5章 『契約』
表情も、口調も一切変わっていない。さも当たり前かのように放たれたその言葉に、先程まで感じていた敬意は俺の心から姿を消し、警戒心を強く植え付けた
「…色々疑問が浮かぶ話だな。」
「おや、元の口調に戻りましたね。まぁ使わなくてもいいと言ったのは僕ですが。君の言う通り、不可解な話でしょう。」
「生徒会長様が研究会を潰して欲しいなんて冗談か何かと思ってしまうな。」
研究会は生徒の自主性に基づきグループを作り活動している。それに外から───学園や生徒会から干渉することは本来許されないはずだ
「僕ほどの立場になるとそうそう冗談を言ってはいけないのですよ。───真に受ける生徒がいないとは限りませんので。」
「それはそれは大変な御身分で。」
俺たちは互いに言葉を交わすのは初めてだ。互いに人となりを把握してる訳でなければ冗談を言う仲でもない。
ゆっくりとハーロムの言葉を吟味し、腹を探る
「どう考えても汚れ仕事…だよな。生徒会として干渉も出来なければ、他の研究会に協力を申請する訳にもいかない。」
「その通りです。下手に遺恨を残す訳にはいきませんしね。ですがジーン君。君を利用する理由は他にもいくつかあるのですよ。」
だろうな。少なくともこれだけなら生徒会と研究会に所属してない生徒であれば全員が対象になる。さっき研究会に所属してない俺を適任と言ったが、それでもまだ他に候補者は残る。
その中で一年生でCランクにすぎない俺に話を持ってくるのはおかしい。ハーロムの言う通り、他にも理由があるはずだ。
黙り込んで思考を巡らせる。
問題行為に対する処罰───これは学園側から既に停学処分とされている。生徒会側からどうこうしようにも強制力はない。
師匠の関与───十分にありえる。そもそも正門で一緒にいたのに俺を守らなかったのだ。生徒会の関わりがあると考えて自然だろう。だが確信には至らない。
他にもいくつか可能性を考えるが何分、情報が少なすぎる。まず研究会の名前すら知らない状態で核心に迫るのは不可能だ。観念して教えてもらうとしよう
「分からん。どうして俺に話をする?」
「そうですね…まず件の研究会のことから話しましょう。」
ハーロムの机から数枚の資料が飛んでくる。魔力が込められ、重力を無視して手元にまで飛んできた。
何かと便利な『浮遊』の魔法だ
「まずはそれらの資料に軽く目を通してください。」
ハーロムに促されて資料に目を落とす。あまり時間を掛けたくないのでハーロムの言う通り軽く、流し見をしようとする。だが、俺の視線は一行目に釘付けとなり、先に読み進めることが出来なくなった。
一枚目の資料、その冒頭部分に書かれていたことは
「『レイナたんを崇める会』……???」
背中に嫌な汗が流れるのを感じる。あぁ、やはり俺は無事に卒業できないのかもしれない。いや、まだ諦めるには早い。もしかしたら同じ名前の違う生徒かもしれない。イーロタニアに在籍する生徒は五百人超。家門名が書かれていないだけで俺の知っているレイナとは関係がないかもしれない。
淡い希望を抱き、縋るように改めて資料に目を通す。だが、そんな希望は残酷にも二行目で踏みにじられてしまった。
─────代表 一年生 ローラ・ギネス
「君が停学処分を食らう前、つまりは地下ダンジョンでの演習授業の前からギネス嬢は研究会の設立申請を出していました。設立条件である【四名以上の入会】を満たしていなかったので当時は設立を認めていませんでした。」
資料を読めば確かに設立日は演習授業より後、正確には一週間後とある。つまりはまだ設立してから二週間やそこらといったところだ。
しかしそれでは明らかにおかしいことがある
「入会者が多すぎる。記載ミスでもしたのか?」
「いえ、資料の正確さは僕が保証しましょう。少なくとも昨日までの情報は間違いなく記載されています。今日になって増えたのか減ったのかは把握しかねますが。」
減ることはないでしょうね。と小さくため息を吐くハーロム。資料に書かれている入会者は137名。設立から二週間程度でこれだけの規模になるのは普通に考えても異常だろう
「入会者は全員が一年生。既に八割近くの一年生がギネス嬢率いる研究会に所属しています。」
「一体どうやって短期間でそこまで巨大化した?尋常なやり方ではそうはならんと思うが。」
全員が一年生、というのも少し引っかかる
「それを説明するにはもう一人の中心人物、レイナさんについて触れなければいけません。」
「一応聞くが俺の知っているレイナと同一人物だな?」
「一年生Eランク『僧侶』であり、ギネス嬢と君と共に演習授業でパーティを組んだレイナさんを言っているのでしたらその通りです。」
Eランクという話は初めて聞きたが間違いないようだ。ローラにレイナ、二人の騒動に再び俺は巻き込まれようとしている。何とかして引き返したいところだが…
そんな思惑の俺を差し置きハーロムが話を続ける
「彼女の持つユニークスキル、『愛すべき偶像』によって他者には彼女が狂おしいほど愛しくなります。彼女のこととなると理性を失い、全てを肯定してしまう。有り体に言えば彼女に性別に関わらず惚れてしまう訳ですね。そんな洗脳紛いの能力で瞬く間に勢力が拡大していきました。」
理性を失う…そういや以前ローラはレイナに対して甘やかしていた気がするな。度の過ぎた友愛故の行いかと思っていたがレイナにそんなスキルがあったとなれば納得がいく
「そんな能力なら俺にも影響が出てそうだな。レイナとは数度接触があったが俺はあいつに対して愛おしいなんて感情は抱いてない。寧ろその逆だ。」
「おや、そうなのですか。スキルが無いにしても、彼女の容姿は可愛らしい方だと思うのですが。」
「顔は、な。」
それ以外が話にならない。レイナはその容姿と強力な支援魔法は優れたものだ。ただ、性格と行動が全てをダメにしている。そしてこれは錬金術の才に秀で、高い魔力を持っているローラにも同じことが言える
「何にせよ俺にはレイナのスキルが効いてないって認識でいいのか?」
「はい。既に『愛すべき偶像』を無効化する条件は判明しています。いち早く異変に気付いた生徒会の仲間が無効化条件を共有してくださったお陰で二、三年生には魅了される生徒はいませんでした。そして偶然にも、ジーン君はその条件を満たしていたのですよ。」
「なるほど、それでその条件ってのは?」
「『愛すべき偶像』所持者に対する悪感情です。」
なるほど、道理で。そう思った
「ジーン君とレイナさんの初対面はどのようなものでしたか?」
「アイツが俺の昼食強奪した。確かにその時、俺はアイツに対してあまりよくない感情を抱いていたな。」
幸運にもそのお陰で『愛すべき偶像』の効果から逃れられた、ということか。
…いや、アイツに絡まれた時点で幸運じゃないな
「無効化する条件を知っているとはいえ、よく知らない相手に悪感情を抱くというのは簡単ではありません。ふとした事で悪感情を失えば、直ぐに『愛すべき偶像』に囚われてしまいます。」
「それに対して、俺は既に十分すぎるほどレイナを嫌っている。これが俺を選んだ理由か。」
正解です。と言うかのように笑顔で頷く。それから人差し指を立て、加えるように話す
「そして何よりも、君がストリーガ嬢の関係者だからですよ。」
瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われる。ハーロムは依然変わらず笑みを浮かべている。それにも関わらず、憎しみ、恨み、怒り、嫉妬───言葉では言い表せないほどの負の感情が混ざりあったような雰囲気、肌を刺すようなそれに反射的に後ろに飛び退く
「ハハハ、すみません。兎にも角にも、あのストリーガ嬢の関係者────期待してますよ。」
既にハーロムは元の調子に戻っていた。だが、警戒心から再び席につこうという気にはなれなかった
「最近では学園外でも活動…もはや悪質な宗教勧誘のような活動に苦情がいくつも来てましてね。これ以上は見過ごせない、ということです。」
「なるほど、状況は理解した。だが、期待してると言われても俺の手に余る問題だ。そもそも、その頼みを受ける理由もない。」
学園外でも、といってもさすがに師匠の屋敷にいるアイリーンやベルにまで及ばないだろう。王都に来たばかりに近い俺は友人すらいない。冷酷に思われるかもしれないが俺がわざわざ行動を起こす義理はない
「話は終わりだな、帰らせてくれ。」
「演習授業では何かが揉み消された。」
話を切り上げ、帰ろうとする意思を見せるがハーロムの言葉が遮る
「僕の勘に過ぎませんが、あの日、もっと大きな事件が起きていたのではないですか?」
「……さぁな。」
「ほんの興味ついでにですね、僕もあの日、地下ダンジョンに向かったのですよ。するとどうでしょう、第二層ではディーラ先生がコボルト・キングの死体を焼き尽くす瞬間だったのですよ。」
不味いな、この男どこまで知っている?
「はてさてどうして第二層にいるはずのないコボルト・キングをディーラ先生が処分しているのでしょうか…あの日、第二層に立ち入った生徒に問い質せば何か分かるかもしれませんねぇ?」
「…………」
こいつ、ほとんど確信してるな。
あの日、箝口令を出されたのは俺、ローラ、レイナ、そしてコボルト・キングを存在進化させる原因を作った男子三人だ。ハーロムが接触する前に全員に釘を刺すのは不可能に近い。生徒会長ともなれば信用して誰かが洩らす可能性がある。
別にそこまでされたところで他五人は『人間作家』のことを知らない。出てくる情報は「第二層にコボルト・キングが出現した」程度だろう。
─────そこでこの男が満足するとは思えない。
コボルト・キングの出現程度のことを隠蔽することに疑問を抱き、更に詮索を仕掛けてくる可能性が大きい
「俺を心配するフリをしてたって訳か…」
「さて、なんのことやら。それで引き受けてくれますよね?」
万が一『人間作家』がバレたら国に処分されかねない。それに、隠蔽がバレたのも俺が最初の質問で動揺してしまったからに他ならない。諦めよう
「分かった。ただし、これ以上詮索はするな、それが条件だ。」
「ありがとうございます。ではエスパーダ嬢、お願いします。」
エスパーダと呼ばれた女子生徒が前に進み、手をかざす。すると俺とハーロムの間に一つの魔法陣が浮かび上がる。属性を表す中央の図形は正円。無属性の魔術だ。そして魔術の種類を決める最も中央に近い呪文は本の中でとはいえ見たことがある。そして詳細を決める他の呪文が三文
「『契約』か。内容は…」
「ジーン君に対しては研究会の解散、もしくは規模の大幅縮小。僕に対しては演習授業に対する詮索を止めることですね。ジーンくんの期限は三十日、僕は無期限です。」
呪文を読めば内容に間違いはないようだ。
『契約』は魔力を流した人物間に発動する魔術。発動した術者は『契約』の内容を違えば罰則を受けることとなる。まだ、どちらかが破った時点でもう一人の『契約』は無効となる
「罰則は一日の隷属か。」
正直俺にとって不利と言えるだろう。『契約』を完遂出来なければ罰則を受けるだけでなく、詮索を止める手立てもなくなる。しかし、完遂さえ出来ればハーロムの『契約』は無期限。安心を勝ち取ることは出来る。
リターンに対してリスクが大きすぎるが、仕方ないと諦めることにする
「魔法陣の解読も問題なく出来るようですね。流石は…」
最後、口に出さなかった言葉は想像するに易い。
『契約』の魔法陣に互いに手を伸ばし、魔力を流し込む。瞬間、魔法陣から光が迸り、熱の奔流が腕を遡り、心臓に到達。熱が溶け込むような感覚を数秒味わう。これで『契約』は発動した
「私から一つ言っておく。アンジェリカ・エスパーダの名のもとに交わした『契約』。万一にも不正に解除しようものなら例えハーロム、お前であっても斬り捨てる。そのことだけは努努忘れるな。」
そう告げるアンジェリカ・エスパーダの目は強く、どこまでも真っ直ぐだった。その力強さに思わず一歩下がってしまうがハーロムは毅然と受け止める
「はい。これで話はおしまいです。もう行ってもいいですよ。」
その言葉に、俺は何も言わず振り返り扉へと向かう。伸ばした手は今度こそ取手を掴み、開くことに成功する
「では、期待してますよ。」
部屋を出ていく直前、ハーロムからそう声を掛けられるがやはり返事はしない。どうせまた笑みを顔に貼り付けているのだろう。
廊下に出て、扉を閉めたところで最初の授業の終了を告げる鐘が鳴り響く。ひと月ぶりの授業日程を思い返し、次の教室はどこであったか考える。
それにしてもハーロム、生徒会長とだけあって厄介な男だ。俺を師匠の関係者だと言ったときに発したあの雰囲気。過去に俺は師匠に白鹿、そしてオセロに対峙した際、その圧倒的な魔力に呑まれた経験があるがそれらとは別物だ。全く得体の知れない何か、それをあの男に感じた。
深く関わるのは得策ではない。この件が片付き次第距離を取ろう。
それから次の授業科目を思い出し、指定の教室へと歩き出した。
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客人…と言っても強引に招いた者ではあるが、彼が帰り生徒会室には二人の男女が残された。
男が窓を見れば実技科目の授業を終えたらしき生徒たちが校舎に戻ってくる姿が見られた。内容までは聞き取れないにせよ、友人同士で談笑する声が生徒会室にまで届く。しかし、反対に生徒会室には沈黙だけが残されていた
「本当にあの男に出来ると思っているのか?」
沈黙を先に破ったのは女の方だった
「ライザ・ストリーガの関係者とは言え、彼にはライザ・ストリーガほどの力も異質さも感じなかった。私には到底不可能に思える。」
そう女が話せば男は窓の景色から目を離し、女の方へと向き直る
「いえ、彼は『戦士』としては十分に異質な存在ですよ。まだ実力はないにしても、ストリーガ嬢の腕にかかれば大きく化ける──そう僕は睨んでいます。」
それは過大評価でも過小評価でもない、この学園のナンバー2であるライザ・ストリーガに対する一種の信頼から発せられた本音だ
「ですがまだ雛鳥に過ぎません。彼は必死に駆けずり回り、藻掻き、最後は己の無力さを恨み沈むことでしょう。」
この言葉も紛うことなき本音。男にとってジーンの存在など有象無象と何ら変わらない。
少なくとも今は、まだ
「さしずめ彼はお前の手の平で踊る存在ということか。だが、非力なものであろうと追い込まれた時に何をするかは誰にも分からぬものだ。精々足元をすくわれないといいな。」
「おや、先程到底不可能と言ってましたのに前言撤回ですか。」
「お前の姿勢が気に食わないだけだ。彼が勝利する方が私にとっては気持ちがいい。」
「貴女が感情を挟むとは僕も嫌われたものですね。」
やれやれと肩を竦めてみせるがその表情は変わらず笑みを浮かべたままだ
「三十日にしたのは失敗だったな。やはり前言を撤回しよう。あの催しを彼が制せば奇跡は起こりうる。」
「研究会に所属してないジーン君ではそれこそ不可能ですよ。しかし、もしも、万が一彼が『契約』を完遂することが出来ましたら【運も実力も足りてなかった】と諦めるとしましょう。」
「ジャンドラの口癖か。あの男は好かない。では、私も授業に向かわせてもらう。」
「ハハハ、貴女は生徒会の誰も好ましく思っていないでしょうに。」
そう笑う男を無視して女が部屋から立ち去る。窓の外では先程とは逆で次の実技科目を受ける生徒たちが校舎から出てくるところだった
「そうですね。ですが【運も実力も俺の味方】であったのなら─────」
浮かんでいたのは今までの張り付けた仮面の笑顔ではなかった。怒っているのか、それとも悲しんでいるのか、いや、これこそが彼の本当の笑顔なのかもしれない
「雛鳥には親鳥を殺してもらいましょうかね。」
しかし、その顔を拝む者は誰もいなかった。
死ぬほどグダった2部をなんとか出来ないかなと最近考えてます。ただ時間がないのです\(^o^)/




