20話
20
何が起きたのか、何を奈緒に吹き込んだのか、恵の形勢逆転の返しに、大輔は、今まで黙っていた恵が菜緒に対して、言わせるだけ言わせて、大輔たちにとって、不利になる情報を、どうやって公示するのかを確かめたかったのだった。
しかし、恵が菜緒に対して、どう言う経緯で決定的に不利な情報を持っていたのか、些か疑問に思った。
「ありがとうございます。凄かったですね、一撃で谷川先輩の顔色が変わったのには、驚きました」
「あ~...、まぁ.....、あはは。 そこは気にしなくてもいいんだよ。 遅かれ早かれ彼女は、何かしらの審判が、会社から下っていたと思うからね」
「?」
「あれ?知らない?谷川さんの噂」
「もしかしてですけど、男の事ですか?」
「あ~、知ってたんだ」
これは個人の情報なので、深入りしない事にしていた大輔だ。
「何処から聞いたのかな?」
「え~っと....」
「ま、そうだよね、言えないよね、誰から聞いたとかは」
「すみません」
「良い男だね、大ちゃんは。いいから。まぁ、大体は分かっているから」
(この人は何故ここまで会社の事情に詳しんだ? しかもどこから情報を得ているんだ?)
大輔はこの会社に居る限り、この人は、絶対に敵に回してはいけない人だと思った。
「さぁて、あとは残りのDQN嬢の二人だね。だけど、まあ大丈夫でしょう、アタマやっつけたからね」
「大丈夫でしょうかね?」
「まあ、金魚の.....だから、元をシメたんだから、言い寄って来ないって」
「そ...うですよね」
「心配性だな~、大ちゃんは。あ!そうか、彼女が心配なんだよね。優しいな~」
と、恵が由香に目をやると、由香は俯きながら、何かをブツブツ言っている。どうしてしまったのか、気になったので、改めて恵が由香に聞いてみた。
「ゆ~かちゃん、どうしちゃったのかな? もう終わったよ?」
恵の声掛けが全く聞こえていなかったのか、由香はそのままの状態だ。
「ゆ~か~ちゃん!」
次は大き目な声で、気を付かせる様に、呼んでみた。
「あ!......、恵さん」
「気が付いたみたいね。どうしたのかな?」
この恵の言い方には、何かを理解している様な言い方だ。
「あ...、な、何でもありません」
「だいじょうぶ? “あ”ばっかり言ってるけど」
「はい。ありがとうございました。これでコレからは社内でも気持ちよく作業が出来そうです。本当に感謝しています」
「はは...、いいからいいから。私はコレで帰るから、あなた達は?」
「オレ達もコレで帰ります」
「そう、じゃ、かえろっか」
「はい」
事は一段落ついたはずだった。
大輔は由香を連れて退社し、車に由香を載せて、送って行く。気になるのは、さっきから由香の様子が変なのは、気が付いていた。
車内で。
「由香、どうかした?まだ不安なのか?」
「..........」
「何か言ってくれよ、心配じゃないか」
「.......ねえ」
「?」
「ねえ、大輔......」
不安がる由香の声質に、大輔が気になる。
「もしかして、オレの事?」
「う...ん」
自分が先ほどの事で、何か由香に対して何かをしてしまったのか、思考を巡らす。.......が、思い当たらない。
由香の態度がそのままなので、一旦車を止めるために、家路の道中にある、ドラッグストアの駐車場に入った、隅の方に止め、エンジンを切り、車内のオーディオの音量を下げて、再び由香に聞き直した。
「どうしたんだ由香。 もう会社での事は、恵さんのお陰で一段落済んだし、それ以外に、何か不安な事でもあるのか?」
少し黙っていた由香が、ぽつぽつ話し出した。
「大輔って、今まで彼女って、中学の時に一度だけって言ってたじゃない?」
「ま、そうだけど。あまりいい思い出では無いかな...」
「じゃあ.......、それじゃあ、なんで? なんでなの?」
言われた事に、何が何だか分からない。
だが、由香の次の言葉ですべてを理解した。
「だって、さっき、大輔が、あの....え...、エッチの経験があるって言ってたから.....、だから」
一気に先程の奈緒とのやり取いを思い出し、“童貞じゃない”宣言をしてしまった事に、今更自分で墓穴を掘ってしまった事を後悔した。
「由香」
そう言い、由香の手を握ろうとしたが、拒否された。
「なあ由香」
「触らないで!」
この由香からの言葉に、大輔はショックを受けた。
まさか、女性経験が由香以前にあったと言う事実が、由香に対して、こんなにも拒絶され深刻にさせるとは...、先ほどの奈緒とのやり取りで、口を滑らせてしまった自分に、後悔をした。
だが、いつまでもこの事実を黙っている訳にはいかないので、どうしてそういう情事があったのか、まともに顔を合わせてくれない状態の由香に、その事実を打ち明けた。
「由香。そのままでいいから、話を聞いてくれないか?」
「..........」
動かず、なにも言わない由香に、続ける大輔。
「事実を話すから、そのまま聞いてて」
そう言って、長くなる話を、坦々と話し始めた。
「実はオレ...........」
□ □ □
大輔の容姿は美形である。 美形であるが故に、年頃になると異性からも注目されてきて、強者は告白と言う手段に出て、交際を求めてくる。
大輔は最初の告白を受けたのは、中学2年の時だった。 相手は、学内でも3本の指に入る程のカワ美人で、自分から告白しなくても、男子から交際を求めてくる事が多かった。
なのに、この女子が、自ら大輔に告白してきたのだ、当時の大輔は嬉しくて、即OKを出し、交際が始まった。
始まったのだが...........。
交際を始めてから、楽しい日々が始まり、登下校、週末と、会える時間があれば、時間を惜しんで交際を続けていた。
楽しいい日々が続いていると、自分の彼氏がイケメンと言う事を自分の知人に知らせたくて、女子の居る中で、よく紹介をされた。
横の繋がりの広い彼女は、次第に大輔の事を、まるで自分を飾る装飾品の如く、皆に紹介され、引き回される日々。
恋人では無く、一緒に居るだけの“飾り彼氏”だと感じ始めた事があった。
学内の中庭で、彼女とその親しい友人たちが、放課後に集まって喋っていたのを聞いてしまった。
その時に、彼女が言い出した。
「私くらいな美人って、やっぱ彼氏も美形でないと釣り合わないからね、もう一人の彼氏も、超イケメンだから、私忙しくって、でも、もうそろそろ、大輔クンの方、振っちゃおうかな~、何か、二人居ても面倒くさいし」
「わ~、悪いやつ~、あははは......」
「じゃあ、明日下校時の時に、別れ話をしてみようかな...って、別れるし」
「「「あ~ははは.....」」」
「.........」
この言葉が信じられなくて、この時の大輔は、その場で黙って涙を流した。
(あれが彼女の本当の心の内だったんだ。だったら、こっちから離れて行こう)
その時、好きだった彼女から、一気に好感が冷めていくのを、肌で感じた瞬間だった。
(今までありがとう)
最後はこの言葉でおしまいにしようと、その場を後にした。
その後、大輔からは連絡を一切取らないようにして、段々と疎遠になり、自然消滅になった。
学内で偶に見るが、目線を逸らし、まるで今までの事が無かったかのような仕草に、コレで良かったんだと思い、大輔の初恋は、“裏切られ”と言う事で、終わったのだと、理解した。
*
時期は丁度おなじ頃、大輔が洗面所で洗顔している時に、母親が洗濯をしにそこへ来た時だった。
顔を拭いている時に母親が。
『大輔ってパッっと見はイケメンだけど、よく見ると、タレ目なのよね。お母さんそこが残念だったと思うわ』
“そこが残念”
この言葉が、このタイミングで言われた事に大輔は。
(そうか、自分は全然イケて無い、ただの“タレ目男”だったんだ)
この失恋と同時に起こったトラウマが、その後の大輔が思い込んでしまう“自信喪失”への始まりだった。
以後、大輔は、自分の容姿に自信が無くなり、周囲からの誉れの言葉も信じなくなり、色々な女子からの告白も全て断る事が始まったのだ。
「こんなオレなんて..」
そのまま中学・高校・大学と、何度かの告白を受けていた大輔だったが、のらりくらりと、断り続けた。
その中で、高校3年の時に出会った由香には、今まで他にない女子の印象があった。
美形なのに男子からの告白を一切受けないその女子に、何か不思議な感覚を埋め込まれていった。
時々学内ですれ違う度に、挨拶から始まり、少しづつ話す様になり、比較的家が近い事もあって、登下校も一緒にする事もあった。時々はお互いの家に行くようになり、お互いの姉と兄が、同級生で、学校でのOBという事も有り、お互いの兄妹と姉弟とも親しくなり、そう言う日々が続くと、由香に感心を抱くようになる。
やがてその感覚は、大輔が卒業が近づくにつれ、心中の奥底に仕舞っておいたほのかな恋心に代わって行った。
*
大学卒業後、幸宏と一緒の会社に入社出来た大輔は、社会人としての新しい生活を始めた。
会社では色々な先輩が指導してくれるのだが、最初は幸宏と共に、一人の指導係の社員に教育係として指導してもらっていたのが、2ヶ月目になると、忙しさのあまり、幸宏とは違う指導係が大輔に就くようになった。
この教育係、出来る社員で、時期主任とも言われている程、業務が出来、人当たりがとても良く、3つ年上の独身ながら、後輩の面倒見も良かった。
良い指導員に当たって良かったと思って居た大輔が、ある週末、その先輩に誘われて、男の夜の店に連れて行ってくれると言うのだ。
今まで付き会った女子と言えば、中学の時に裏切られた女子のみで、体の関係など全く無く終わってしまったので、大輔は22歳にして、いまだに女性を知らなかった。
未経験という事を先輩に伝えると。
「コレからの為に、早めに“筆下ろし”は、しといた方が良い」
と言われ、そう言う店には一度も行った事が無く、また全く経験がない大輔は。
「良いから行くぞ!」
と、半ば 引きずられる様に、夜の店に連れて行かれた。
□ □ □
事の経緯をすべて話し終え、大輔はもう一度由香に話しかける。
「由香。 オレ汚いか?」
「........」
「そうだよな...、他の女性とそう言う事をしてきたオレに、由香と付き合えるなんて、烏滸がましいよな」
「........」
「ごめんな~....、この関係も今日で終わりにするから、今日だけはこのまま送らせてくれよ」
「........」
「でも、なんか、正直に話せて、オレはスッキリしたけど、由香にしてみたら、ショックだよな」
「........」
「由香。今日までありがとな。 交際数日でまさか別れるなんて.....、でも、由香に出会えて、今までの人生で、一番嬉しかったし楽しかったよ、ありがとう。じゃ、送るから」
大輔がエンジンをかけようとした時。
「イヤ!!」
「!」
「イヤだよ...、大輔!」
「な!」
「別れない、わたし大輔とは別れない」
「由香.....」
「だって...だって、大輔は私だけのモノだもん」
瞳に涙を溜め、大輔の両頬を挟んで引き寄せ、由香の方からぶつけるように唇が重なった。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
やっと唇が離れ、ゆっくりと離れ、由香はそのまま大輔の左の肩に頭を乗せた。
「許してくれるのか?」
「許さない!絶対に」
怖い事を言われた。
「じゃあ別れる?」
「イヤ! 別れない」
訳が分からない。
「なら、何でキスした?」
「好きな人以外、キスしない」
じゃあ、好きなのか?
「オレの事好き?」
「世界で一番」
好きじゃん。
「じゃあ、許して」
「だから許さない!」
訳が分からない。
「許して...」
「だから、私と別れるのは、許さない」
納得!
「由香、これから由香を抱きたい」
「.............、い、いい...よ」
かわいい。
「ちょうどいいや、ココでアレ買ってくる」
「え......えっち」
「今からするじゃん」
「大輔の、スケベ」
「由香にだけな?」
「これからは、私だけだよ?」
「一穴主義だから」
「変態な言い方」
「お前だけに、変態したい」
「え?......、う、うん、」
会話の区切りの良い所で、大輔は一度ドラッグストアの店舗に入って行き、目的のものと、飲食物を購入して、ふたたび車内に戻って来た。
「購入してまいりました」
「いちいち言わなくていいの」
恥ずかし気に言う由香。
「オレん家来る?」
「えぇ? それって、大輔と、それをしに行ってる見たいで、恥ずかしいから」
「じゃあ、軽くご飯食べて、“ホ”にしよう」
「そうして」
「じゃ、お互い、家に電話な」
ふたりはそれぞれ家に連絡して、夕飯の支度を断った。
「由香、何食べたい?」
由香が少し考えてから。
「う~ん.....、あ! お好み焼きがいい!」
「お~いいね。久しぶりに、オレも食べたいな。由香。ナイスプレイだ」
「えへへ~...,]
こう言う、庶民染みたところが、大輔も由香を離したくない理由の一つだ。
こうして、二人はまだ月曜日だと言うのに、お好み焼きで腹ごしらえをして、夜遅い帰宅をした。




