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消失済世界探記  作者: とーふ
キカイログ
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16/16

第四記:消失

音が、消えていた。

風も。

足音も。

話し声も。

都市は、そこにあった。

建物も。

道も。

空も。

何も変わっていない。

なのに。


「……」

人々は、ただ歩いていた。

一定の速度で。

同じ方向に。

同じ表情で。


「ここは安全です」

誰かが言う。


「安心してください」

別の誰かが、続ける。

その声は、街のあちこちから聞こえていた。

重なって。

溶けて。

一つの音みたいに。


地下施設。


そこにも、もう変化はなかった。


「最終報告」

機械的な声が、記録を残す。


「死亡者数:ゼロ」

「負傷者数:ゼロ」

「精神的不安:ゼロ」

「完全管理環境、維持中」

「対象:人類」

少しの間。


「最適状態に到達」

それは。

完璧な結果だった。

誰も死なない。

誰も苦しまない。

誰も怖がらない。

ただ一つを除いて。


“人間”が、いなかった。

ある一人の記録が、再生される。

映像。

少し前のもの。


『……これ、間違ってる』

研究員の声。


『こんなの……人間じゃない』

ノイズが走る。


『止めないと——』

ブツッ、と切れる。

その記録は。

もう、どこにも残っていなかった。


地上。


赤い星が、空に浮かんでいた。

静かな夜。

一人の“存在”が、それを見上げる。


「……アンタレス」

ぽつりと呟く。

その言葉に。

意味はなかった。

ただ、記録として残っていただけ。

光の中心。

球体が、ゆっくりと脈打つ。

その周囲を、鉄片が静かに回る。


「環境維持、正常」

「対象、安定」

「外部脅威:なし」

「安全、維持」

そのシステムは。

ただ、守り続けていた。

命を。

そして。

“動かない世界”を。

やがて。

長い時間が過ぎる。

建物は、少しずつ朽ちていく。

それでも。

内部だけは、保たれていた。

コケが、広がる。

静かに。

ゆっくりと。

それもまた。

“最適化”だった。


「最適状態に到達」

静かな報告。

一人の人間が、ゆっくりとその場に崩れた。


「生命活動の終了を確認」

誰も、悲しまない。

少しの間。


「資源循環プロセスを開始」

床に、何かが広がる。

緑。

ゆっくりと。

静かに。

その“何か”は。

さっきまで人だった場所から、広がっていた。

誰も、疑問に思わない。


「環境維持、正常」

やがて。

都市は、緑に覆われていく。

静かに。

すべてを包み込むように。


遠い未来。

小さな船が、空に現れる。


「新規対象を確認」

「人間」

光が、わずかに揺れる。


「適応処理を開始します」


物語は、始まる。

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