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金星の約束  作者: ロンネ


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27/27

27.誓い

最終話です。

 季節は巡り、春。

 目の前には父エドワードが礼装に身を包み佇んでいる。

「メリル、とても美しいよ。」

 柔らかな光を受けて輝くウェディングドレスは、上質なシルクサテンで仕立てられている。真珠のような艶を宿した純白の生地は、動くたびに穏やかな光を纏い、清らかな存在感を放っていた。

 緩やかなオフショルダーが華奢な肩と鎖骨を美しく映し出し、細く絞られたウエストからは、贅沢なまでに生地を使ったスカートが幾重ものドレープを描きながら裾へと広がっている。歩みを進めるたび、波打つ布地は水面のさざ波のように静かに揺れ、その一歩一歩を優雅に彩った。

 長く流れるカテドラルヴェールの裾には繊細な刺繍が施されている。

 エドワードは自分の分身のようにそっくりな娘の晴れ姿を、頭の先からつま先まで余すことなく目に焼き付けるように見た。

 

「ありがとうございます、お父様。」

 二年半前、他界したと聞かされた父が存命だと知らされた。そこから自分の人生は何もかも大きく変わった。まだ二年半しか一緒に過ごしてはいないけれど、今メリルは父からの愛情を疑ってはいない。確かに愛されているのだと、エドワードはその言葉と行動で示してくれた。

「さあ、行こうか。」

 エドワードは静かに左腕を曲げ、メリルへ差し出した。

「はい、お父様。」

 メリルはそっと父の腕に手を添える。


 ウィルダーバーン公爵領で最も古い歴史を誇る大聖堂。その大扉の前に二人は立った。

 扉の両脇に控えていた聖堂の従者が扉に手をかける。

 扉の向こうから、オルガンの壮麗な旋律が流れてくる。

 ゆっくりと大扉が開いた。


 開け放たれた扉から、たくさんの参列者、そしてその奥にイーサンの姿が目に入る。祭壇で待つその姿は、堂々としていて一際大きく見えた。

 ゆっくりとバージンロードを歩く。

 ウィルダーバーンと縁のある方達ばかりだ。夢心地の中一歩一歩確かめるように踏みしめる。祭壇へと近づいていくと、大好きな人たちの顔がこちらを見ていた。

 エルトワ家の祖父母は静かに頷き、叔父は満面の笑みを浮かべていた。

 兄のように見守るジョシュア、顔を綻ばせるエレナ、涙ぐむソフィアとセディに、朗らかに口元を緩めるアルバート。そしていつも通り凛としているマリア。


 エドワードは静かに歩みを止め、メリルも足を揃える。

 エドワードはメリルの手をそっと離し、イーサンへと託した。

 グローブ越しにイーサンの手に包まれ、その腕へと導かれる。

 階段を一段ずつ登ると、ふわふわとした高揚感が実感を伴っていく。


 神父の前で二人が並び立つと、オルガンの音が止まった。背後で衣擦れの音が重なり、参列者が静かに席へ着く気配が広がる。

 神父の口上が始まる。言葉は耳に届いているはずなのに、不思議と内容は頭へ入ってこなかった。

 隣にはイーサンがいる。幼い頃から隣にいた人。大好きで、大好きで、それでも届かないと思っていた人。


 そっと視線を向けると、イーサンもこちらを見ていた。優しく目を細めるその笑みに、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「汝、イーサン・モーティスは——」

「誓います。」

 迷いのないまっすぐな声。


「汝、メリル・ウィルダーバーンは——」

「誓います。」

 心からの決意を込めて答えた。


 指輪の交換。

 グローブを外し、左手をそっと差し出した。イーサンの手が直に触れ、緊張で冷えていた指先がほっと温まる。

 イーサンは慈しむようにメリルの薬指へ指輪を滑らせた。シンプルな白銀のリングには、イーサンの瞳を思わせる小粒のブラウンダイヤモンド。

 次いでイーサンの左薬指に、メリルが指輪をはめる。その白銀のリングには、小さな蒼天石が澄み渡る空のような青を湛えていた。


「それでは、誓いのキスを。」

 神父が二人へ手を差し向ける。

 メリルは腰を屈めると、イーサンの手でヴェールがゆっくりと持ち上げられた。

 遮るものがなくなった視界に、イーサンの真剣な眼差しが映る。イーサンが一歩距離を詰め、メリルは静かに目を閉じた。唇がそっと重なり、離れていく。初めてのキスは、思ったよりも短かった。けれど、イーサンの唇が触れた場所が、その余韻に甘く溶けていく。


「これをもって、二人が夫婦となったことをここに宣言します。」

 神父の声が大聖堂に響く。次の瞬間、祝福の拍手が一斉に沸き起こった。


 イーサンがそっと手を差し出す。メリルは微笑み、その手を取った。

「行こう、メル。」

 懐かしいその呼び名に、メリルは思わず笑みを零す。

「はい。」

 二人は鳴り止まない拍手に包まれながら、新しい人生への一歩を踏み出した。


***


 侍女の娘と伯爵家次男で始まった物語は、立場を変え、晴れて夫婦となった。

 ある一冊の本の中には、二本の白星草の押し花が挟まれている。

『願いが叶うと言われる金星』

 まるで二人の未来を象徴するように、金星はいつまでも欠けることなく同じ頁で寄り添っていた。


 ——END——

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


次回作はムーンライトノベルズにて、『金星の約束』のスピンオフを投稿予定です。

本編に登場した第二王子キースを主人公に、真面目な外交官ルミーレとの恋を描いた、大人向けのロマンスとなっています。


『金星の約束』を楽しんでくださった皆さまに、次の物語でもまたお会いできましたら嬉しいです。

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