7章 旅行十四日目・多腕族の集落にて
朝食を食べ終え、早速近くの集落へ向かうことにした。
マクシムナ大山脈は東西に走っていて、北側と南側で住む種族が大きく異なるとオセロから聞いた。今回、俺が向かうのは北側の集落だが、アイリーンは南側の集落に手伝いに行ってるみたいだ。
そんなわけで一人でゆっくりと山道を下り、最寄りの集落を目指す。途中、何度か転びそうになりながらも目当ての集落が見えた。
確かこの集落に住んでいるのは多腕族のはずだ。人間より一回り大きな体躯に水色の肌、そして種族名の通り複数の腕を持つことが特徴だ。多くは四本腕だが稀に六本腕や八本腕が生まれる。神話には十二本腕の多腕族も描かれていたな。
「邪魔する──うおぉ!?」
集落の入口に到着し、そのまま入ろうとすると頭を狙って鉈が飛んできた。辛うじて避けるが万全じゃない体のせいで体勢を大きく崩す
「くたばれ人間!」
太陽を背に、声と共に上から一人の多腕族が降ってくる。その手には先ほど飛んできたものによく似た鉈が握られており、勢いよく振り下ろされる
「『防壁』!」
すんでのところで防ぐ。が、一撃で『防壁』が砕かれ、続けざまに攻撃を仕掛けてくる。別の腕に握られた鉈が首に迫り、断たれる直前
「やめんか馬鹿もん。」
現れたもう一人の多腕族の拳骨が振るわれ、鈍い音と共に地面に叩きつけられる鉈男。顔面が地面に埋まっている。とんでもない拳だ
「大丈夫か坊主?」
「なんとか。助かった。」
差し伸べられた手を握り、立ち上がる。土を軽く払っていると最初の鉈男が埋まった顔を勢いよく引き抜く
「ジジイ!人間の侵入者だぞ、なんで庇ったんだよ!」
「落ち着け阿呆ぅ。この坊主は帝国民じゃない。客人だ。」
「だけど───」
「だけどもクソもあるか。帝国が憎いのは分かるが人間全てを憎むなと言っとるだろうが。はよ投げた鉈拾ってこい。」
「っ────」
文句ありげな顔だったが、強い口調に引き下がる鉈男。そのまま鉈が飛んでいった方向の森へと消えていった
「若いのがすまんのう。ワシはシッチ。多腕族の族長をやっている。坊主のことはオセロから聞いておる。」
「そうなのか。俺はジーン。よろしく頼む。」
互いに軽く挨拶を済まし、握手をする。話に聞いていた通りの水色の肌に四本腕だ。今俺と握手しているのは右腕──二本あるうち下から生えているほうだ。
何より、デカい。さっきの鉈男も俺より少し背が高かったが、シッチは更にデカい。先日戦ったコボルト・キングより少し大きいくらいか。下はズボンを履いているが上は何も纏っておらず、鍛え上げられた腹筋が目の前にある。そのため、目を合わせるためには必然的に見上げる必要があった
「よく来たな。とりあえずワシの家に来い。歓迎する。」
「じゃあ邪魔させてもらうぜ。」
シッチに連れられ、今度こそ集落に入った。
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「乾杯!」
シッチの家に招かれ、早速料理と酒を振る舞われた
「昼間っから飲んでていいのか?族長だろ。」
「ガハハハハ!何をどうするかはワシが決める。族長だからな。」
「いいのかそれで。」
「いいんだよこれで。」
豪快に酒を飲み、料理に手をつけていくシッチ。俺の目の前で次々と料理が消えていく
「すげー食いっぷりだな、おっさん。」
「食は力の源よ。今喰らったものが血肉となり、ワシを強くしてくれる。坊主も遠慮してないで食え食え。」
シッチほどではないが、料理をつまみ、酒を一口飲む
「!?」
喉が焼けるような感覚に、大きくむせ返る
「何だこの酒!?」
「ククク、坊主にはまだ早かったか。ワシ特製『竜殺し』よ。ちなみに名前をつけた時、オセロに半殺しにされたわ。ガハハハハ!」
そう笑いながら大盃を一気飲みするシッチ。それから自慢げに『竜殺し』について話してくれた。
なんでも、とある凶暴な魔物の死骸から作るそうだ。アルコール度数が高く、竜も酔い潰される。という触れ込みだ。竜人族のオセロは平気で飲めるそうだが
「オセロのとこで飲んだ酒とは大違いだな。」
「今なんて言った?」
オセロ宅や秘湯で飲んだ霊薬を思い出し感想をこぼすと、シッチの目の色が変わった
「オセロのところで飲んだのか?あの酒を?」
「お、おう。それがどうかしたのか…?」
下腕をつき身を乗り出し、上腕二本で俺の肩を掴む。
照明で影になり、迫力が凄い。正直、ちょっと怖い
「ワシですら飲めないアレを…坊主ぅぅぅ!!!」
「うおおおおぉ!?揺らすな!」
とんでもない力で肩を揺すられる。体に力が入らず、いいようにされ、頭が激しく動く。なんとか手首を掴むと我に返り、揺らしていた手が止まる
「む、すまんすまん。つい熱くなってしまったわ。許してくれ坊主。」
「あ、あぁ…大丈夫だ気にしないでくれ。」
「それにしてもアレを飲んだのか…羨ましいのう…ワシは酒が大好きでな。族長としてのツテで他の種族の酒も飲むし、平地の人間と交渉して取り寄せたりもする。だがあの酒、霊薬だけは一度も飲んだことがないのだ!」
テーブルに拳をつき、熱く語り出すシッチ。顔を見た限り、酔っ払ってはいないようだが、どこかクロッカスさんのような面倒くささが漂う
「薬だと言うから瀕死になるまで自傷したこともあった。だが、あの女は一滴たりとも飲ませてくれぬのだ!あぁ…一体どんな味なのだろうかっ!」
「俺は酒に強くないからよく分からないな。すまん。」
「くおおおおおぉ!!」
吠えながら何度も机を叩くシッチ。この机、見たところ鋼鉄製のようだがみるみる歪んでいく。給仕の人達が落ちそうになる皿や料理を次々と回収していく。
シッチが落ち着きを取り戻す頃には机の半分が見るも無残な姿に変えられていた。
食事のあと、シッチに連れられて集落を見て回ることになった。
工房に連れていかれると、手芸に勤しむ女性の姿が多く見られた。
この手芸が見ててなかなか面白い。複数ある腕を使って普通では出来ないような技巧が凝らされている。また、作業ペースが早い。中でも六本腕の女性が同時に十八色の糸を使い作品を作るのには息をまいた
「ガハハ!凄いだろウチのもんは。この糸の塊がい〜い酒と交換できるんだよ。」
「おっさん本当に酒が好きだな。」
「当たり前よ。俺にとって酒はなぁ──」
「次行こうぜ。」
シッチがまた酒について語り始めようとしたので背中を押して次の場所へと向かった
「ここは練兵場だ。男衆はここで鍛える。よく他の集落のやつらも混ざりに来る。もちろんウチから他の集落に行くこともある。」
「集落同士は仲がいいのか?」
「いいところもあれば、悪いところもあるさ。ワシらはどの種族でも歓迎するが、森人や小人とかは互いに毛嫌いしているな。そこのところは種族によりけりさ。それよりもあそこの試合見てみろよ。」
シッチが指差す方に視線を送ると多腕族と虎人族の試合が行われていた。両者の実力はほぼ互角。激しいやり取りが繰り広げられ、次第にギャラリーも増えていく
「よく見りゃさっきの鉈男じゃないか。結構やるな。」
「鉈男?トッポのことか。あいつはガキどもの中ではやる方だ。虎の方は虎人族の族長の息子だったか。」
「あいつ何歳なんだ?」
「トッポは十三歳だ。まだまだこれからが伸び盛りよ。」
十三ってことは俺より二つ下か。だがトッポの背は俺よりも高かった。さすが多腕族といったところか。
試合に目を向ける。四本の腕にそれぞれ鉈を持ち、手数で押すトッポに対し、相手の虎人は刃渡りの長い一本の剣で迎撃していた。
片刃で細く、少しだけ反っている特殊な形状。確か刀と呼ばれる武器だったか?を使い、巧みにトッポの鉈を防いでいる。
虎人が反撃に薙ぎ払えば、トッポが二本の鉈で防ぐ。そして、残りの二本で反撃をしようとするが虎人が後ろに飛び退きこれを躱す。似たようなやり取りが続き、両者未だに被弾なし。先にどちらの集中が切れるかの勝負、と観客の誰もが思ったが虎人が大きく下がり、事態が一変する。
刀を鞘にしまい、体勢を低くする。次の瞬間、虎人の放つ圧が増し、離れて見ていたというのに肌がひりつく感覚を味わう。対面するトッポはそれをより強く感じたのだろう。追撃しようとする足を止め、防御の構えをとる
「瞬き一つするんじゃないぞ、坊主。」
次の瞬間、虎人が強く地面を蹴り、一気に最高速に達する。迎撃の鉈が振るわれる。しかし、それらよりもずっと早く、一閃───────
互いに得物を振り切った状態で硬直する。そしてひび割れる音と共に、トッポの鉈が全て折れる。トッポが両手を四本の腕を掲げる
「降参だ。」
観客から歓声が上がり、あっという間に二人を取り囲む
「坊主、今の見えてたか?」
「一応全部は見えた。が、防げと言われたら無理だ。」
「見えたなら上出来だ。坊主もトッポも、まだまだ強くなれる。若いんだからよ。」
簡単に言ってくれる。『戦士』の俺は才能の点において周囲に酷く劣る。その分より努力し、存在進化をしなければならない
「こんなところで止まってられないんだよ。」
早く完治しなくちゃな。




