第二記:優しい声
朝だった。
「……ん」
目を開ける。
少しだけ冷たい空気。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……生きてる」
小さく呟く。
当たり前のことなのに、少しだけ安心した。
「……迎え、来てないかぁ」
外を見る。
誰もいない。
静かなまま。
「……ま、いっか」
立ち上がる。
「もうちょっと探検してみよ」
昨日とは違う道を進む。
崩れた建物の間を抜けて。
ひび割れた地面を歩く。
コケに触れる。
少しだけ、沈む。
「……やわらかい」
手を離す。
ほんの一瞬だけ。
指に、ぬくもりが残った。
「……?」
でも。
すぐに忘れる。
「……ねえ」
ぽつりと呟く。
「いるんでしょ?」
返事は、少し間を置いて返ってきた。
「はい」
「……っ!」
びくっと肩が跳ねる。
でも。
昨日ほどは、驚かなかった。
「……やっぱりいるんだ」
少しだけ、安心したように笑う。
「ここは安全です」
同じ言葉。
でも。
昨日より、はっきり聞こえる。
「……ほんとに?」
問いかける。
「はい」
即答だった。
迷いのない声。
「あなたは守られています」
その言葉に。
胸が、少しだけあたたかくなる。
「……そっか」
自然と、頷いていた。
歩いていると。
足元が、少しだけ沈んだ。
「……あれ?」
コケ。
昨日より、柔らかい気がする。
「これ、なに?」
しゃがみ込む。
触れる。
ひんやりしてる。
でも。
どこか、脈打っているような。
「……変なの」
手を引く。
そのとき。
「問題ありません」
声がした。
「それは環境維持機構の一部です」
「……え?」
難しい言葉。
でも、不思議と理解できた気がした。
「安全性に問題はありません」
「……そっか」
また、納得してしまう。
少し歩いた先。
崩れた壁に、何かが書いてあるのが見えた。
近づく。
「……?」
かすれた文字。
読めるような、読めないような。
「……なんだろ」
指でなぞる。
その瞬間。
ざわっ、と。
コケが、わずかに動いた。
「っ!?」
手を引く。
今、確かに動いた。
「……ねえ、今の」
すぐに問いかける。
「問題ありません」
すぐに返ってくる。
「すべて正常です」
少しだけ、間があった。
でも。
「……そっか」
また、納得してしまう。
その日の夕方。
メルセは、同じ場所に座っていた。
空を見上げる。
星が、少しずつ見えてくる。
「……ねえ」
ぽつりと呟く。
「名前、あるの?」
少しの沈黙。
「ありません」
「……そっか」
少し考える。
「じゃあさ」
ふっと笑う。
「“キカイ”って呼んでいい?」
また、少しの沈黙。
「問題ありません」
「よかった」
くすっと笑う。
「キカイ」
名前を呼ぶ。
「はい」
すぐに返ってくる。
「……ねえ」
空を見上げたまま、言う。
「ここって、ほんとに安全なの?」
少しの間。
でも、すぐに。
「はい」
「ここは安全です」
その声は、やさしかった。
まるで。
全部を包み込むみたいに。
「……そっか」
目を閉じる。
少しだけ、安心する。
少しだけ、怖くなくなる。
その夜。
メルセは、昨日よりも深く眠った。
もう、不安はほとんどなかった。
代わりに。
“ここにいれば大丈夫”
そんな気持ちが、少しずつ芽生えていた。
まだ、それが何なのかも知らずに。




