8.明かされた真実
——『後で話します』
そうソフィアは言っていたが、メリルが夜遅くまで起きていても、母が来ることはなかった。
(あの男の人は、ウィルダーバーン公爵様だった。)
メリルは朝窓から見かけたエドワードの姿から、そう推測した。
部屋から出るなと厳命されたこと、来客がエドワードだったこと、百合と馬の紋章、ブローチ——
パズルのピースのようで、何もわからない。
胸騒ぎがして、その日はあまり眠れなかった。
翌朝。
ソフィアが訪れ、ようやく答えが聞けると背筋を伸ばし、母の言葉を待った。
「聞いてちょうだいメリル。」
ソフィアは意外にも穏やかに話し出した。
「母の生まれはエルトワなの。エルトワ子爵家。そしてあなたのお父様は、エドワード・ウィルダーバーン公爵閣下よ。」
お父様……?
メリルは思いがけない告白に、目を瞬かせる。
父は死んだと聞かされていた。十六年間それを信じてきた。
ソフィアはメリルの様子を慎重に確認しながら、言葉を続ける。
「エルトワ子爵家は、ウィルダーバーン公爵領に臣従する家なの。エドワードのことはもちろん知っていたけど、家格から言えば雲の上の存在よ。でもね、王都での社交界で何故か見初められて、愛を育んだの。」
エルトワ子爵家。母は貴族令嬢だったのかと遅れて理解する。母の所作の美しさの所以が、まさか貴族の出身だったなんて。メリルは次々明かされる真実を理解しようと、頭を精一杯働かせる。
「エドワードはとても洗練されてて、そして優しかった。私たちはお互い惹かれあっていたけど、いろんな問題で叶わなかった。あなたがお腹にいるってわかった時、このままではエドワードを困らせるだけだと考えて、身を隠したの。」
メリルは母の部屋で見つけたブローチについて、やっと口にすることができた。
「お母様、もしかして蒼天石のブローチは公爵様からの贈り物ですか?」
「あなた……知ってるの?」
「ごめんなさい。偶然目にしたことがあって……。お母様に確認しようと思ってたのになかなか聞き出せなくて……。」
「ふふ、そうよ。エドワードから頂いたの。蒼天石はウィルダーバーンで採れる宝石よ。代々公爵家で受け継がれてる貴重な石なの。」
きっと公爵は本当に母を愛していたのだろう。そう思うと、胸につかえていたものが少しだけ軽くなった。
「それで、頼ったのは、遠縁のモーティス家。遠縁と言っても親交なんてほとんどなく、私も一度お会いしたことがある程度だったわ。でも、アルバート様とセディ様は人格者だと評判で……。半ば駄目元で事情をお話ししたの。
エルトワ家とも縁が薄い家だったから、誰も私がそこへ向かったとは思わなかったのでしょうね。名前もスレーデンへ変え、侍女として暮らしたことで、エドワードも見つけられなかったのではないかしら。」
自分の出生の経緯のはずが、まるで他人事のように聞こえる。
「スレーデンの姓は、あなたが行きたがってるスレーデン湖から取ったの。私はスレーデン湖が幼い頃から好きで、いろんな思い出のある場所。エドワードと行ったこともあるわ。」
自分の姓と同じ名の湖。偶然かと思っていたのに、意図的に付けられたことを知らされる。母が愛したスレーデン湖は、絵を見るよりずっと素晴らしいのだろう。
「メリル、あなたから父親を奪ってしまって申し訳ないと思ってる。でも、私は後悔してない。あなたがこんなに真っ直ぐ育ったのも、ここモーティスだからこそだと思うわ。」
眉を下げ謝るソフィアに、メリルは首を振る。ここで育たなければ、今の私はいない。何より、イーサンと出会えていなかった。
「そのうちウィルダーバーン家へ迎えられることになる。そうなれば、あなたは公爵令嬢としてこれから生きていくの。もう隠れるのはおしまい。環境の変化であなたには辛い思いをさせるわね。私もエドワードもあなたを守り支えるわ。」
公爵家?
今まで冷静に聞こうと努めていたメリルは、ここで何を言われているのかわからなかった。
父は公爵、母は子爵令嬢、でも、自分のこととなると侍女の娘としか考えられない。
「私は……、公爵令嬢になるのですか?」
メリルは信じられない面持ちで尋ねる。
「まだ受け入れられなくて当然よ。ゆっくりでいいわ。私もエドワードも急がせるつもりはないから。」
母は口元を緩め、大丈夫よと言う代わりに一度目を瞑って頷いてみせた。
「あと、エルトワ家のお祖父様とお祖母様、フィリップ叔父様にもご挨拶しないと!」
一度パチンと大袈裟に手を叩くと、母はおどけたように
言う。その様子に自然と口角が上がる。
「エドワードがあなたに会いたいそうよ。……会ってくれるかしら?」
気遣わしげに聞いてくる母の目を見つめる。今まで空白だった「父」という存在が、朧げに輪郭を持ち始める。
「私も……」
メリルは自分でも驚くほど自然に、その言葉を口にしていた。
「私も会いたいわ。」
***
母に連れられ、応接室へと足を運ぶ。
昨日はほんの数秒しか見ることのできなかった「父」という存在。期待と不安とで脈打つ心臓を落ち着かせようと、大きく深呼吸する。そうして応接室へ足を踏み入れた。
部屋にはアルバートとセディ、そしてエドワードがソファに腰掛け、こちらを見ている。
背もたれに背中を預け、ゆったりと足を組んでいるエドワードだが、その表情は硬い。
「さ、メリル」
母に促され一歩前に出る。
「お待たせいたしました。」
一言挨拶し淑女の礼をとると、エドワードが立ち上がる気配がした。
「君が、メリルだね?」
優しく柔らかな声で問われる。顔を上げて見れば、目尻を下げ微笑むエドワードの姿があった。
「はい。メリルでございます。」
礼を解きながら答えると、エドワードの笑みが深まる。
「よく顔を見せて。」
そう言うとエドワードは、頭、おでこ、眉、目、鼻と、じっくり観察するように視線を動かした。背中がくすぐったくて思わず肩をすくめる。
「髪はソフィアに似たんだな。しかし……、顔立ちは私に似ている。」
感慨深そうにエドワードはそう漏らした。
「特にこの目。私と全く同じ目の色をしてる。受け継がれたのだな。」
ことさらに目をじっと見つめられ、見返すこともできず視線が落ち着かない。
「エドワード、メリルが困ってるわ。」
母に言われたエドワードはバツが悪そうに腕を組んだ。
その後は好きな本のこと、モーティス家での暮らしのこと、スレーデン湖のこと——他愛もない話をした。全て聞き逃すまいと、エドワードは一つ一つの話に耳を傾けた。その様子を温かく見守っていたソフィア、アルバート、セディは同じことを思っていた。
「本当にそっくりね。」
「驚くほど似てるな。」
「これは疑いようがありませんわ。」
そう言って顔を合わせて笑っていた。




