第13章 王都のデート
「奪われたものはもう戻らない…それでも俺は剣を取ると決めたんだ!」
舞台で猛々しく叫ぶ男。泥や血を模した汚れに塗れた鎧は彼の乗り越えてきた────正確には彼が演じている人物が乗り越えてきた死線を物語っている。
『折角王都に来たんだ。王都ならではの場所に行くといい。ジーン、エスコートくらいはしたまえよ?』
と、師匠に言われて渡されたのはとある劇団のチケットだった。王都でも特に人気の高い一座で入手が難しいと学園で小耳に挟んだが、師匠なら造作もないことなのだろう
「くくく…矮小な人間よ。その程度の力では余を超えることは出来ぬ。」
舞台の上ではもう一人の男が嘲笑う。汚れた鎧を纏った男はいかにも兵士といった装いであるのに対し、こちらは貴族が着るような派手な装飾の服で、明らかに戦闘には不向きだと言える。
両者の明らかに不釣り合いな装いには訳がある。今、舞台で行われている劇の内容は【嘆きの英雄と呪い姫】という物語なのだが、数百年前のミラミス大陸で繰り広げられた人類と魔族の戦争を題材としたものである。
舞台上の兵士は物語の主人公であるアラン。それに対して貴族風の男は魔族の将なのだ。場面はアランが少数の仲間と共に魔族の拠点に奇襲を掛け、その末で一騎打ちというところだ。
それにしても、流石は王都一の劇団だ。演技とはいえ、剣の型が堂に入っている。実戦とは少し違う、所謂魅せるための技が多いが日頃から鍛錬しているのであろう。
繰り広げられる剣舞にリノが目を輝かしている。劇場の観客全員が目を惹かれ、息をするのも忘れて見入る。しかし、そんな時間もやがて終わりを迎える
「がっ…馬鹿な…余が人間なぞに……ありえぬ!」
信じられないと恨み言をこぼし、魔族は息絶える───演技をする。アランは剣を掲げて勝鬨を上げる。将を討ったとはいえ、魔族のトップは魔王。これで戦争が終わる訳ではない。それでも、この勝利は当時の人間にとって限りなく大きな一歩となったことだろう。
舞台の雰囲気に飲まれたのか、拍手だけでなく演者と同じように叫んでいる観客もいる。そしてそのまま観客席の興奮が最高潮に達したまま舞台は幕を下ろした。
今日の劇はこれでおしまいだが、【嘆きの英雄と呪い姫】は全四幕構成。今日の少年期は第二幕であり、兵士となったアランが魔族の将を討ち、英雄となるまでを描いている。
アランが愛を知る第三幕の方は恋愛というテーマを中心としているため、恋人と一緒に見るならそっちの方がよいとされている。だが、とても満足したリノの表情を見るに第二幕を選んだ師匠の采配は流石だと言える。それに、正直俺も内心盛り上がっている。
「いや〜良かったね!絵本で読むのとは全く違って、まだドキドキしてるよ〜。」
「あぁ。帰ったら師匠に礼を言わないとな。」
「うんうん!」
さて、劇を見終えたが、まだまだ日は高い。ここからは俺自身が選択しろということだろう。
どこに行くか悩みながら勇者学園という選択肢が浮かんだが、休日で人も少ないだろうし、万が一厄介なやつに出くわした時のことを考えると足が遠のく。時間帯的にもあそこに行くのが良さそうだ
「よしリノ、昼市に行くぞ。」
「お〜!」
元気いっぱいの返事を受けて、俺たちは商業区へと向かうことにした。
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王都の南側、商業区。王都における物流の要となっている。武器防具や冒険道具のようなものは西のギルド区でしか取り扱っていないが、それ以外のものはほとんどこの場所で手に入る。
立派に立ち並ぶ数々の店舗に、路上販売の屋台、荷馬車の隣で客を取る行商人。店頭で客引きをする者に、銅貨一枚単位で値切りをする者、人気商品に群がる民衆…と、一言で言えば騒がしすぎるこの場所こそが王都の繁栄を体現している。
ちょうど昼時で、飲食の屋台が多く出ている。食欲をくすぐる香りが胃袋に直撃する。俺自身、商業区に出向くことは少なく、流行は分からないがその分未知を体験することが楽しみになる
「ジーン、あの店からいい匂いするよ〜。」
「そうだな。行ってみよう。」
リノに腕を引かれてある屋台の前に並ぶ。どうやら匂いの元は巨大な肉の塊のようだ。縦長の直方体の箱は調理道具のようで、中で串に刺さった肉塊が回転している。内壁には発動中の魔法陣がある。解読すれば火属性のようでこの魔術で肉に火を通しているということか。ただの肉ではなく、前もってスパイスで味付けをしているのだろうか、間近で嗅いだ匂いに、溢れる涎を飲み込む。
巨大なナイフで肉を削ぎ、レタスをはじめとしたいくつかの野菜と共に薄く伸ばしたパン生地のようなものに挟む。最後に特製のソースがたっぷりとかけて完成。何もかもが新鮮な光景に止まっていたが、ケバブと書かれた小さな看板を目にする。一つ銅貨五枚、二人分で小銀貨一枚を支払いケバブを受け取る。
屋台から少し離れた場所に移動し、二人でケバブを頂くことにする。
「「いただきます。」」
大きく口を開けて、豪快にケバブにかぶりつく。瞬間、凝縮された辛みが口内を突き抜ける。突然の衝撃に驚くのも束の間、野菜の甘み、それから肉の旨みが優しく辛みを包み込み、調和する。十分に咀嚼し、飲み込む
「美味い…」
元々、ベア村には無い様々な調味料を用いた王都の料理は目新しかったが、このケバブというのは更にふんだんにそれらを使用しているのだろう。
このピリ辛ソース、そして一口大に削がれた肉の味付けはとても濃い。しかし野菜の甘みとパン生地という土台がこの味付けをしつこくなく、いくらでも食べられるように押し上げている。
気が付いた時には既に半分以上を食べていた。理性を保ち、残りの半分をじっくりと味わう。最後の一口を飲み込み、口内と鼻腔で余韻に浸る。時間にして一分程、そうやって立ち尽くした後にリノの方を見れば何やら小刻みに震えていた
「おっいしかった〜〜!」
「同じく。」
満開の笑顔のリノに即座に同意する。一瞬で、体に異変があったのかと思ったが美味しすぎて震えていた居たようだ。いやしかし、分かるぞその気持ちは。このケバブという料理はそれほどに俺たちの胃袋を鷲掴みにした
「もう一個!もう一個食べようよ〜。」
「そうだな。と、言いたいところだが折角だし他の店も回るぞ。」
「え〜!」
「確かに美味しかったがケバブだけで腹を満たすのは勿体ない。目指すは全制覇だ。」
「全制覇…うんっ、そうだね。それじゃあ早速行こうよ!」
全制覇、という言葉に目を輝かせたリノが人混みに突っ込んでいく。俺もリノを見失わないように後を追う。
亜竜の串焼き、白骨魚の唐揚げ、オークのステーキ────その他美味珍味を食べ歩いているうちに昼市が終了し、次々と屋台が撤退する。流石に一日で全制覇とまでは行かなかったものの、リノは十分に堪能してくれたようだ
「少し食べすぎて苦しいな。昼市は終わったが、もう暫くここら辺で休憩するとしよう。」
「う、う〜ん。賛成だよ〜。」
屋台飯というものは初めてだったがどれもこれも美味しかった。全制覇には遠いが、時間の許す限り食べ回った。このまま移動するのは少々苦しいため、どこか休める場所を探せば丁度いいベンチがあった。
二人で移動し、ゆっくりと腰掛ける。既に昼市に出ていた屋台のほとんどは撤収が完了し、先程までと違い静かで落ち着いた時間が流れる。リノと言葉を交わすこともなくリラックスしているとふと、こちらに近付いてくる男がいた。
俺よりも二回りは小さい体格、目を隠す程に伸びた茶髪に絵に描いたような作り笑いを貼り付けた、どうにも胡散臭さが漂う男だった。ただ、両手に持った板の上に並ぶ数十程の未知の木の実、そして恐らくはその値段が書かれている小さな看板から男が売り子であることを知らせている。
木の実の大きさは直径4センチ程で、皮膚の皺のような模様の殻に覆われている。看板によると【ポドリ/ナストの実 1つ銅貨1枚】とのこと。木の実はどれも同じ見た目だが、二種類あるということだろうか
「やぁやぁ坊ちゃん嬢ちゃん。食後に甘いの一つどうですかい?」
男の胡散臭さと、謎の木の実を不審がっていると先に声を掛けられた。やはり、売り子のようだが商品の木の実が分からない
「看板には二つの名前があるが、この中に二種類の木の実があるってことか?」
「おや坊ちゃん、この木の実をご存知でない?もしかして旅人か何かでいらして?」
「いや、そうではないが王都での生活は短い。まだまだ知らないことばかりだ。」
「なるほど。それなら体験するのが早いですよ。さぁさ、おひとついかが?」
商品の説明もないままにズイズイと寄ってくる男。確かに食べて体験するのが早いがどうにもこの男は受け付けない。しかし、隣でリノが興味津々といった様子で、俺が買わなくてもリノが買いそうな勢いだ。ここは諦めて、二人でチャレンジしてみるとしよう
「じゃあ二つ──────」
「ポドリの実とナストの実ってのは王都から近い植物系のダンジョンで手に入る木の実よ。ポドリは甘く、貴族も好んで食べっけどもナストの方は渋くて到底食えたもんじゃねぇ。やめときな、ジーン。」
俺が木の実を買おうとしたまさにその瞬間、背後から腕を掴まれて制止される。そして、聞きなれた声に咄嗟に振り向けばそこにはクロッカスさんが立っていた
「おやおや旦那は物知りのようで。そう、ここにあるは食のギャンブルで有名なポドリの実とナストの実でさぁ。果たしてポドリの実を選べるかどうかってのがあっしの商売でありやす。」
「ハッ!このホラ吹きがよぉ!確かにポドリの実とナストの実は見た目は全く同じよ。だけっども判別する方法くらいいくらでもあらぁ!そんでもってお前さんの売ってるのは全部ナストの実よぉ!全部合わせても小銅貨一枚にもなりゃしねぇ。失せな詐欺師!」
クロッカスさんの言葉に、男は口を歪める。それから舌打ちをして路地裏に消えていった
「危ないところだったなジーン、リノ嬢!」
「よく分からないが騙されるところだった。ありがとうクロッカスさん。」
「さすがクロッカスさん物知り〜。」
「へへ、よせやい。褒めてもこれくらいしか出ねぇよ。」
「出るんだ…」
クロッカスさんが渡してきたのはさっきの男が売っていたものと同じ見た目の木の実だった
「それが本物のポドリの実よぉ!どこでもいいから皺を両側から引っ張れば綺麗に向けるぜぇ。」
言われた通りにすればペリペリと、堅い殻がいとも簡単に破けて、黄緑色の果肉が出てくる。そのまま一口で口に含み、噛んでみれば口の中で甘みが爆発した
「甘っ……!」
「甘〜〜い!」
さっきまで塩っけのある料理ばかり食べていたこともあり、甘味を求めていた舌に染み渡る。十分に咀嚼し、口腔全体で堪能し尽くしてから飲み込む
「ごちそうさまクロッカスさん。」
「ごちそうさま〜」
「美味かったろう?ポドリの実は希少でよぉ。ギルドでは常に納品依頼があって、貴族共の茶会でもよく扱われる品物だぁ。」
ナストの実という偽物があることも価値を高める要因となっているのだろう
「そんで、さっきみたいに何も知らねぇ余所者にギャンブルなんて宣って売りつける奴が居るのよぉ。ちなみにこっちがナストの実だ。」
さっきくすねた、と笑いながらナストの実を1つ渡してくるクロッカスさん。何かしら判別する方法があるようだが、俺の目にはやはり違いが分からなかった。
ポドリの実と同様に皺を引っ張れば皮がむけ、黄緑の果肉が出てくる。恐る恐る口に含んでやれば、強烈な渋味に顔が引き攣る
「面白い顔〜!」
そんな俺の顔を覗き込み、リノが笑う。最低限の咀嚼で喉の奥に流し込むが、下の上には渋味と苦味の混じりあった───最悪の余韻が残っていた
「確かにこれは…値段がつかないな。」
「だろぅ?ダンジョンで見つけても食べるんじゃねぇぞ?見分け方はちょいとコツがあっが、あの赤髪の嬢ちゃんなら知ってんだろ。」
「確かに師匠なら知ってるだろうな。機があったら聞いてみる。」
「じゃあ俺はまだ仕事があっからよぉ。じゃあな、ジーン、リノ嬢!」
ワシワシと俺らの頭を撫でて、クロッカスさんが立ち去っていく。その背中を見送りながら、俺はとあることを考えていた。
ポドリの実とナストの実。王都で出会った二つの木の実。その性質に何かが引っかかるような気がしていた。
長らく投稿期間が空き、申し訳ございません。一段落ついたものの、今後もしばらく不定期更新が続くかと思われます。




