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金星の約束  作者: ロンネ


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26/27

26.金星

 秋風が気持ちよくそよぐ昼過ぎ、メリルはイーサンと並んで庭を歩いていた。何を話したらいいのかわからない。手を後ろで組み、俯き加減で石畳の繋ぎ目を数える。イーサンがいる右側だけビリビリと肌が痺れるようだった。

 いつまでも黙ってるわけにはいかない。メリルは意を決して口を開いた。

「遅くなったけど騎士叙任、おめでとう。」

 イーサンは穏やかに微笑んだ。

「ありがとう。」

 話が途切れる。

 メリルは必死に頭を働かせ、次の話題を探す。

 すると、隣から笑い声が聞こえた。見るとイーサンが口を手で覆い、目元を緩めている。

「ごめん。ダメだな。緊張してる。」

「私も……。」

 そう言って顔を見合わせ笑い合った。


 そこからは途切れることなく会話が続いた。

 スレーデン湖、エルトワ家、面白かった本のこと。

 イーサンは相槌を打ちながら、騎士見習いだった頃の話や先輩のこと、王都で流行ってるお店などを教えてくれた。


 他愛もない、心地の良い時間が過ぎていく。

 しかし突然、イーサンの纏う空気が張り詰めた。


「メル、ずっと会いたかった。」

 イーサンの真剣な眼差しがメリルの歩みを止める。

 メル。その懐かしい響きに体の芯が甘く熱をもつ。

「五年前、立場の違いを意識した日から、ずっと君だけを見てきた。未熟な自分では隣に立てないと、必死に剣を振るう日々だった。」

 メリルは後ろで組んでいた手を解き、お腹の前で重ね直す。

「君が社交界で華々しく輝くたび、もう手の届かない人になってしまうのではと、ずっと怖かった。」

「そんな……。」

「でも、諦められなかった。騎士になり、やっと堂々と迎えに来れた。」

 イーサンは片膝を付き、内ポケットから細長い木箱を取り出す。

「メル。愛しい人。どうか私と結婚してくれないか。」

 そう言うと、イーサンは木箱の蓋をそっと開けた。


 中に納められていたのは、丁寧に押し花にされた、クリーム色の白星草。

 

 ——『金星』


「君が昔、金星を渡してくれたことがあっただろう?それは今も私の宝物になっている。」

 イーサンは一度木箱の中の金星に目をやる。

「これは、私が初めて見つけた金星だ。どうか受け取ってほしい。」


 メリルは、三歳の頃、イーサンの回復を願って金星を探したことを思い出す。


 イーサンはメリルにしっかり目を合わせ、懐かしい言葉を口にした。


「僕がメルを守るよ。」


 幼かったイーサンと、目の前のイーサンの声が重なる。

 

 それを聞いたメリルは、両手で口を覆い、堪えるように眉を寄せる。だが、耐えられたのはほんの数秒。瞳に涙が盛り上がり、瞬きをした拍子に、ポロポロとこぼれ落ちた。


 震える手で金星をつまみあげ、そっと胸元に寄せ、目をつむる。一呼吸した後、空色の瞳でイーサンの目をしっかり見つめた。

「はい。喜んでお受けします。」

 その瞬間、イーサンは破顔し立ち上がり、メリルを抱き上げた。メリルもイーサンの頭を両手で包み込む。ようやく二人の想いが通じ合った。


***

 

 しばらくして、メリルとイーサンが応接室へ戻ると、空気が妙に温かかった。

 ソフィアは目元を潤ませ、ハンカチを握りしめている。

 マリアはいつになく口元を緩め、扇子で顔を半分隠していた。

 アルバートは満足げに腕を組み、何度も頷いている。

 セディに至っては、すでに何度も鼻をすすっている様子だった。

 その一方で、エドワードだけがソファの隅で一人、紅茶のカップをじっと見つめていた。

「あの、何か……?」

 戸惑うメリルに、ソフィアがにっこりと微笑んだ。

「いいえ、何でもないのよ。」

「ただ、とても綺麗なものを見せていただいたと思って。」

 セディがそう続けると、マリアも静かに頷く。

「片膝を付く所作も、堂に入っていましたね。」

「……!!」

 イーサンが息を呑む。

「いい所作だった。剣だけでなく、そういう所も鍛えていたのか?」

 アルバートが愉快そうに付け加えると、イーサンは耳まで赤くなった。

「父上まで……。」

 その反応で、メリルもようやく察した。

「まさか……見ていらしたのですか?」

 誰も答えない。だが、全員の表情がすべてを物語っていた。

 メリルは両手で顔を覆い、イーサンは気まずそうに視線を逸らす。

 そんな中、エドワードだけは小さくため息をついた。

「……まだ早い気がするんだがな。」

 ぽつりとこぼれた本音に、ソフィアが思わず吹き出す。

「あなた、いい加減になさってください。」

「分かってはいるんだ。分かっては……。」

 肩を落とすエドワードの姿に、応接室は温かな笑いに包まれた。


 

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