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金星の約束  作者: ロンネ


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23/27

23.迫り来る期日

 ウィルダーバーン公爵邸の執務室では、マリアが選び抜いた縁談相手について報告していた。

「候補者は三名まで絞りました。」

「ありがとう。あとは私が確認しよう。」

 執務机に並べられた書類へ、エドワードは目を落とす。

 その時だった。

 コンコン、と扉が叩かれる。

「失礼いたします。」

 家令のヨーゼフが、一通の封書を手に入ってきた。恭しい所作はいつも通りなのに、その足取りがどこか硬い。

「旦那様。王宮より、王妃殿下のお使いの方が。こちらの書状を預かって参りました。」

「王妃殿下から?」

 エドワードは眉を寄せ、封書を受け取った。裏を返せば、王家の封蝋。執務室の空気が張り詰める。

 封を切り、目を通す。読み進めるうち、指先に力がこもった。

「あなた?」

 ソフィアの声にも、すぐには答えられない。エドワードは書状を机へ置くと、こめかみを押さえた。

「……王妃殿下より、内々の打診だ。キース殿下と、メリルとの縁談を進めたいと。」

 ソフィアの手から、候補者の書類が滑り落ちそうになる。

「まだ正式な申し込みではない。あくまで、こちらの意向を問う形だ。」

「それは……お心遣い、ということですか。」

 マリアが老眼鏡を外し、目頭を揉んだ。

「ええ。正式に申し込まれてしまえば、公爵家といえど断る道はほとんどありません。その前に、内々に尋ねてくださっている。王妃殿下らしい、筋の通ったやり方です。」

「では、断れると?」

 ソフィアの問いに、マリアは首を振る。

「口実もなく、ですか? 『気が進みません』では、王家に恥をかかせるだけです。第二王子殿下ですよ。身分、器量、どこに断る理由があるとおっしゃるの。」

「理由ならある。」

 エドワードが低く言った。

「殿下の女性関係は——」

「以前の話でしょう。」

 マリアがぴしゃりと遮る。

「この一年、殿下に浮いた噂はございません。むしろ社交界は、メリルとの仲を祝福する空気です。皆が知っていますよ。夜会のたび、殿下がどなたの隣にいらしたか。」

 エドワードは黙り込んだ。その通りだった。誰も悪意など持っていない。王妃は礼を尽くし、殿下は誠実に振る舞い、社交界は善意で二人を並べて見ている。それなのに——いや、それゆえに、退路がどこにもない。

「……フィア。」

 エドワードは妻を見た。

「メリルは、任せると言ったのだったな。」

「……ええ。」

 ソフィアは膝の上で手を重ねた。

 (あの子の心には、もう決まった人がいる。)

 喉元まで出かかった言葉を、ソフィアは飲み込む。あの夜、メリルは名前を言わなかった。言わないと決めた娘の覚悟を、母親が先回りして踏み荒らすことはできない。けれど、このまま黙っていれば——

「あの……。」

「フィア?」

「……いえ。」

 ソフィアは目を伏せた。エドワードはその横顔をしばらく見つめたが、それ以上は問わなかった。

 重い沈黙を、マリアの声が破る。

「それで、ご返答の期限は。」

 エドワードは書状へ視線を戻した。

「……七日のうちに、と。」

「七日。」

 マリアは扇子を握り直し、息子を見据えた。

「エドワード。お断りするなら、王家が納得する理由が要ります。七日で、それを見つけられますか。」

 返す言葉はなかった。窓の外では、秋の陽が傾き始めている。

 

 ***

 

 ——期限まで、あと六日。

 

 色づいた木々が燃えるような赤や橙に染まり、風が吹くたびに葉が舞い落ちる。その野の一角で、イーサンは服が汚れるのも厭わず、地に膝をついていた。

「これも違う。」

 熱心に辺りを見渡すも、目当てのものは今日も見つからない。

「また明日か……。」

 髪を揺らす風は涼しいのに、額には汗が滲んでいた。かれこれ数日、こんな日々を過ごしている。

 立ち上がって膝の土を払い、大きく息をつく。西へ傾いた陽が、野を茜色に染めていた。

 急がなくては。——メリルが他の誰かの手を取ってしまう前に。

 イーサンは一度だけ野を振り返り、明日も来ようと心に決めて、帰路についた。


 

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