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金星の約束  作者: ロンネ


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5.報告

 なぜ、イーサンとこれほどぎこちなくなってしまったのか。無視はされてないのに、つれない態度が心を重くする。いつまでも止まない雨のように、憂鬱さがまとわりついていた。

 それでもメリルは、自分を偽り明るく振る舞った。イーサンとこんな風にお別れしたくない。いつかまた、あの優しい笑顔が見られますようにと。


 太陽が高くのぼり、生暖かい風が髪の毛を揺らす。日傘を差していても汗が吹き出す夏の午後。

「はい、おまたせ。」

 庭師から花を受け取ったメリルは「ありがとうございます。」とお礼をし、屋敷へと戻る。その途中、剣の素振りをしてるイーサンが目に入り、足を止めた。

 (頑張ってるのね)

 声をかけても、邪魔になるだけ。メリルは目を閉じて息を吐くと、その場を離れようとした。その時——

 

「メリル!」

 

 聞きたかったその声に、メリルの体はドキリと硬直する。

「……イーサン様」

 頭を下げて、日傘の影を見つめる。その影の輪郭がくっきりと際立ち、陽射しの強さを強調していた。

 こちらを走ってきたイーサンは、息を整え額の汗を袖で拭った。

 

「報告がある。」

 いつになく硬い声音に、メリルは胸騒ぎを覚えた。

 

「何でございましょう。」

 声が震えないように意識した。

 

 イーサンは一度口をきつく結び、木剣の柄を強く握る。

 

「騎士団行きを決めた。」

 

「存じております。」

 

「……そうか。」

 

 イーサンの前髪から汗が落ちる。

 

「ご活躍をお祈りいたしております。」

 

「……ッ、」

 メリルの言葉にイーサンは一瞬顔を歪めた。

 

(何でそんな顔をするの——)

 日傘を持つ手が震える。

「失礼してもよろしいでしょうか?」

 その場にいられなくなったメリルは、少し早口になってしまった。

 

「……ああ。」

 

 一礼し、その場を後にする。束ねられたひまわりが、メリルの歩調に合わせて大きく揺れていた。


 本当なら花を生けてセディの部屋へ持っていかなければならない。だがメリルは、使用人棟の自室へ駆け込み、ドアを思いっきり閉めた。そのままドアに体を預け、ハァハァと息を繰り返す。

 (聞いてしまった……)

 すでに知っていた。でもどこか、間違いであって欲しいと願っていた。

 扉を背にくずおれ、膝を抱える。

 (本当に行ってしまうのね。)

 顔を埋めると、嗚咽と共に、溢れ出た涙が腕を濡らす。

 これから離れ離れになる未来に、目の前が真っ暗になる。

 メリルはしばらく、その場を動くことができなかった。


 ひとしきり泣いた後、喉の渇きを感じた。

 顔を上げて乱暴に目元を拭うと、気を引き締めて、花を拾い直した。

 

 セディの部屋へ花を届けた後、来客に気付いたメリルは、廊下の端に身を寄せ頭を下げた。

「メリル!」

 聞き慣れた声に顔をあげる。

「エレナ様!」

 ジョシュアの婚約者、ランディ伯爵令嬢のエレナが立っていた。


 メリルが顔を上げると、エレナは目を見開き慌てる。

「あなた、どうしたの?」

「え?」

「目が赤いわよ。ちょっといらっしゃい。そこのあなた、メリルは私の部屋へ連れていくわ。」

 そう言うと、メリルの腕を掴み、強引にメリルを連れていく。

 エレナのために用意された客室へ入ると、エレナは目線で座るように促した。

「それで?誰かにいじめられたの?ジョシュア様?それともイーサン様かしら?」

「ち、違います!」

「あら、じゃぁなぜ泣いてましたの?」

 どう答えればいいか、メリルは眉毛を下げて目を伏せた。

「メリル、辛いことがあるのなら吐き出した方がいいわ。」

 そう優しく言われると、先ほどのことを思い出し、目が潤んだ。

「エレナ様…。」

 メリルのまつ毛が揺れ、閉じ込めていた思いをそっと開ける。

「どうしたらいいかわからないんです。」

 言葉にするのが難しくて、紅茶を一口飲み込む。

「……イーサン様から聞きました。」

「イーサン様?何を聞いたの?」

「騎士団行きのことを……、直接。」

「ああ、ついに本人が伝えたのね。」

 ついに、と言う言葉が引っかかる。イーサンが直接メリルへ伝えることは予定されていたことなのだろうか。

「ついに、とはどういう意味でしょうか。」

「え?そんなこと言ったかしら。」

 エレナはとっさに扇子で口元を隠す。あからさまに誤魔化された気がしたが、些細な違和感を飲み込んだ。

「それが、泣くほど、辛いことなのね?」

 エレナが一層優しげに、労わるように声をかける。

「…………はい。」

 エレナは腕を組み、閉じた扇子の先端で規則正しく腕を叩きだした。

「ねぇ、メリル。そんな悲観することはなくてよ。」

 机から身を乗り出し、安心させるかのように言って聞かせる。

「なぜでしょうか?」

「だって、わざわざ呼び止められたんでしょう?どうでもいい相手にそんなことするかしら。」

「でも、避けられてる気がします。」

「そう?避けてる、とは違う気がするけど。」

「そうですか?」

「まぁイーサン様がちょっと偏屈で、頑固で、不器用なだけよ。」

 偏屈、頑固、不器用、どれもしっくりこない。

「イーサン様はそんな方じゃありません。優しくて、誠実で、何でもそつなくこなす方だと思います。」

 メリルはつい反論してしまった。

「あらあら、ごめんなさいね。そうね、イーサン様は優しくて、誠実で、器用な方だわ。」

 エレナはちょっとおどけて、メリルの言葉を繰り返した。

「……さ、メリル。お茶でも飲んで落ち着くといいわ。」

 温かな紅茶とエレナの気遣いが、張り詰めていた心をじんわりと解いていく。メリルはカップを両手で包むと、肩の力を抜きホッと息を吐いた。

 

 

 

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