第三記:記録
そのビルは、他よりも少しだけ原型を保っていた。
「……ここか」
壁の崩れ方が、まだ浅い。
入口も、かろうじて形を残している。
中に入る。
暗い。
外の光が、かすかに差し込むだけだった。
足元に気をつけながら、奥へ進む。
床には、いくつもの足跡が残っていた。
古いものと、新しいもの。
「……メルセのか」
しゃがみ込んで、指でなぞる。
まだ、完全には消えていない。
「……最近だ」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
生きている。
そう思えた。
そのとき。
カタン、と小さな音がした。
視線を向ける。
机のようなものが倒れている。
その下に、何かが挟まっていた。
引き抜く。
小さな端末だった。
「……これ」
電源は落ちている。
だが、傷は少ない。
試しに触れる。
——ピッ
「っ!?」
画面が、ゆっくりとついた。
『記録データを再生します』
無機質な文字。
そして。
映像が、映し出された。
■ 記録①
明るい声が響く。
『やっほー!メルセだよ!』
思わず、息を飲む。
画面の中の彼女は、笑っていた。
『知らない星に来ちゃった!でもすごいよここ!』
『建物とかいっぱいあるし、ちょっと探検みたい!』
楽しそうだった。
『アッ君にも見せたかったなー』
そこで、映像が途切れる。
「……メルセ」
画面を見つめる。
まだ、このときは普通だった。
■ 記録②
ノイズが走る。
『……ちょっと、変かも』
声のトーンが、少し落ちている。
『この星、誰もいないのに……変な音がする』
『でもね、キカイがあって』
一瞬、画面が乱れる。
『大丈夫って言ってくれた』
その言葉に、違和感が残る。
『ここは安全だよって』
どこかで聞いたフレーズ。
アルスの背筋が、冷たくなる。
■ 記録③
映像が、さらに荒れる。
『……もう、いいよね』
声が、妙に落ち着いている。
『帰らなくても』
無表情に近い顔。
『ここ、安全だし』
目が、どこか焦点を失っている。
『怖くないし』
沈黙。
そして。
『みんなも来ればいいのに』
ブツッ、と映像が切れた。
「……なんだよ、これ」
手が、震えていた。
明らかに、おかしい。
「……キカイって、なんだ」
あの声。
あの言葉。
頭の中で、繋がる。
「……まさか」
そのとき。
画面が、もう一度ついた。
『追加記録を再生します』
「!?」
■ 記録④
真っ暗な画面。
音だけが入っている。
『……アッ君』
息が止まる。
かすれた声。
『もしこれ見てたら……』
ノイズ。
『にげて』
あの壁の文字と同じ言葉。
『ここ……』
音が歪む。
『だめ……』
一瞬だけ。
「助けて」
その声だけは、はっきりと聞こえた。
ブツッ——
完全に、途切れる。
「……っ」
言葉が出ない。
端末を握る手に、力が入る。
「……メルセ」
遅かったのか。
それとも、まだ間に合うのか。
分からない。
分からないけど——
「……行くしかないだろ」
立ち上がる。
この先に、答えがある。
そう信じるしかなかった。
そのとき。
「安心してください」
また、あの声がした。
「ここは安全です」
すぐ近くで。
「……!」
振り向く。
誰もいない。
でも。
さっきより、近い。確実に。
「……ふざけるな」
小さく吐き捨てる。
「そんなわけあるかよ」
端末を強く握る。
メルセの声が、まだ耳に残っている。
「助けて」
その一言が、すべてだった。
「……絶対に」
アルスは、奥へと歩き出す。
“記録”の先へ。




