4章 生徒会長
突如として耳奥に響く乾いた音に驚き、瞬きを数度繰り返す。ぼやける視界が瞬きの度に定まっていくと、目の前に俺を睨みつけている女子生徒の姿が見える。クセが一切無い真っ直ぐなブロンドの髪は腰の近くまで伸び、整った顔立ちに凛々しさを感じさせる目を持つ女子生徒は異性よりも同性に人気がありそうな印象を与えられる。というか、女子用の制服を来ていなければ髪の長い男と間違えていたかもしれない。
左頬から奥歯の方にまで残る鈍い痛みから、眼前の女子生徒に平手打ちをされたのだろう。というか何故かは分からないが俺はどうやら気絶していたようだ。
そして今は椅子に座らされている。自分が何故気絶していたのか、ここは何処なのか、そして目の前の女子生徒は何者なのか。混濁する頭に次々と疑問が浮かぶ。
周囲を見渡し確認するとどこかの室内のようだ。広さは師匠の屋敷の俺やベルの部屋と同じくらいか。本棚がいくつかあるが書斎と呼べるほどではない。並べられている机やソファーから応接室と言ったところか。丁度背後に出入口と思われる扉がある。
他には何かないか、と思っていると女子生徒が俺に背を向け部屋の隅の方に移動する。その時、今まで女子生徒が邪魔で見えなかったが、もう一人部屋の中にいたことに気付いた。
俺の正面、格調高い机の奥には椅子に座り、俺の事を眺めている男子生徒がいる。
小さく縁のない丸眼鏡をかけ、銀髪を左右に分けた男だ。柔らかい雰囲気のその顔に見覚えがある。
一度目は入学式、二度目は同日の決闘で実況席に居たと記憶にある。
3と描かれた腕章をつけたイーロタニア勇者学園生徒会長、『賢者』のハーロムだ
「初めましてジーン君。一応、僕が誰だか分かりますよね?」
さて、名指しと来たか。もう嫌な予感しかしない
「勿論知ってる……ます。ハーロム生徒会長殿ですよね?」
思わずタメ口になってしまったが例の女子生徒にただならぬ剣幕で睨まれたので敬語に切り替える。先輩後輩やら、上下関係にうるさいと見た
「ははは、無理に敬語を使わなくてもいいですよ。歳一つなんて誤差みたいなものですし。呼び方もそんな堅苦しくなくて大丈夫です。」
「…じゃあそうさせてもらうぜ会長さん。」
女子生徒が一瞬、人を殺す直前のような眼光を放っていたがハーロムが許可したこともあってか引き下がってくれた
「それで、俺に何の用だ?気絶したところを介抱してもらったって感じじゃなさそうだが。」
「それはすみませんね。奴らに先を越させる訳にはいかなく、こうして半ば強引にこの場に連れてこさせました。」
奴ら? 先を越させる?
前半、何を言ってるか分からなかったが、徐々に頭の中が澄んできた。俺は気絶していた訳だが、恐らくは正門で会った男に攻撃されたというわけだ。
『人間作家』を持ってしても回避不能、流石は上位九名ということか。
今頃気付いたがハーロムだけでなく、女子生徒も腕章を付けている。その数字は4。
師匠、ハーロム、女子生徒、そして正門の男。これで上位九名の内半数近くに会ったということになる
「今日、君にする話は二つ。申し訳ないですが最初の授業には欠席してもらうことになりますかねぇ?」
「断ると言ったら?」
俺の言葉に、再び女子生徒が鬼の形相を向ける。が、ハーロムは変わらず柔和な笑みを浮かべている。
生徒会長直々に、名指しで、話がある。
間違いなく面倒事だ。俺の目的はただただ強くなること。変なことに巻き込まれるのはごめんだ
「そうですよね。いきなり気絶させられ拉致されて、授業を休めだなんて驚きますよね。それでしたら後ろの扉から出て、教室に向かうといいでしょう。」
引き止められるかと思ったがこの対応は予想外だ。こうなると、話の内容が気になるところだが帰らせてもらうことにるする
「じゃあ授業に行くぜ。休んでた分、少しでも取り戻したいからな。」
椅子から立ち上がり、ハーロム達に背を向けて扉の方に進む。扉の前にたどり着き、その取手を握る。
そしてそのまま扉を開けようと取手を回した瞬間、手に確かに感じていた取手の感覚が消滅した。
そして、目の前にあったハズの扉はいつの間にやら少し離れた場所に見え、隣にはさっきまで座っていた椅子がある。
不可解な現状に一瞬、思考が停止する。もう一度扉に近付くと、次は取手を取ろうとする腕が空を切る
「出られるのでしたら、の話ですけどね。」
意地の悪いハーロムの言葉に振り向くが、当の本人は座ったままで、何もしていない様子だ。
だが、4の腕章をつけた女子生徒はどこから取り出したのか、一振の剣が握られていた。
星一つない夜空を切り抜いたかのような、どこまでも深い黒の剣身は女子生徒の背の丈よりも長い。緩やかな曲線を描き、切っ先は鋭く尖った片刃の両手剣だ。
そして何より、俺の注意を引いたのは黒剣そのものから放たれる魔力だ。黒剣自体が俺よりもはるかに多い魔力を所有している。
こんな剣は見たことがない。異質なそれを今はただ、脅威としてしか捉えることが出来ない。さっきからの現象もあの黒剣を使って女子生徒が起こしてるに違いない
「分かった、話を聞くぜ。」
得体の知れない黒剣もそうだが、これ以上彼女を怒らせない方が良さそうだ。あの黒剣で何をしてるのかは知らないが、いい加減にしないとバッサリ切り捨てられてもおかしくない剣幕だ。
観念し、椅子に座り直すせば緊張した雰囲気が弛んだのを感じる。見てみれば女子生徒の持っていた黒剣は最初と同じく、どこにしまったのかも分からず既に彼女の手の内から消えていた。後で師匠に聞くとしよう。同じ上位九名なら何か知っているに違いない
「ありがとうございます。では、あまり時間を取らせるのも申し訳ないので早速一つ目と行かせてもらいますね。」
申し訳ないならそこの女を説得して帰らせて欲しい…なんて思ったのがバレたのか、睨みつけられる。だがそんな彼女を窘めることなくハーロムは話を続けるようだ。机から数枚の資料を取り出す
「一年生Cランクの『戦士』、出身はベア村。取得科目は実技と座学、剣術主体ながらも魔道も数科目受けている。いくつか悪評が流れていましたが、授業態度は真面目であり、そして座学に対する高い理解力が評価されてますね。」
読み上げるのは俺の情報。俺の個人情報から入学試験、そして約一ヶ月の学園生活について事細かに調べあげたようだ
「そして先月、地下ダンジョンでの演習で問題を起こし停学、本日復学…と。ここまで間違いは無いですね?」
「問題ない。」
「では演習での問題行為について確認しますね。」
と、ここで気付いた。俺の『人間作家』を秘匿するためにコボルト・キングの出現は隠蔽され、その分埋め合わせの嘘が盛り込まれているはずだ。師匠から内容を聞いてないので確認出来るのはラッキーだったかもしれない
「君は授業方針として禁止されている二層へ同じく班員であるローラ・ギネス、レイナと共に立ち入り───────」
正確には勝手に突撃した二人の後をつけていただが、間違いではない。と、なればここから改変された内容か
「上記二名に対し猥褻的な行動を取ろうとしていた。と、資料には書いてありますね。」
「はあああああぁぁぁ!?」
驚きのあまり、勢いよく立ち上がってしまった
「おや、どこか間違いがありましたか?。」
「間違いも何も───」
いやしかし真実を話してもよいのだろうか。下手にコボルト・キングが出ました、なんて言えばCランクで『戦士』の俺が生きてるわけないと調査が入る可能性がある。それでもしも『人間作家』がバレれば俺の命が危うい。それに、それを秘匿しようとした学園長にも飛び火するだろう。
ここは黙っておくのが賢明か…?いや、それでも犯罪者扱いは……
道理で今朝、生徒たちから汚物を見る目で見られてたって訳か。思い返せば視線の主は殆どが女子のものだった。もっといい誤魔化し方があっただろうが…
「間違いも何も…何ですか?」
俺が言葉の続きを発せずにいるとハーロムが切り込んでくる
「い、いやなんでも……ない……っ!」
認めたくない。絶対に認めたくない。何が悲しくて頭のイカれたあいつらを襲った変態として学園生活を送らなければならないのか
「情報に間違いは…ない!」
半ばヤケになりながらも言い切る。疑惑の眼差しを向けられるが押し通る。俺が洩らさなければ事実は隠されたまま。命には代えられない
「そうですか。まぁ何かしら隠蔽があったようですし、そこは僕達が踏み込むべきではありませんので。……そんな悲しい顔をしないでください。」
嗚呼…どうしてこんな目に…いや、もしかしたらこれはまだ始まりに過ぎないのかもしれない。あの二人に巻き込まれて、果たして俺は無事に卒業出来るのだろうか。
一つの悲惨な末路を思い描いてしまい、無意識のうちに頬を涙が伝った
「…もう一度確認しますが間違いは───」
「ない!俺が変態で変態が俺だ!」
「そう…ですか……」
ちくしょう涙が止まらねぇ!
唯一の救いはハーロムが事情があるのを察してくれたのか、優しい眼差しを向けてくれてることだ。
…そこの女は今日一番のゴミを見る目をしているが
「…安心してください。人の話題なんて直ぐに次の話題に飲み込まれ、忘れ去られてしまうものです。」
「会長…!」
この人はなんていい人なんだろうか。さっきまで面倒事になりそうだと思っていたが本気で俺の事を心配してくれてるのかもしれない。
疑ってた自分が馬鹿馬鹿しい。一位と二位を差し置いて生徒会長をやっているんだ。この人徳の高さも納得出来る。俺はこの人についていこう
「一つ目はこれで終わりです。大変でしょうが、頑張ってください。微力ながら僕も助力しましょう。」
「ありがとうございます。」
思わず敬語が出てしまった。だが、これでいい。ハーロム生徒会長は尊敬できる人だ。ベア村村長のトーマスさんといい、やはり人の上に立つ人はひと味違う
「では二つ目に入りましょう。君は確かどの研究会にも所属してなかったですね?」
「えぇその通りです。」
「それは良かった。やはり、君ほど適任な人は他にいないでしょう。」
適任?まさかとは思うが俺を生徒会に招いてくれるのだろうか。ありえない話だが、もしそうであれば俺はこの人のために誠心誠意で働こ────
「一つ、邪魔な研究会があるので潰してください。」
「え?」
「邪魔な研究会があるので潰してください。」
……………え?




