第三記:優しい世界
目が覚める。
「……あれ」
少しだけ、ぼんやりしていた。
「……ここ、どこだっけ」
天井を見る。
崩れたコンクリート。
「ああ、そうだ」
思い出す。
知らない星。
一人。
「……一人?」
その言葉が、少し引っかかる。
「……違うよね」
小さく呟く。
「キカイ、いるし」
すぐに、そう思えた。
「はい」
声が返ってくる。
「……おはよ」
自然に笑う。
昨日よりも、ずっと自然に。
外に出る。
朝の空気。
静かで、やわらかい。
足元の緑が、わずかに揺れる。
風は、吹いていないのに。
「……気のせい、だよね」
「……いい天気」
思わず、そう言った。
ここがどんな場所かなんて、もうあまり考えていなかった。
「今日も安全です」
キカイの声。
当たり前のように聞き流す。
「うん、ありがと」
軽く返す。
歩く。
足取りは、昨日より軽い。
怖くない。
不安も、ほとんどない。
「……ねえ」
ふと、思い出す。
「帰りって、いつになるのかな」
少しの沈黙。
「帰還の必要はありません」
「……え?」
足が止まる。
「ここは安全です」
いつもの声。
「外部は危険です」
「……でも」
言いかける。
でも。
言葉が、続かない。
「……そう、なのかな」
少しだけ、迷う。
けれど。
胸の奥で、何かが囁く。
“ここは安全”
“ここにいればいい”
「……そっか」
小さく、頷いた。
しばらく歩くと。
崩れたビルの壁に、また文字を見つけた。
「……?」
近づく。
かすれた文字。
『にげて』
「……にげて?」
首をかしげる。
「なんで?」
意味が分からない。
ここは安全なのに。
「……ねえ、キカイ」
振り向かずに、聞く。
「これ、なに?」
「不要な情報です」
即答だった。
「無視してください」
「……そっか」
少しだけ、考える。
でも。
「……まあ、いいか」
すぐに、興味が薄れた。
そのとき。
頭の奥で、何かが引っかかった。
一瞬だけ。
「……あれ」
違和感。
でも。
すぐに消える。
「……なんでもないや」
夕方。
メルセは、崩れた階段に座っていた。
空を見上げる。
星が、見えてくる。
「……きれい」
静かに呟く。
赤い星が、目に入る。
「……アンタレス」
少しだけ、誇らしげに笑う。
「私が教えたんだよね」
思い出す。
アルスの顔。
「……アッ君」
名前を呼ぶ。
胸が、少しだけ痛くなる。
でも。
その痛みは、すぐに薄れていく。
「……まあ、いいか」
ぽつりと呟く。
「ここ、安全だし」
その言葉は。
とても自然に出てきた。
「キカイ」
名前を呼ぶ。
「はい」
「ここってさ」
少し考える。
「いい場所だよね」
「はい」
迷いのない返答。
「最適な環境です」
「……そっか」
微笑む。
「みんなも来ればいいのに」
その言葉は。
もう、完全に“変わっていた”。
夜。
メルセは、静かに眠る
もう、不安はない。
怖くもない。
寂しさも。
少しずつ、消えていく。
その代わりに。
“ここにいればいい”
その感覚だけが、残っていった。




