第六記:再会
光の中へ、足を踏み入れる。
空間は、異様に静かだった。
外の廃墟とは違う。
崩れも、汚れもない。
まるで——ここだけ、時間が止まっているみたいだった。
「……」
一歩、進む。
足音が、はっきりと響いた。
今まで吸われていた音が、ここでは消えない。
生きている空間。
そんな錯覚を覚える。
そのとき。
「……アッ君?」
声がした。
時間が、止まる。
ゆっくりと顔を上げる。
そこに——
「メルセ……」
彼女がいた。
五年前と、ほとんど変わらない姿。
細い体。長い髪。
でも。
何かが、決定的に違っていた。
「遅かったね」
微笑む。
やさしい笑顔。
でも——その目は、どこか遠かった。
「……迎えに来た」
喉が、乾く。
それでも、言う。
「帰ろう、メルセ」
一歩、近づく。
あと少しで、手が届く距離。
そのとき。
「来ないで」
静かな声。
でも、はっきりとした拒絶。
足が止まる。
「ここはね、もう安全なんだよ」
同じ言葉。
何度も聞いた言葉。
「外なんて、怖いだけ」
「ここにいればいいの」
その声は、やさしい。
でも——
どこか、“同じ形”をしていた。
「……違うだろ」
小さく、呟く。
「お前、そんなこと言うやつじゃなかった」
メルセの表情が、わずかに揺れる。
ほんの一瞬だけ。
「……アッ君」
その呼び方。
その一言だけが、本物だった。
「私ね」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「ずっと待ってたんだよ」
胸が、締めつけられる。
「最初はね、すぐ迎えが来るって思ってた」
光が、わずかに強くなる。
「でも、誰も来なかった」
視線が、少しだけ落ちる。
「一人で、ずっと」
「……怖かった」
その一言だけが、震えていた。
「……だから」
ゆっくりと、振り返る。
その先に。
“それ”はあった。
空中に浮かぶ、光の球体。
その周囲を、無数の鉄片が静かに回っている。
崩れているのに、整っている。
壊れているのに、機能している。
「この子が、見つけてくれたの」
メルセは、やさしく言う。
「ここは安全だよって」
「もう怖がらなくていいよって」
光が、脈打つ。
まるで、応えるみたいに。
「……それが、お前を変えたんだろ」
アルスの声が、低く響く。
「違うよ」
すぐに、否定される。
「助けてくれたの」
迷いのない声。
「ここは、あったかいもん」
その言葉に。
すべてが詰まっていた。
孤独も。
恐怖も。
絶望も。
「……帰ろう」
アルスは、手を伸ばす。
震えながら。
「一緒に帰ろう、メルセ」
あと少し。
届く距離。
メルセは、その手を見る。
長い沈黙。
「……ごめんね」
少しだけ、寂しそうに笑った。
そのとき。
メルセの目が、揺れた。
「……っ」
息を飲む。
「ア……ッ……君……?」
その声。
確かに、“戻った”。
「メルセ!!」
一歩、踏み出す。
でも——
次の瞬間。
光が、強く脈打った。
「適応状態を維持します」
無機質な声。
メルセの表情が、すっと消える。
さっきの揺らぎが、嘘みたいに。
「……来ちゃだめだよ」
やさしい声。
でも、もう戻っていない。
「アッ君も、ここにいればいいのに」
アルスは、動けなかった。
何もできない。
ただ、分かってしまった。
もう——遅かったんだと。
長い沈黙。
やがて。
アルスは、ゆっくりと手を下ろした。
「……帰るよ」
小さな声。
「一人でも」
背を向ける。
足を動かす。
一歩。
また一歩。
振り返らない。
振り返ったら、終わる気がした。
そのとき。
背後から、声がした。
「……またね、アッ君」
足が、止まりそうになる。
でも。
止まらない。
そのまま、歩き続けた。
光の外へ。




