26.金星
秋風が気持ちよくそよぐ昼過ぎ、メリルはイーサンと並んで庭を歩いていた。何を話したらいいのかわからない。手を後ろで組み、俯き加減で石畳の繋ぎ目を数える。イーサンがいる右側だけビリビリと肌が痺れるようだった。
いつまでも黙ってるわけにはいかない。メリルは意を決して口を開いた。
「遅くなったけど騎士叙任、おめでとう。」
イーサンは穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。」
話が途切れる。
メリルは必死に頭を働かせ、次の話題を探す。
すると、隣から笑い声が聞こえた。見るとイーサンが口を手で覆い、目元を緩めている。
「ごめん。ダメだな。緊張してる。」
「私も……。」
そう言って顔を見合わせ笑い合った。
そこからは途切れることなく会話が続いた。
スレーデン湖、エルトワ家、面白かった本のこと。
イーサンは相槌を打ちながら、騎士見習いだった頃の話や先輩のこと、王都で流行ってるお店などを教えてくれた。
他愛もない、心地の良い時間が過ぎていく。
しかし突然、イーサンの纏う空気が張り詰めた。
「メル、ずっと会いたかった。」
イーサンの真剣な眼差しがメリルの歩みを止める。
メル。その懐かしい響きに体の芯が甘く熱をもつ。
「五年前、立場の違いを意識した日から、ずっと君だけを見てきた。未熟な自分では隣に立てないと、必死に剣を振るう日々だった。」
メリルは後ろで組んでいた手を解き、お腹の前で重ね直す。
「君が社交界で華々しく輝くたび、もう手の届かない人になってしまうのではと、ずっと怖かった。」
「そんな……。」
「でも、諦められなかった。騎士になり、やっと堂々と迎えに来れた。」
イーサンは片膝を付き、内ポケットから細長い木箱を取り出す。
「メル。愛しい人。どうか私と結婚してくれないか。」
そう言うと、イーサンは木箱の蓋をそっと開けた。
中に納められていたのは、丁寧に押し花にされた、クリーム色の白星草。
——『金星』
「君が昔、金星を渡してくれたことがあっただろう?それは今も私の宝物になっている。」
イーサンは一度木箱の中の金星に目をやる。
「これは、私が初めて見つけた金星だ。どうか受け取ってほしい。」
メリルは、三歳の頃、イーサンの回復を願って金星を探したことを思い出す。
イーサンはメリルにしっかり目を合わせ、懐かしい言葉を口にした。
「僕がメルを守るよ。」
幼かったイーサンと、目の前のイーサンの声が重なる。
それを聞いたメリルは、両手で口を覆い、堪えるように眉を寄せる。だが、耐えられたのはほんの数秒。瞳に涙が盛り上がり、瞬きをした拍子に、ポロポロとこぼれ落ちた。
震える手で金星をつまみあげ、そっと胸元に寄せ、目をつむる。一呼吸した後、空色の瞳でイーサンの目をしっかり見つめた。
「はい。喜んでお受けします。」
その瞬間、イーサンは破顔し立ち上がり、メリルを抱き上げた。メリルもイーサンの頭を両手で包み込む。ようやく二人の想いが通じ合った。
***
しばらくして、メリルとイーサンが応接室へ戻ると、空気が妙に温かかった。
ソフィアは目元を潤ませ、ハンカチを握りしめている。
マリアはいつになく口元を緩め、扇子で顔を半分隠していた。
アルバートは満足げに腕を組み、何度も頷いている。
セディに至っては、すでに何度も鼻をすすっている様子だった。
その一方で、エドワードだけがソファの隅で一人、紅茶のカップをじっと見つめていた。
「あの、何か……?」
戸惑うメリルに、ソフィアがにっこりと微笑んだ。
「いいえ、何でもないのよ。」
「ただ、とても綺麗なものを見せていただいたと思って。」
セディがそう続けると、マリアも静かに頷く。
「片膝を付く所作も、堂に入っていましたね。」
「……!!」
イーサンが息を呑む。
「いい所作だった。剣だけでなく、そういう所も鍛えていたのか?」
アルバートが愉快そうに付け加えると、イーサンは耳まで赤くなった。
「父上まで……。」
その反応で、メリルもようやく察した。
「まさか……見ていらしたのですか?」
誰も答えない。だが、全員の表情がすべてを物語っていた。
メリルは両手で顔を覆い、イーサンは気まずそうに視線を逸らす。
そんな中、エドワードだけは小さくため息をついた。
「……まだ早い気がするんだがな。」
ぽつりとこぼれた本音に、ソフィアが思わず吹き出す。
「あなた、いい加減になさってください。」
「分かってはいるんだ。分かっては……。」
肩を落とすエドワードの姿に、応接室は温かな笑いに包まれた。




