5章 脱・介護
「お、おぉ!指が動くぞ!ほら!」
湯の中で指先が痙攣するように動く。
治療し始めてから早一週間。僅かに動く指先が治療の成果を表している
「おめでとー。他に変わった様子はある?」
「指先にほのかに熱を感じる。感覚も少しだけ戻ったみたいだ。」
「分かった。他にも変化があったら教えてね。」
「おう。」
その後、指だけでなく腕にも感覚が戻り、動かせるようになる。
といっても、万全の状態ではなく、震えまくってはいるが
「霊薬飲める?ほらアーンして。」
「いや、自分で飲めるから盃を渡してくれ。」
「…本当に大丈夫?」
心配するような顔をするクロリーから盃を受け取り、酒を注いでもらう。上手く力が入らず震えまくり、盃の中でいくつもの波紋が生じる
「やっぱりアタシが飲ませようか?」
「い、いや、自分で飲める。」
ゆっくりと自分の口元へと運び、飲もうとするが手の震えからその殆どを零してしまう。クロリーが無言で見つめてくる。
確かに無理して飲もうとし、失敗したのは悪かった。だが分かって欲しい。異性に食べ物やら飲み物をアーンされるのはとてつもなく恥ずかしい。この一週間、慣れることも無くずっと耐えてきたのだ。早く解放されたかった……っ
「…完全に感覚戻るまでアーンするからね。」
「それだけは勘弁してくれ!」
俺から盃を奪い取り、酒を汲み直し、飲ませてくる。この酒、霊薬は前にオセロに飲まされたものと同一のものである。前はすぐに酔ってしまったのか眠ってしまったが今はそんなことはない。酒というのは飲んでいくうちに慣れるものなのだろうか?
…睡眠薬が盛られていた、なんてことないよな?
───────────────────────
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「アハハ!生まれたての子鹿みたい!」
この日は腕だけでなく、全身が少しだけ動かせるようになった。今、自分の力だけで立ち上がろうとするが、上手くいかない。両手を地面から離すことが出来ず、プルプル震える姿はクロリーの言う通り子鹿のようだ。
結局自力で立ち上がることを諦め、クロリーに手伝ってもらう。ただし、いつもとは違い、担がれるのではなく肩を貸してもらう形で歩いている。
「それにしても寒いな。感覚が戻ったのは嬉しいが俺も防寒着が必要だな。」
「ここは一年中冬の平地と変わらない気温だからね。感覚が完全に戻ってたら着込まないとやっていけないよ。」
「その割にはオセロは凄い軽装だな。」
「お頭は別格だよ。ジーンのとこのライザやアイリーンと一緒だね。」
「そういやアイリーンも決して防寒性が高いってわけじゃないな。」
ベア村に来た時も、雪が積もる中メイド服だった。露出は少ないとはいえ、コートなどに比べると防寒性は遥かに劣る。だが本人はいたって寒そうな素振りは見せていない
「本当に同じ生き物か不思議に思うぜ、全く。」
───────────────────────
オセロ宅に到着し、クロリーが夕食の支度を始める。その間にオセロに今日の報告をする
「動かせるようになったのじゃな。」
「全然元通りじゃないけどな。力は上手く入らないし震えてしまう。」
「じゃが回復に近付いているということじゃ。全ては時間が解決してくれる。この調子で治療を続ける──と、言いたいところじゃが、湯に浸かる時間を短くさせてもらうのじゃ。」
酒を飲みながら、そんなことを急に話すオセロ。時間が短くなるということはそれだけ治療のペースが落ちるということだ
「どうしてだ?」
「あの湯の危険性はクロリーから聞かされておるじゃろう。正常に戻りつつある今、長時間の入浴はリスクが大きいのじゃ。」
「俺的には早く治したいから今のままでも構わないが。」
「駄目じゃ。お主に何かあればライザに面目が立たぬ。大人しく従ってもらう。秘湯に浸かる時間を次第に減らし、最終的には霊薬だけで治す。よいな?」
強い口調で言い放つオセロ。これは俺がなんと言おうと聞かないだろうな。仕方がないので承諾することにしよう
「分かったよ。」
俺が頷くと微笑みを浮かべるオセロ。それにしても入浴時間が減るということは暇な時間が増えるということだな。ただでさえ午前中にすることがなく、床の木の年輪を数えるくらいしかすることが無い。午後に空き時間が出来るとしても、昼寝以外することが無い。はてさてどうするか…
「空き時間が増えればそなたも退屈じゃろう。もう数日もすれば一人で歩けるくらいには回復するじゃろう。そしたらこの国を探索するとよい。」
時間の使い道を考えているとオセロからありがたい提案が出された。
なるほど、ミストリオーレの探索か。この国の住人で話したのはオセロとクロリー、そして麓で案内してくれた森人の二人だけだ。もっとも、森人と会話したのはアイリーンなのだが
「それはいいな。歩けるようになったらそうさせてもらう。」
「うむ。族長達にも伝えておくのじゃ。この国について沢山学んで欲しい。」
亜人達の生活というのはとても興味がある。午前から出歩けばそれなりにコミュ二ケーションを取る時間が出来るだろう。歩けるまで回復する日が楽しみだ。
それまで何をするか考えているとアイリーンが帰宅し、夕食が始まる。この国に来てから毎日同じルーティンで行われる夕食だ。
自分で食べようとしたがクロリーの視線に刺され、アイリーンに食べさせてもらった。
歩けるようになる前に自分で飲み食い出来るようになりたい。
───────────────────────
四日後、短くなった入浴時間の中、とうとう自分の力で立ち上がることが出来た
「おめでとう〜。じゃあ着替えそこに置いておくから自分で着れるよね。」
「勿論だ。今日までありがとな。」
着替える前に体を拭く。黒く変色していた肌の色はほぼ元に戻り、パッと見では少し日焼けしているようにしか見えない。
着替えを済まし、防寒着を着てクロリーに並んで歩く。まだ体に違和感が残り、時々躓きそうになるが、自分の足で歩いている。
オセロ宅に戻り、オセロから祝いの言葉を送られる。腕も動くようになり、とうとうアイリーンに食べさせてもらわずに済むようになった。
羞恥からの解放、そして己の体の大切さを学び、感動から思わず涙が流れる
「男子たるもの、そう容易く涙を見せるでない。」
「だけどよ…嬉しくてよ。体が自由ってのはこんなに素晴らしいものなんだな。」
「それが分かったのであれば、二度とそうならぬように強くなるのじゃ。今回はそなたの弱さが招いた結果じゃ。」
「分かってるさ。」
そう言い肉にかぶりつく。その日の夕食はこの旅行で一番美味く感じた。
第三部の最後に更新が遅れると言いましたが、新章でやる気が満ちたのと何やかんやで忙しく無くなったので、まぁまぁな頻度での投稿となりました。
まぁ忙しくはなくなったのですが、某有名ラノベのアプリが楽しすぎて投稿頻度は落ち着いてくると思います。以上近況報告でした。




