6.探し人
夏も盛りを迎えたある日。モーティス家では珍しく、使用人たちまで正面玄関前へ集められていた。メリルはその様子を自室の窓から覗いていた。
『今日は部屋から出ないこと。』
そうセディとソフィアにきつく言われている。
理由を聞いても答えてはもらえなかった。力強く肩を掴まれ、メリルはそれ以上聞ける雰囲気ではなかったのだ。
来客はウィルダーバーン公爵家当主エドワードだという。以前貴族名鑑でその名を見たことがある。憧れのスレーデン湖を治める、北部地方の領主だ。来訪の目的はモーティス領騎士団の査閲らしい。
乱れなく並んでいる使用人の列に、ソフィアは見当たらない。母も自室で休んでいるのだろうか。では、私たち親子とウィルダーバーン公爵と何か関係が……?メリルはそこまで考えて、息を吐く。考えたところで答えが出るわけではない。
使用人が一斉に頭を下げた。間もなく二頭立ての豪奢な馬車が視界に入る。ドアには彫金で施された百合と馬。そのドアが開かれ、長身の男性が出てきた。ジョシュアやイーサンよりも少し高い背丈で、髪の色は白金に近いブロンドだ。窓からの距離が遠く、顔までははっきり見えなかった。
(あの方がウィルダーバーン公爵閣下)
メリルはその姿を見ても、やはり心当たりがなかった。
アルバートとセディがエドワードを出迎え、何か言葉を交わしているようだ。ぞろぞろと屋敷に入っていく様子を見届け、本棚から読みかけの1冊を取り出す。自室から出られない以上やれることは限られている。大好きな読書を1日かけて楽しむことにした。
***
日が落ちる頃には査閲も終わり、エドワードはモーティス家の晩餐会へ招かれていた。
モーティス領自慢の農作物を使った料理の数々が運ばれてくる。
「閣下、本日は遠いところわざわざお越しくださりありがとうございます。」
アルバートはエドワードに向かって頭を下げた。
「いや、こちらこそ。丁重なもてなしに感謝する。」
低く、落ち着いた声でエドワードは答えた。
「モーティス領の騎士たちは統率されていた。日頃の鍛錬の成果だろう。イーサン殿も剣筋がいい。このまま頑張りなさい。」
「恐れ入ります。」
イーサンは軍部トップのウィルダーバーン公爵その人に褒められ、背筋を伸ばし目礼した。
男性陣は今日の視察について意見を交わし、セディはにこやかに耳を傾けていた。
晩餐会は和やかな雰囲気に包まれていた。エドワードは白金の髪を後ろへ流し、柔和な空色の瞳で談笑している。国の武門を司る軍人だが、見た目から無骨さは見当たらない。むしろ洗練された雰囲気の美丈夫だった。
一人の使用人がセディへと近づき、後ろから「セディ様」と呼びかけた。
ワインを片手に談笑していたセディは、グラスを置き、振り向く。
「ランディ伯爵夫人から、急ぎのお手紙が届いております。」
一通の封書を見せながら使用人は腰を低くした。
「あら、スザンナ様から?どうしましょう。今手が離せないから、ソフィアに確認してちょうだい。」
使用人が一礼する。
セディは向き直ると、こちらを見ていたエドワードと目があった。エドワードは手にしていたフォークを皿の上に戻した。そしてゆっくりと顔の前で手を組んだ。
「伯爵夫人。」
硬い声音に、その場に静寂が訪れる。
「今、ソフィア、とおっしゃったか。」
セディは一瞬言葉に詰まった。
先ほどまでの柔和な雰囲気は消え、エドワードの瞳が、まっすぐセディを捉えている。
「………はい。」
「名は何という?」
「ソフィア・スレーデンと申します。」
「スレーデン……。」
エドワードはその名を反芻するように呟いた。
「その女性はここにいるのか?」
「ええ、私の侍女をしております。」
「いつから?」
セディの顔が強張る。
「……十六年前からでございます。」
エドワードの目が見開かれる。その驚きの表情に、セディは眉を下げ、瞳を揺らす。
「どこにいる?」
焦りを含んだエドワードの声が震えている。
「使用人棟の自室で休ませております。」
「使用人棟はどこだ?」
「西側にある三階建てでございます。」
セディが答え終わるより早く、エドワードは席を立った。
「失礼。」
それだけ残し、足早に部屋を出て行った。
残されたモーティス家の面々は、ただならぬ雰囲気に押し黙る。アルバートはフォークを置くと、セディへと視線を投げかけ、軽く頷いて見せた。セディは力が抜けたように背もたれに背を預け、エドワードの食べかけのお皿を見つめる。
「母上、何があったんです?」
ジョシュアは状況を把握しようとセディに尋ねたが、答えが返ってくることはなかった。
イーサンもまた、エドワードが去っていった扉を静かに見つめていた。
使用人棟の入り口が、大きな音とともに開かれ、エドワードが現れた。その場にいた人たちは何事かと一斉に振り向き、高貴な出で立ちを目にした途端、廊下の端へと並ぶ。
「ソフィア・スレーデンの部屋はどこだ。」
走ってきたのであろう、エドワードの息が上がっていた。
「さ、三階の一番奥になります。」
近くにいた者が答えると、エドワードは一直線に階段を駆け上がった。
使用人達は何事かと顔を見合わせ、その後を追っていく。
ソフィアの部屋の前で、立ち止まったエドワード。その扉に手を当て、呼吸を整える。
——エドワードはぎゅっと拳を握り、扉を鳴らした。




