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消失済世界探記  作者: とーふ
アルスログ
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5/16

第四記:声

足元のコケが、わずかに動いた。


「……今、動いた?」

しゃがみ込む。

触れる。

ひんやりしているのに。

奥で、何かが脈打っているような感覚。


「……気持ち悪いな」

風が、止んでいた。

さっきまで揺れていたコケも、ぴたりと動きを止めている。


「……静かすぎる」

嫌な予感がした。

ビルを出る。

外は相変わらず灰色で、どこまでも同じ景色が続いている。

なのに。

さっきまでとは、何かが違う。


「……?」

足を止める。

妙に、安心する。


「……なんだ、これ」

胸の奥にあったはずの不安が、少しだけ薄れている。

代わりに。


「……ここ、そんなに悪くないかもな」

思わず、そんな言葉が浮かぶ。


「……は?」

自分で言って、自分で驚く。

ありえない。

さっきまで、この星を“異常”だと思っていたはずなのに。


「安心してください」

すぐ後ろで、声がした。


「ここは安全です」


「っ!!」

振り向く。

誰もいない。

でも今のは、はっきりと耳元だった。


いや——


違う。

「……頭の中、か」

直接、響いている。


「ふざけるな……」

頭を振る。


「安心してください」

まただ。


「ここは安全です」

同じ言葉。

同じ声。


「……うるさい」

小さく呟く。


「安心してください」


「ここは安全です」


「安心してください」


「ここは安全です」


「……やめろ」


声が、重なる。増えていく。


「安心してください」


「ここは安全です」


「安心してください」


「ここは安全です」


「やめろ!!」


思わず叫ぶ。


その瞬間。


すべての声が、ぴたりと止まった。

静寂。


荒い呼吸だけが残る。

「……っ、はぁ……」

額に、冷たい汗が流れる。

「……なんなんだよ」

そのとき。

カチッ、と音がした。

近くのビルの壁。

壊れているはずのパネルに、わずかに光が灯る。


「……電気?」

ありえない。

誰もいないはずなのに。

ゆっくりと近づく。

パネルに、文字が浮かび上がる。


『適応処理 進行中』


「……適応?」

意味が分からない。


『対象:人間』


心臓が、大きく鳴る。


『安全状態へ移行』


「……っ」

後ずさる。

そのとき。


ふと、思った。


“それの何が悪いんだ?”


「……は?」

まただ。

自分じゃない考えが、混ざる。


“安全なら、それでいいじゃないか”


「違う……!」

頭を押さえる。


“怖い思いをしなくていい”


“苦しまなくていい”


“ここにいればいい”


「やめろ……!」

膝をつく。

視界が、揺れる。


そのとき。


ポケットの中で、何かが触れた。

「……っ」

取り出す。


メルセのスカーフの切れ端。


それと——


端末。

震える手で、再生する。


『……アッ君』

あの声。


『にげて』


「……っ」

意識が、引き戻される。


『ここ……だめ……』


ノイズ混じりの声。

でも、確かに“メルセ”だった。


「……そうだ」

息を整える。


「僕は……」

ゆっくりと立ち上がる。


「メルセを、探しに来たんだろ」

頭の中の声が、少しだけ遠のく。

「安心してください」

また聞こえる。


でも、さっきより弱い。

「……うるさい」


はっきりと、言い返す。

「ここは安全です」

「そんなわけあるか」


一歩、前に出る。

「助けてって言ってたじゃないか」


声は、もう揺れていなかった。

「……待ってろよ」

小さく呟く。


「絶対、連れて帰る」

その瞬間。

どこかで、機械音が鳴った。


まるで——


何かが、こちらを認識したみたいに。

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