ろから困った声が聞こえて、むむっとあ~ちゃんは振り向くと、パアッと花咲くような笑みになる。
「たらいま〜! あ~ちゃんがかえってきまちた! よーやくかえれるだけのえねるぎーがたまったの! うーちゃんは、げんきだった?」
「うん、それなりに元気だったよ。つい先日までは死にかけていたのがおかしいくらいにね。おかえりなさい、あ~ちゃん。予想以上にアキは活躍しているようで何よりだよ」
ぴょんと飛び込むあ~ちゃんを受け止めて抱っこをすると、うーちゃんと呼ばれた者は微笑むのであった。その姿は以前にマモが出会った暗闇の塊であった。認識ができない虚ろなものであったが——
「うーちゃん。おくちみえる! おくちみえるよ?」
以前と違い、口元がしっかりと見えていた。まだまだ他の部分は認識できないが、口元だけははっきりと分かった。
「そうなんだ。あ~ちゃんが頑張ったお陰で少しだけね。ほら、部屋も明るくできるくらいに余裕ができたんだよ」
「えへへ、あ~ちゃんがんばりまちた! あきちゃんのおかげ!」
この間までは暗かった部屋が明るいことに、ふふっと微笑むうーちゃん。あ~ちゃんも明るくなったことに嬉しくなって、手足をパタパタ振って、危うくうーちゃんが落としそうになるほどだ。
「ここまで上手くいくとは考えてなかったけど、彼女は凄いね。サーベラスもそうだけど、まさかキャンサーを倒せるとは思わなかったや、あの無敵の装甲を破るのは普通なら無理なはずなんだけど」
「あきちゃん、しゅごいの。あ~ちゃんはわくわくしてみてまちた!」
「そうだね、まさか融合カードで何枚も融合させるとは思わなかったよ。普通は2枚なのに、あんなに大量に融合させたから魂が砕け散るかと焦っちゃったよ」
ゲラゲラとうーちゃんは笑い、凄いんだよと、あ~ちゃんは拳を握り締めて、むふんむふんと大興奮だ。その様子を見て、うーちゃんはあ~ちゃんを抱っこしながら歩き始める。不思議なことに一歩歩くごとに光景が変わっていく。一歩歩くごとに転移をしているのだ。
「それじゃ久しぶりの近況報告といこうか。おっと、これはもういらないや」
歩いている途中にあるカプセルを叩く。コポリと音がして緑色の液体が抜けていき、中に浮いていた人型のものがさらさらと崩れて消えていった。
『No302:地球人。接続不可のため放置中』
『No302:地球人。死亡につき廃棄』
「まぁ、こちらの思惑通りとはいかなかったけど、彼も頑張ったから来世では幸せな人生を送ることを祈るよ」
カプセルに貼られているプレートに表示されていた内容が変更されて、うーちゃんは酷薄な笑みを見せて肩を竦めると、さらに歩みを進める。
そうして暫く進むと、部屋を横断し、壁際まで辿り着き、壁に設置されているドアに手を伸ばす。
「到着〜、久しぶりに部屋に帰ってきた感じがするなぁ、少し汚いかも?」
ウィーンとドアが開くと、中は8畳程度の小部屋であった。壁面はモニターだらけでカプセルのある部屋を映している。ちゃぶ台と座布団、そして壁面に簡素な作りのベッドが置かれていた。
「きちゃなーい。おそーじ、おそーじしなくちゃ!」
あ~ちゃんがキャッキャッと可笑しそうに笑う。なにしろ狭い部屋なのに、食べ終えて汁の残るカップラーメンや、食べかけのパンが放置されていたのだ。その他にも汚れた服や靴下がそこかしこに放置されている。
「仕方ないのさ。貧乏暇無し、ろくにご飯も食べられなかったからね。少し掃除するから待っててよ」
苦笑しながらうーちゃんがあ~ちゃんを床に置いて——
部屋に警告音が鳴り響く。そして、無機質な機械音声が警告してくる。
『第881区画にエネミーの侵入あり。至急迎撃をしてください。繰り返します、第881区画にエネミーの侵入あり。至急迎撃をしてください』
「やれやれ、このタイミングか。迎撃できるかなぁ」
その聴き慣れた警告音を聞いて、うーちゃんは溜め息を吐き、あ~ちゃんはむふんと手を挙げる。
「あ~ちゃんがたおしましゅ! あ~ちゃんにまかせて! あ~ちゃんがつよくなったところをみせたげる! あ~ちゃんしゅつげき〜!」
そうしてうーちゃんが手を伸ばして止めようとするのもするりと躱して、あ~ちゃんは再び部屋を飛び出すのであった。




