21話
21
翌日、いつもの様に身支度をして、作ってくれていたトーストとコーヒーを摂り、歯を磨いて出社の準備が終わる。
「行ってきます」
そう母親に言って、家を出て車に乗り、出勤する。 そう言う流れで出社までの時間が来る。
少しだけ回り道をするが、いつもの様に 長田家に着き、スマホで連絡をする。すると、自分だけの愛しい彼女が玄関から出てきた。 今日も身だしなみは決まっている。
彼女も玄関を出る時に、行ってきます、を言ってから出てきた。
助手席に乗せ、シートベルトのバックル音がしたのを合図に、車が発信する。
◇ ◇ ◇
昨日の夜。
帰りの車中で、二人は暫くは無言のままだった。
特に由香にしてみたら、初めての出来事なだけに、体のキツさもそうだが、大好きな異性からの求めに応じられたと言う事が、それを上回る感情とのバランスで、大輔に対しての、愛情と信頼が今まで以上に増した事を、憂いとする事を自覚した出来事だった。
「「.................」」
さらに二人の沈黙は続くが、それを破ったのは、大輔の方だった。
「あ~もう!、この空気、詰まる~!」
「だ、いすけぇ....」
蚊の鳴くような声で由香が返した。
「由香ごめんな、辛かっただろ? 下手でゴメン」
「..........」
今、触られたくないワードに、由香は返せなかった。
「遅くなっちゃったな、みんな心配してるかな?」
「...だ、大丈夫だよ、遅くても、大輔と一緒だから」
「わ!、それって、オレ、結構信頼されてるんだ~」
「だって、わたしが一番信じてるもん」
「それは光栄な...、やっと喋ってくれる様になった」
少し間を置いて。
「だって、恥ずかしかったんだもん」
「俺はラッキーだったけど」
「もう!スケベ!」
「由香の前では、変態で~す」
「...っとにもう!」
やっと会話をし始めたと思ったら、もうすぐに長田家に到着だ。 すると、由香から大輔の左の膝に手を置いてきた。
「あ~~ん、何だか大輔と離れたくな~い。もっと一緒に居たいよぉ」
大輔も同じ気持ちだが、親公認での交際でもあり、そう言う事はきちんとしたい。だらしない関係になると、親からの良い印象だったのが、信頼を失う事になる。
そして、由香の家に着いてしまった。
「明日朝迎えに来るから、それまではメッセージな」
「むぅ.......」
膨れた頬を大輔が指で押し、そのままお互いが顔を近づけ、最後に軽くキスをし、別れを惜しむ様に車外に出て、手を振り由香は家に入って行った。
大輔が家に着くまでに、由香から2つのメッセージが来ていた。
『大輔、今日はとっても嬉しかった、ありがとう。』
そして。
『A・I してる。 おやすみ』
だった。
(はは。A・I してる...か....)
大輔はそのままを返信した。
◇ ◇ ◇
会社に到着後、エントランスを抜ける時、昨日とは全く違った雰囲気の、谷川 奈緒が居た。
丁度大輔たちと出社のタイミングが合ってしまい、由香も気が付いたのか、奈緒を確認したと思ったら、一瞬だが身構える仕草をした。
そのすぐ後、奈緒も由香と大輔に気が付いたらしく、一瞬だが目が合う。.....、だが、何事も無く、奈緒はただ、そそくさと、まるで関りを拒む様に社内に入って行ってしまった。
そのまま二人でエレベーターで3階へ。 そして到着して降りる、すると、今度はあのDQNの纏わり組の二人が由香に近づいて来て、開口一番。
「あんた達のせいで........」
その後も何かを続けそうだったのを、もう一人のDQN嬢が止めて。
「やめときな、不味いよこれ以上は......」
そう言う言い方をして、二人に睨みながら自分たちの部署に急ぎ足で走り去って行った。
(不味いよ.....?...。どう言う事だ?)
「はは......、どうやら終わったみたいだな」
この大輔の一言で、由香から安堵する表情が現れた。
すると、背後に居た、絶賛ラブラブ中の同僚カップルから、声を掛けられた。
「終わったみたいだな」
「ああ」
「よかったね、由香」
「ありがとう、美菜」
また平穏な日常が戻って来た事を、実感した火曜日の出勤だった。
△
部署に着くと、すでに出社していた恵が テーブルを拭いて回っている。
「「おはようございます」」
「あら、揃ったわね、おはよう」
「わたしもやります、手伝わせてください」
「そう、お願いね」
「はい」
由香がロッカーにある清掃道具の中から、テーブル用の布巾を取り出し、恵と一緒に各デスクを、二人で拭いて行く。
「オレも手伝いましょうか?」
「いいから、休憩ルームでコーヒーでも飲んでなさい」
言葉で一蹴された。 ので、隣で見ていた幸宏も、すごすごと二人で休憩ルームへ逃げる様に去って行った。
始業まであと20分、 大輔と幸宏は、込み合ってきた休憩ルームで、コーヒーを飲みながら、昨日のいきさつを話し出す。
△
「そうか、じゃあれから大変だったんだな」
「ま、結果的に、恵さんに助けてもらった訳だけど、今思い出しても、あの恵さんからの“静かなる一撃必殺”は、凄かった」
「そりゃ、オレも見たかったな」
「あの 谷川 奈緒の顔色が、見る見る変わって行ったのには、恵さんスゴイって思ったな」
「足向けて寝られないな」
「まったくだ」
△
「由香ちゃん、大体掃除できたかな?」
「はい、後、このゴミ箱を片付けてきたら終わりです」
「あ、それ、まだ余裕かあるから、そのままでいいよ~、...ってか、それよりも、聞きたいことがるんだけど」
「何ですか?改まって」
「う~ん.....、え~っとぉ....、ま、何て言うかさ.........」
「何ですか?ハッキリ言ってください」
「ハッキリ言っていいのかな~」
こんなにモジモジしている恵はあまり見たことが無い、あまり時間が無いので、短めに言ってもらおうと、更に促した。
「時間ないですよ、言って下さい」
「じゃあ。あのね,,,,,,、由香ちゃん.....、昨日、やっちゃった?」
「!!!」
いきなりのストレートな言い方に、由香は言葉が出なかった。
「はいはい、今ので分かりました、ふぅん、そっかそっかぁ~.....」
「めぐみさぁ~ん......」
由香の顔が真っ赤になるのを横目に、恵が、ニシシ と笑い、してやったりの顔をした。
「さあ、今日も頑張るか~!」
大輔と幸宏が戻って来た。 赤い顔をしている由香を見て、大輔は不思議に思ったが、隣に居る恵の“してやったり顔”を見て、大体の事情が把握できた。
(めぐみさぁ~ん.......)
月曜とは違い、火曜日からは簡単な朝礼だ。開始時間が来ると、チャイムが鳴り簡単な朝礼が始まる。 それが終了次第、今日の業務が開始となる。
□
通常の業務に変化はなく、坦々と作業をこなし、時間は過ぎてゆく。
昼食時になり、社食で、いつもの様に4人で昼食を摂っていると、あまり話さない同僚が、次々と大輔に話しかけてきた。
「細井、上手くやったな、彼女とうとうゲットしたんだな。羨ましいぞ」
「はは、バレました? 何とか付き合えました」
「コレで美男美女カップル誕生だな」
(美男?)
「ありがとうございます」
(はは...、美男.....か)
日常が戻り始め、今まで大輔に纏わるおかしな噂に躊躇っていた様々な同僚たちが、最近はすれ違いざまでも、気軽に話しかけて来て、先日まで、誰かが触れ回った挙句の、イメージダウンの中傷的な噂は、徐々に無くなっていった。
むしろ、普通に業務をこなした後に、人が嫌がる残業まで進んで行っていた事に、周りが感謝し始めている。
この事が上役にも伝わり、今まで行っていた残業も、周りで分け合う様に仕向けてもらい、最近では、残業を行う日が徐々に少なくなってきた。
□
月末になり、由香に会社側から辞令が出た。
前々から分かっていた事だが、社内恋愛は禁止では無いのだが、社員同士での交際になると、私情が絡んで、業務に支障が出る事にならないように、大輔はそのまま、由香のみが移動となった。
その移動先が驚きだった。
「やっほ~由香、よく来たねぇ」
何と、由香の移動先は、美菜の入っている部署になったのだ。 つまり、移動とはいっても、大輔からは、ほんの可視出来る範囲、隣の部署だった。
代わりに入って来たのが。
「めぐみぃ~、おひさ~!」
このテンションで、由香の入れ替わりで新たに入って来たのは、恵とは同期の女子である、中村 ゆかり だった。
恵とは、入社以来、二人は妙に気が合い、社内での唯一の親友となった。
既婚者で、亭主はグループは違うが、この会社の課長をしている。子供も居て、そっちの方でも、お互いが良き相談相手になって居る。
この後、この 中村 ゆかり が、大輔にとってのキーパーソンになる。




