第14章 本当に必要なことは
リノとの二日間の王都デートを堪能した翌日、休み明け初日の学園でのこと。
既にこの日の授業は終了しており、放課後の図書室で俺は魔道書漁りに耽っていた。
一冊、また一冊と魔道書を読み上げ、積み上げていく。屋敷で行っている魔法陣解読とは異なり、今回はとある魔術を探しているだけなので必然的に一冊あたりにかかる時間は短くなる。
ほとんど読み飛ばしているようなものとはいえ、繰り返しているうちに徒労感は積もっていく。もっとも、それは目当ての魔術が見つからないというだけでなく、もう一つの原因があるわけだが
「──えぇ、えぇ。そうですとも。私が悪いのですよ。興奮の余り休日であることに気付かず、学園であなたを探して丸二日棒に振ったのは私が悪いのですよ。全て私の過失です。貴方に責任はありませんとも。」
対面、机に突っ伏し恨み言を連ねている女子生徒。図書室であることに配慮し、声量は俺にだけ聞こえるように抑えられているが鬱陶しいことこの上ない
「でもですよ?『また明日』と言った時に間違いを指摘してくれてもいいじゃないですか?もしくは勘違いした私が学園にいるかもしれないと様子見に来て下さるとかね?そういった気遣いが欲しいわけですよ、はい。」
そんな理不尽なことを宣うのは俺の密着取材をしたいと言ったゼシカだ。例の箱状の魔道具を撫でながら、やはり独り言は止まらない
「それから何ですか?こうやって密着取材を開始したというのに貴方と来たらただただ読書を重ねるだけ!いえ、私はただありのままを伝えるだけ。ですがこのまま何も起きなければあなたの印象改善を難しいはずです。そう!今こそ行動を起こすべき、そうは思いませんか!?」
「そのための準備を今しているんだ。退屈なら帰ってくれ。」
この言葉に嘘はない。ただ、準備が整うまでは何かしら行動を起こす気が俺にない以上、彼女にとってはつまらないのだろう
「そうは言いましても、準備というのはいつまでかかるのでしょうか?私の方も期限が無いわけではありません。具体的な予定を教えてくれませんと構成バランスがですね────」
「分かった、教える。だから一度静かにしてくれ。ただでさえ魔道書を読んで疲れてる所にその早口を聞いていると頭がパンクしそうになる。」
「それはそれは失礼しました。──それでは、どうぞ教えてください。」
復学七日目、初日にハーロムと『契約』をし、その期日は三十日。つまり今日を含めてあと二十四日以内には行動を起こすことになる。
ハーロムからの依頼には触れず、そのことをゼシカに伝える
「なるほど…具体的にと要求したのに二十四日以内とは曖昧な返事ですね。…いや、この期日……偶然?それにしては……」
何やら急に一人でブツブツと考え出したので、その間に追加の魔道書を漁りに向かう。読み終えた魔道書を戻し、適当に目星を付けた何冊かを持ち再び席に戻る。
するとゼシカは俺の顔を見てニマニマと笑っていた
「すみませんね…サプライズにしたかったのでしょうけど私ほどの頭脳になると完全に理解してしまいました…まったく、自身の聡明さが恨ましい程です。」
何故だろう、無性に殴りたくなってしまったではないか。
そんな衝動を内に抑え、ドヤ顔をするゼシカを無視して再び魔道書を探る。探しているのは精神干渉系の魔法、あるいは魔術。
レイナの『愛すべき偶像』を無効化するためには、スキルの影響下にある生徒がレイナに対して悪感情を持つ必要がある。
魔道の力で精神干渉し、レイナに対して悪感情を植え付けることが手っ取り早いと考えたものの、中々条件に当てはまるものが見つからない。
ここで俺が求めている条件は
1.悪感情を確実に持たせること
2.俺の少ない魔力量でも扱えること
3.出来れば魔術であること
1、2に関しては必須条件となる。ハーロムから見せてもらった資料では研究会のメンバーは137人。あまりにも多すぎる。
もしも精神干渉が効かなかったり、時間を掛けすぎると流石のローラとレイナも対策を取るに違いない。
そのため、精神干渉は確実に、素早く行わなければならない。
そして3に関しては必須ではないものの、魔法を1から理解するよりも魔法陣を介して魔術として行使する方が習得が断然早いからだ。
特に精神干渉系の魔法は闇属性が多く、俺は闇属性の扱いが苦手であり、魔法の習得は難航することが予想される。魔術であれば習得までに短縮した時間で準備をする猶予が出来るからだ
「──まぁそんな都合のいいものがそうそうあるわけは無いか……」
学園図書室の蔵書数は師匠の屋敷よりも遥かに多い。ここまでに漁った魔道書はその中の千分の一にすら及ばないものの、到底見つかる気がしなかった。
そもそも、1と2の条件が矛盾している。確実に効く、つまりは強力な魔道であれば必然的に初級ではなく中級、上級となる。となれば要求される魔力の量も多くなる。
実際、大規模な精神干渉系の魔術は見つかったものの、魔法陣の術式構造は今の俺では到底理解出来ないほど複雑怪奇であり、魔力の量も馬鹿にならいない。
師匠やハーロムであれば問題なく扱えるだろうが、生徒会に属する二人が公に研究会を潰す動きは出来ない。
そして、学園内で友人と呼べる存在がヴァルコしかいない俺には他に頼れる魔道士の友人は疎か知り合いすらいない。
そう考えると存在するか怪しい魔道を探すのに時間を割くよりも、発想に切り替えた作戦を練る方がよいのかもしれない。
────パシャリ。
魔道書に目を通しながら思案に耽っていれば、以前教室でも耳にした音が鳴る。
顔を上げ、ゼシカの方を見れば例の魔道具を使用したようで、鞄から羊皮紙を取り出し、あの時と同じように魔道具が記録したものを羊皮紙に写す
「出来ればその魔道具を使う時は一声かけて欲しいのだが。」
「どうせ許可なんてくれないのでしょう?それに、こうやって不意打ちでもしないと記録できないものだってあるんですよ。」
記録が羊皮紙に写し終わる。限りなく現実に近い、精巧な絵。師匠の家でも何枚か同じようなものが見つかり、アイリーンに聞いたところ写真と呼ばれているらしい。
そこには魔道書を読みながら険しい表情をした俺が写っている
「ほら見てくださいよこの表情。何を企んでいるのかは知りませんが、こんな難しい顔をしている男ってのは怖がられるものなんですよ!」
「…確かに軽く話しかけられる空気じゃないなこれは。」
魔道書を睨みつけるかのような眼、少し皺を寄せた眉間、1ミリも上がっていない口角。ゼシカの不意打ちによって切り取られたその表情は俺自身、自覚の無かった表情だ
「ハッキリ言いますけど印象なんてのはほとんど見た目で決まるんですよ。普段からこーんな表情してたら印象なんてマイナスになり続ける一方です。もっと柔らかい表情した方がいいですよ。笑顔笑顔!」
「笑顔って言われてもなぁ…」
急な提案に戸惑いながらも、ゼシカが掲げる写真を改めて見る。もしも俺がこんな表情の人間を見かけたのなら、知り合いでもない限りは刺激しないように距離を取るだろう。
そういった考えから、ゼシカの発言には一理ある。
と、ここで一つの疑問が浮かんだ
「ところで、その魔道具って他にも売ってたりするのか?」
「おやおや、この子が気になるんですか?確かにこの魔道具はとても素晴らしいものですけど、失礼ながらジーンくんの経済力では購入するのは難しいと思いますよ。」
「別に買うとはいってないだろ。だけど、その発言だと売ってはいるんだな?」
「えぇ。少し値は張りますけどある程度裕福な家の人間であれば購入は可能でしょう。実際、貴族の間では一時期流行りました。とはいえ、ジーンくんの経済力では購入するのは難しいと思いますけれど、えぇ。」
ゼシカの答えに疑問が大きくなる。レイナはともかく、ローラはアレでも貴族だ。この魔道具があればレイナの姿を写し、その写真を拡散すれば『愛すべき偶像』の影響は学園外にも広まっているはずだ。
レイナの写真一枚でも流出してみろ。
最早『愛すべき偶像』の被害は生徒会ですら把握し切れないものになる。
しかし、実際には学園外で『愛すべき偶像』の被害は確認されてない。
いつの間にか魔道書を捲る俺の手は停止していた。膨らみ続ける疑問を紐解く為にも、俺はゼシカの方に顔を向ける
「なぁゼシカ、突然だがお前の好きなものを教えてくれないか?」
「えっなんですかいきなり気持ち悪い。」
「酷いこと言ってくれるな。ただの世間話だ。」
ゼシカはどこか訝しむような表情をしながらも、直ぐに饒舌に語り出す
「そうですね、私の好きなものと言えばお姉様ですね。美しさと強さを兼ね備えたお身体!練り上げられ、いずれは頂へと至る剣技!どこまでも真っ直ぐに、穢れなき志!完璧で無敵のお姉様に比べたらこの世の全てはカスです!」
カスは言い過ぎではないだろうか。ただの表現にしても、カス側としてはちょっと傷付く
「それで、そのお姉様の良さについて多くの人間に知ってもらおうとするならどうする?」
「それは勿論、お姉様の勇姿を写した写真で記事を作り、王都中に配り歩きますとも!いえ、お姉様の素晴らしさは記事数枚には収まりません!本にします、本に!お姉様について一切余すことなく書き綴った『お姉様大全』を──────」
ゼシカが止まらなくなったので、聞き流しながら思案する。
そう、影響を広げるという上ではゼシカの言ったように写真を利用した広報は非常に効果的なのだ。100人を超える人間が入ればその準備は容易だ。貴族のローラもいれば金銭的な問題も苦にならない。
そうなっていないということは写真では『愛すべき偶像』の影響を拡散することは出来ないと考えていい。恐らく悪感情以外のなんらかの条件があるのだろう。
と、なれば当然それも考慮しながら作戦を練る必要がある。簡単に拡散出来ないというのは条件のデメリットであり、メリットとなる状況も有り得る。
今の俺に本当に必要なことは敵を、『愛すべき偶像』を正しく知ることなのだ
「─────しかしながら本を出版しようとした所、お姉様に止められまして…。お姉様の意思は何よりも優先するもの。だから今回の記事もお姉様についてではなくジーンくんについて書くことにしたのですよ。それにしても何故こんな話に…?あっ、もしかして好きなものをプレゼントして自分に有利な内容の記事を書かせるつもりだったのですね?舐めてもらっちゃあ困りますよジーンくん。私はいつだって清く正しいありのままを記事にしますので。」
殆ど聞き流していたが自己完結したようだ。またゼシカの暴走が始まる前に行動するとしよう。
俺は魔道書を全て書架に戻し、荷物をまとめる
「おや、今日はもうお帰りですか?下校時刻までまだまだ余裕がありますけれども。」
「あぁ、行くところが出来たからな。悪いが一人で行かせてもらうぜ。」
「おやおや怪しいですねぇ。やましい事でもするんですか?ほら白状してください!ヘイ、カモン!」
大袈裟に腕を振り、俺からの回答を待つゼシカ。まぁ行き先自体は隠すことでもないだろう。
俺が向かうのは、恐らく学園で最も『愛すべき偶像』の情報を持つ人間。
それ即ち─────
「生徒会長ハーロム様の所だ。」




