第12章 剣と恋路とデートと
王都東区。冒険者ギルドを中心に酒場や賭場と娯楽の多い繁華街となっている。
日々モンスターを狩り生計を立てている冒険者たちで賑わい、宴は夜更けまで続く。
そんな喧騒から離れた東区の外れ、西区の中でも珍しく人気のないその場所に女が立っていた。
広く、均一に刈り揃えられた草っ原の上で彼女は両手剣を大上段に構えたまま静止していた。
どこまでも深く、全てを飲み込むような黒。
ひたすらに眩く、全てを拒絶するような白。
その二つがせめぎ合い、塗りつぶし、入れ替わり、剣身は絶えずその様相を変化させている。
その様子からこの剣自体が一つの生命体─────そう捉えた者には剣から鼓動すら感じられるだろう。
そんな黒白の歪な両手剣を構え続け、彼女は待っていた。指一本、それどころか瞬き一つせずに彼女の時は完全に停止していた。
眼前、最奥に広がる朝焼けは時間と共にその勢力を広げる。それと同時に、僅かに姿を見せた太陽が瞬く間に大地の薄闇を取り払っていく。
地平線の彼方からの陽光の侵攻は王都を囲う城壁に達し、乗り越え、次々と影の居場所を奪い続け、彼女の立つ草っ原、否、庭の縁に辿り着き、彼女に迫る。
陽光が彼女の元を通り過ぎるその刹那、両手剣が黒一色に染まり彼女の時が再始動した。
一閃。大上段の構えからの何の捻りもない一振。
一見すれば、というよりどう見てもただの素振りにしか見えないその動作。褒めるところがあればその構えは美しく、基礎の基礎を完璧にこなした、お手本と呼ぶに相応しい一振だったに違いない。
しかし、その一振は断じて素振りなどではない。彼女は間違いなく斬ってみせたのだ。
──────陽光が彼女の目の前で止まっていた。
王都全域を優しく包み込むはずの陽光はあろうことか東区の外れで止められ、彼女の背後の影を取り払うことが出来ないでいた
「流石はお姉様!実に見事な剣術でして不肖このゼシカ、歴史に残る一閃を一切合切見逃さずに記録いたしました。つきましては大陸中にお姉様の素晴らしさを拡散させようと思いますので一筆したためる許可を貰いたいのでしょうがいかがでしょうか!?」
まくし立てるような口上で静寂を突き破り、鬱陶しいと言える踊りと共に一人の人物が現れ、彼女の傍に近寄る。
クセの有無の違いはあれど、二人の髪の色は同じブロンドであり、仕草や表情で雰囲気は違うが目鼻立ちも似通って見える。
お姉様という言葉をそのままに受け取るのなら二人は姉妹、そうでなくても近しい血縁関係であることがその容姿から窺える。
お姉様と呼ばれた彼女は近寄って来た人物の唇に指を当てて言葉の続きを止める
「ゼシカ、こんなに早い時間にそう騒いでいては近隣の者たちの迷惑になるといつも言っているだろう。」
「近隣と言われましてもエスパーダ家の土地が広すぎて最寄りの民家まで声が聞こえる可能性は皆無でして───────」
「それでもだ。それに、屋敷の母上の迷惑にもなるかもしれない。いい加減に反省するように。それから、私の写真は他者に見せないようにしろ。」
強い口調で窘められ、ゼシカは見て分かるように落ち込む
「…そろそろ限界か。やはり私はまだまだ先代には及ばないようだ。」
そんな憂うような言葉と同時に陽光が本来の在り方を思い出したかのように動き出す。
『剣聖』に止められた分を取り戻すように急激な加速を果たし王都を通過していった。
その様子を見届け、二人は一緒に歩きだす
「うー、相変わらずお姉様は固すぎます。」
「己を律し、いついかなる時も真っ直ぐあれ。それが王国の剣である私の在るべき姿。」
『剣聖』アンジェリカ・エスパーダは確かな意志を持って言葉を紡ぐ。その姿にゼシカは一瞬、悲しげな目をするがすぐに元の明るい調子を取り戻す
「そんな様子ですと彼氏なんて一生出来ませんよ。私とそっくりの綺麗な顔立ちですのに…お家存続の危機に……なーんちゃって。」
そう軽口を叩くがアンジェリカの表情は変わらない
「確かに跡継ぎも国の為に必要。いつの日か私も殿方と特別な関係となる日が来るであろう。だが、私はまだ道半ば。『剣聖』の役目のために精進しなければならない。」
だからこそ、彼女は強さを求める。王国を、民を、敵から、災いから守るために
「故に私に色恋など不要。」
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「ぶへっくしょん!!」
部屋中に響くほど大きなくしゃみと共に目を覚ます。体を起こせば妙に寒さを感じる。
気温がいつもより寒いのかと思っていると、自分が一切の服を脱いでいることに気付いた。
夏を迎える前の今の明け方は流石に堪える。衣服を探せばベッドのすぐ隣に乱雑に俺の服が置かれていた
「うーん、何故俺は裸に…昨晩の記憶がない。」
寝起きということもあり、思い出そうにも思い出せない。とにかく、服を着直すが、すっかり冷えた体をすぐには暖めてくれはしない
「眠気覚ましも兼ねて走りに行くか。」
そのまま部屋を出ていき、庭に出るため玄関へと向かう。
────ベッドにいた誰かさんに気付くことなく。
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寒風に当たりながらも、体が十分に温まるまで走った後、朝食の時間を見越して食堂へと向かう。
既に師匠は席につき、アイリーンが料理を並べ始めていた
「おはようジーン。」
「おはようございます。」
「おはよう二人とも。」
朝の挨拶を交わし、俺も席につく。師匠と軽い談笑を交わしているとしばらくしてベルとリノがアイリーンに連れてこられる。二人に向けて挨拶をするとベルはいつも通りたどたどしい口調で返事をしてくれたがリノは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そんなリノの反応に疑問を抱きながらも朝食が始まる
「ジーン、この二日は鍛錬の時間を減らすからリノに王都を案内するといい。」
途中、師匠がそんな提案を切り出した。
「嬉しい話だが…師匠も着いてきてくれるのか?俺もあんまり王都のこと知らないぞ。」
「いや、すまないが私も用事があって手が離せないのさ。アイリーンはベルの教育。二人きりだ。」
「ふ、二人っきり…いや、今はちょっと……」
妙なところに反応するリノ。村にいた頃は二人きりでよく行動したところだが…
「どこに何の施設があるかは前に説明しただろう?ついでにジーンも楽しんでくるといい。」
「そうか。それじゃありがたく。リノはそれでいいか?」
「えっ?いや、うん。べ、別に大丈夫。楽しみだよ〜。」
やはり様子がおかしい。これはいつも何かをやらかして隠す時のリノの反応だ。訝しむように見つめるが全く目を合わせる気配がない
「…何か隠してるだろ。」
「な、何も隠してないよ〜。」
凄まじい速さで目が泳いでいる。まさか酔って何かを壊したとかか?昨晩のリノの酔いっぷりから有り得ない話ではない
「買い物中にじっくり聞くからな…。」
「あぅ……意地悪〜。」
もし何かを壊したというなら俺からも師匠に謝るとしよう。それから、リノには二度と酒を飲ませない。
…なんだか今のフレーズに覚えがあるような気がする。思い出せないが昨晩にも同じことを考えたのだろうか。
思い出そうとするがやはり記憶が混濁し、思い出すことは叶わない。そして朝食を終え、部屋に戻り出掛ける準備をする。
そういえば村にいた頃はあまり意識していなかったがこれがデートってやつか。嬉しさからか、無意識のうちに口角が上がっていた。
リノは何か問題を抱えているかもしれないが、折角のデート、楽しむとしよう。
相変わらず時間の確保が難しく、更新頻度がアレで今更気付きましたが投稿を開始してから一年が計画していました。
当時、謎の勢いで始めたのが意外と楽しく、今日まで続いてきました。時間の確保が難しく、投稿頻度はこれから更に怪しくなるとは思います。ですが、皆様に面白いと思ってもらえる作品が書けるように頑張っていこうと思います。
これからも下剋上戦士をよろしくお願いします。m(*_ _)m




