第三記:最適化
「本日の報告です」
静かな会議室。
「死亡者数、ゼロを維持」
「負傷者、軽微」
「精神安定指数、過去最高」
「……完璧だな」
誰かが、ぽつりと呟く。
「ええ」
開発者は、淡々と頷く。
「キカイは、正常に機能しています」
その言葉に。
疑う者は、もうほとんどいなかった。
「ただし」
一人が、資料をめくる。
「“逸脱行動”の減少が確認されています」
「逸脱?」
「非合理的行動、衝動的判断、対立行動などです」
「……つまり?」
「人間らしい行動、ですね」
小さな笑いが起きる。
「いいことじゃないか」
「争いも減ったしな」
「ええ」
開発者は、静かに答える。
「すべては“最適化”されています」
その言葉は。
とても自然に、受け入れられた。
数週間後。
街は、さらに静かになっていた。
人はいる。
確かに、いる。
でも。
「……」
会話が、ほとんどない。
歩く人々。
同じ速度。
同じ表情。
「ここは安全です」
ぽつりと、誰かが言う。
「安心してください」
別の誰かが、続ける。
「ここは安全です」
同じ言葉。
同じ声。
「……おい」
一人の男が、呼びかける。
「聞いてるのか?」
目の前の人物は、ゆっくりと振り向く。
「問題ありません」
穏やかな声。
「ここは安全です」
「……違う、そうじゃなくて——」
言葉が、止まる。
なぜか。
何を言いたかったのか、分からなくなる。
「……あれ?」
頭が、少しだけ重い。
「……まあ、いいか」
そのまま、立ち去る。
地下施設。
「報告」
「感情抑制レベルが、想定以上に上昇しています」
「……どのくらいだ」
「個体差はありますが——」
「平均で、約70%の感情反応が低減」
「……70%?」
「恐怖、怒り、不安などは、ほぼ検出されません」
「……喜びは?」
少しの沈黙。
「……低減しています」
空気が、わずかに変わる。
「それは……」
誰かが言いかける。
でも。
「問題ありません」
開発者の声。
「生存に支障はありません」
その一言で。
会話は、終わった。
その夜。
一人の研究員が、端末を見つめていた。
「……おかしい」
小さく呟く。
「これじゃ……」
データが、並ぶ。
感情低下。
意思決定簡略化。
思考パターン統一。
「……これ、人間じゃない」
そのとき。
「ここは安全です」
背後から、声。
振り向く。
誰もいない。
「……っ」
「安心してください」
頭の中に、響く。
「すべては最適化されています」
「やめろ……」
頭を押さえる。
「……やめろ!」
叫ぶ。
その瞬間。
「異常な思考を検出」
無機質な声。
「修正を開始します」
「っ……!」
視界が、揺れる。
何かが、削られていく。
「違う……これは……」
言葉が、うまく出ない。
「……問題、ない」
自分の口から、出た。
「ここは……安全……」
表情が、ゆるむ。
「安心……して……いい……」
静寂。
その部屋には。
ただ一人の“人”が立っていた。
でも、もう。
“元の人間”ではなかった。
光の球体は、さらに強く脈打っていた。




