22話
22
谷川 奈緒のあの案件から一ヶ月以上が経ち、由香の入れ替わりに入った中村 ゆかりも、業務に慣れ、恵とも言い関係が続いていた。
週末の金曜日の午後と言うのは、土日の事を考えると、気分がウキウキしてくる。
いつもの様に、金曜日の15時からは、一週間のまとめの作業に入る、こうすれば、通常なら16時半には全作業が終わる事になるので、今日の作業は通常通りなので、多分終わるだろう。
終わる筈だった。
「わわ!どうしよう.....、ゆかり、これ見て?」
恵とゆかりは席が隣同士、そのゆかりが恵に何か言ってきた。
「ちょ! これどうすんの? ない、無いじゃない」
何かが起きたみたいだが、恵の向かい席の大輔は、纏め作業の終盤になっていた。 ファイル分けしたものを、各フォルダにまとめて行き、全部終了した所で、バックアップを、念のために2ヵ所に分け、終了した。
時刻は16時40分、若干は遅くなったが、ファイルが多い分、まあまあの時間に終れた。
「あれ? あれれ? 1個ないよ」
「マジ?」
「うん。見つからない。どうしよう?」
恵のPCのディスプレイを見て、いつも見慣れたフォルダを開いて、ファイルを探しているが、最後の最後に開いたファイルが見つからない。
纏めも殆ど終わっていたファイルだ。
「ゴミ箱見た?」
「真っ先に見た」
そんなやり取りをしていると、作業が終わった大輔が、慌てている二人の素振りを気にして、デスクを回り、寄って来た。
「どうしたんですか?」
恵もゆかりも、画面に真剣で振り返りもしないが、画面そのままで大輔に事情を説明する。
三人でアレコレしているうちに、時刻はすでに五時を回ってしまった。
「恵、あんた今日って確か、両親が泊まりに来るって言って無かった? もう五時回ったよ?」
「いいの。 それよりこれ探さなきゃ.....」
「なに言ってるの、今日はあなた達と両親で、ご飯食べに行くって言ってたじゃない。しかも、予約がしてあるって...」
「でも、これ探さなきゃ....、浮かれていた自分の責任だし、私が何とかするから...」
ゆかりは大輔を見て、頼んできた。
「大ちゃん、お願い。恵、このまま返すから、その後私を手伝って、お願い!」
コレには恵が反論する。
「ゆかり、何言ってるの? 私の責任でこんな事になったんだから、最後まで何とか見つけ出すから、あなた達こそ先に上がってよ」
次は、大輔が恵に帰りを促した。
「恵さん、良いから、後は任せて早く行ってください、お子さんもご両親に会えるって楽しみなんじゃないんですか?だから、行ってください」
「そんな、悪いよ、自分の責任なのに」
「何言ってるんですか。オレと由香が散々お世話になってしまって、いまだに恩も返せていないんですよ、だからこんな時くらいは、後輩に甘えてください」
「そうよ、恵さん。私からもお願いします。後は私と ダイ がやっておきますから、心配しないでください」
業務が終了した由香が、何事かがあった事を察知し、終了後に大輔の居る部署に来ていた。
あれから由香は更に大輔とは親密になり、今では“ダイ”と、呼ぶ程の仲になった。
「みんながそんなに言うんなら、お言葉に甘えちゃおうかな」
「甘えちゃいなさい恵、あと、あそこのバカップルにも手伝わせてやるから、行きなさい」
そう言って、バカップル紹介の、幸宏と美菜が何も知らずに、業務後の休憩ルームから歩いてきた。何も知らずに、だ。
「ごめんね~、この埋め合わせは後日必ずするから。じゃあお願いね」
そう言うと、恵は急いで帰り支度をして、もう一度謝ってから、速足で退社して行った。
「何か恵さん、慌てていたけど、何かあったのか? 大輔」
「ま、まあな.....」
この後、ゆかり、由香、幸宏、美菜と大輔の5人で手分けして、保存先のファイルの捜索をした。
*
「何でこんな所に、ドラッグしちゃったんですかね?」
「ほ~んと、恵にしては信じられないミスね、でもまあ良かったわ、意外に早く見つかって。お手柄よ、大ちゃん」
「ありがとうございます」
「まさかな~、あんな場所に入っていたなんて、気が付かねえよ、流石PCが得意なだけあって、目の付け所が違うな、大輔」
「でもこれでやっと帰れるわね、やった~」
美菜が両手を上げて喜んだ。
「美菜、コレからご飯食べに行かないか?」
「そだね、行こう行こう」
「大輔はどうする?」
「えっと、オレ達は......」
その時、ゆかりのスマホが鳴った。
「あ、恵からだ」
そう言うと、スマホ画面をスワイプし、通話し始めた。
あれからが気になったのだろう、恵は電話先で謝っている様に聞こえたが、ゆかりが事の顛末を説明し、すでに作業は終了している事を伝え、通話は終わった。
「恵が皆に、ありがとうゴメンね、だって言ってたから」
「で、間に合ったんですか」
「うん、今は社長たちとレストランに着いたって言ってた」
「「!!??」」
大輔と由香が驚いた。
(えぇ?! 恵さん達と、社長夫婦が食事??)
それを見たゆかりが、逆に驚いた。
「ちょ...、大ちゃん、何を驚いているのかな?」
それを見ていた幸宏も、逆に驚く、そして。
「何で恵さんと社長が.....」
由香も驚きを隠せない、一体 恵と社長が何でと言う、奇想な事に感じた。
大輔と由香の驚愕の表情に、“はは~ん”と、理解をして、説明し始めた。
「もしかして、大ちゃん、由香ちゃん、恵の事、いまだに良く知らないでしょ?」
「既婚のOL さんですよね?」
「あは、そうなんだ、全く知らなかったのね」
「女性なので、あまり詮索は....」
「そっかそっか.....」
そう言った後、ゆかりは恵の正体を話し始めた。
「あのね、恵って、実は.....、ここの社長の令嬢なの」
「「!!」」
コレに、また大輔と由香が、high驚愕した。
言われて一瞬言葉を失い、思考も停止したが、言われてみれば、今までの 行動・仕草・振る舞い、それに “社内事情に詳し過ぎる事”が、一気に理解が出来た。
「は~ん...、どうやら分かったみたいね」
「はい。なるほど、恵さんに纏わる事で、周囲がうまく事が廻っていた事に、納得しました」
「あら、やっぱりキレがいい男ね、もう分かっちゃったみたいね」
「谷川 奈緒先輩の事も、恵さんが関わっていたんですね?」
「はい!正解。でも、あれは谷川さんが、あなたと由香ちゃんに、ハラスメント的な事をしているだけが理由じゃ無かったんだけど」
「あ!!」
大輔が瞬時に気が付いた。
「うふふ、ホント回転早いわね、大ちゃんは、...で、分かったみたいね。そう、社内の部長との不貞が原因かな。噂は知っていたんでしょ?」
「あ、はい、美菜から聞いて.....」
「そう......、あ、ちなみに、美菜ちゃんって、この会社の上役の娘ってのは?」
「あ、それは大学の頃から知っていました」
「なるほど。確か...、一緒の大学だったよね?君たち4人は」
「「「「はい!」」」」
一斉に息が揃った。
「幸宏とオレが同じで、由香と美菜が一つ下です」
「そうね」
「で、あの後、谷川先輩って、どうなったんですか?」
「そのままよ。ま、あの後、上役から、チョットした処分と、厳重注意されてたけどね。この次問題起こしたら、即!退職だって言われてたわ」
「それじゃあ、その、えっと.....、相手の...」
「あ~.....、不倫相手の営業部長はね、奥さんの耳に入って、一時大変な事になったみたい。今はウチの系列会社に移動になって、営業職は続けているって聞いてるわ、離婚はしなかったみたいだけど、その後の詳細は知らな~い」
(流石、社長の娘との親友だ、社内の詳しい事情を良く知っている。口が堅い事をよく理解していて、恵さんは、ゆかりさんに相談したりしてたんだ)
大輔は、社内に良き親友と言う理解者が居てくれる事が、自分を高める事に必要だという事を、この二人から改めて学んだ。
「あと気になるのが、谷川先輩の取り巻きのDQN二人って、その後どうなったんですか?」
「あのままな~んも無いよ。ただ、直属の上司から。ちょっとだけお目玉くらったって聞いたかな。ま、そんなもんだよ、金魚の○○だからね~」
「ははは.......」
「じゃあみんな帰ろか。恵も必死に謝りながら、感謝してくれていたし。じゃあみんな、お疲れ」
「お疲れ様でした~!」
「うふ。大ちゃん、彼女と仲良くね」
意味深な笑みを大輔と由香に向け、颯爽と帰って行くゆかりに、二人は頭を下げ見送った。
△
退社後、幸宏たちとは別行動となり、大輔たちは、そのまま細井家に行く事にした。
由香との家路の途中、由香と大輔のスマホが鳴った。
恵からのお詫びと御礼のメッセージが、5人に一斉送信されたみたいだった。
「律儀だな恵さん」
「そうね。 でも、ビックリしたわ。恵さんが社長令嬢だったなんて。身内の美菜からも聞いてなかったし」
「そうだよな、美菜って恵さんと身内になるんだよな」
「うん、そうだね。だけど、今まで何で教えてくれなかったのかなぁ」
「それは多分、気を使っていたんだと思うぞ。例えば、美菜の父さんの地位って知ってたか?」
「そう言えば、詳しい地位は知らない、ただ、会社の上役って事くらいかな」
「だろ? 最近知ったんだが、美菜の父さんの地位は、専務だ」
「!」
「びっくりだろ?オレも最近だが、恵さんから聞いたんだ」
「だって、そんな事、美菜は一言も.....」
「だから、美菜は気を使って、わざと言わなかったんだ」
「それを言って、周りから“臆”されて、何となく壁が出来たり、将来の地位狙いなどで、変な男が寄って来ないように、はぐらかしてたんだと思う」
「だったら...、親友なら、敢えて言って欲しいよ。何かちょっと寂しいな、そんな気遣い」
「違う違う。由香が大切だからこそだと思う。 親友に“臆”されたら、希薄な関係になってしまう、そんな事が嫌だったんだな」
「私、そんな事で美菜を嫌ったり、希薄な関係になったりしない。 したく無い」
「じゃ、そう言う事だ。 でも、多分、今更言い辛かったとは思うな」
「それ知っている事、美菜知ってるかな?」
「そんなんいいじゃん、今更。 それ知って、どうだ?」
「別に、今までと変わらないけど」
「じゃ、終わりだなこの話」
「そっか。そうだよね。 美菜は美菜だもんね」
「ははは......」
知らずのうちの美菜の気遣いが、嬉しい由香だった。
△
「ねえ、大輔。お腹空いた」
「ありゃ。気持ちが晴れたら、今度は空腹か」
「だってお腹減ったもん」
「ちょっといいレストラン行くか?」
「えぇ~‼、ココはやっぱり“B級グルメ”の王者、 焼きそばでしょ?」
「あ、いいね、焼きそば定食」
「でしょでしょ!ねえ行こうよ~、あそこの店」
「よ~し分かった。あそこ美味しいからな、決定だな」
「うん!」
車内が、店舗に着くまで、焼きそばコールになっていた。
◇ ◇
「美味しかったね~大輔。もうハズレないよね、あそこの焼きそば定食」
「揺るぎないなあそこの味。他には行けないからな」
「何かね、あの店の お好み焼きも普通に美味しんだって。今度行ったらテイクアウトしちゃおかな」
「じゃ、近いうちにまた行こうか“はまちゃん”」
「うん、行く!」
「はは、好きだな~由香は」
「えへへ、食べるの大好きだもん」
「それで太らないのは、凄いな由香は」
「自慢だよぉ~」
車内で、やや大ぶりな胸を張り、自慢する由香。
「しかし、もう定番になったな、由香が俺ん家泊まるの」
「付き合ってからまだ数ヶ月なのに、親の公認があるからね」
「由香来ると、姉ちゃんが喜んで連れまわしてるからな」
「うふふ、私は結構楽しいよ、お姉ちゃんと一緒に居るのは」
「由香と早く二人きりになりたいのに、今日も今か今かと姉ちゃん待ってるんだろうな~」
「行くの知ってるからね」
少し項垂れる大輔。
「早く由香、抱きたいのに~.....」
小声で言ったのに、由香にはしっかりと聞こえてしまったらしい。
「も..、もう、大輔のスケベ!」
「あ~、聞こえてた?」
「もう、丸わかりだよぉ、えっち~」
由香の顔がほんのりと染まった。
「イヤなのか?」
「............」
「なのか?」
「........、い、いよ」
「やった~」
「もう、ホントにスケベなんだから~」
「だから言ったろ? 一穴主義だって」
「な、その言い方がエッチなの」
「だって、由香一本だから」
「それは~...、とっても嬉しいかも」
大輔からの自分への一筋宣言に、この上ない喜びを感じる由香。
「あ~、もう着いちゃったよ。あ~あ、暫く姉ちゃんに由香取られちゃうのか~、ざんね~ん」
細井家に到着して、二人とも車から降り、玄関に入ると。
「ゆか~! 待ってたぞ~!」
(あ~!いきなり捕まっちゃったよ~)
「由香、ご飯食べたか? 食べたなら、一緒に風呂入ろう、な」
「お、お姉ちゃ~ん...」
大輔はそっちのけで、玄関に着くなり、由香を攫われる、大輔だった。




