23.迫り来る期日
ウィルダーバーン公爵邸の執務室では、マリアが選び抜いた縁談相手について報告していた。
「候補者は三名まで絞りました。」
「ありがとう。あとは私が確認しよう。」
執務机に並べられた書類へ、エドワードは目を落とす。
その時だった。
コンコン、と扉が叩かれる。
「失礼いたします。」
家令のヨーゼフが、一通の封書を手に入ってきた。恭しい所作はいつも通りなのに、その足取りがどこか硬い。
「旦那様。王宮より、王妃殿下のお使いの方が。こちらの書状を預かって参りました。」
「王妃殿下から?」
エドワードは眉を寄せ、封書を受け取った。裏を返せば、王家の封蝋。執務室の空気が張り詰める。
封を切り、目を通す。読み進めるうち、指先に力がこもった。
「あなた?」
ソフィアの声にも、すぐには答えられない。エドワードは書状を机へ置くと、こめかみを押さえた。
「……王妃殿下より、内々の打診だ。キース殿下と、メリルとの縁談を進めたいと。」
ソフィアの手から、候補者の書類が滑り落ちそうになる。
「まだ正式な申し込みではない。あくまで、こちらの意向を問う形だ。」
「それは……お心遣い、ということですか。」
マリアが老眼鏡を外し、目頭を揉んだ。
「ええ。正式に申し込まれてしまえば、公爵家といえど断る道はほとんどありません。その前に、内々に尋ねてくださっている。王妃殿下らしい、筋の通ったやり方です。」
「では、断れると?」
ソフィアの問いに、マリアは首を振る。
「口実もなく、ですか? 『気が進みません』では、王家に恥をかかせるだけです。第二王子殿下ですよ。身分、器量、どこに断る理由があるとおっしゃるの。」
「理由ならある。」
エドワードが低く言った。
「殿下の女性関係は——」
「以前の話でしょう。」
マリアがぴしゃりと遮る。
「この一年、殿下に浮いた噂はございません。むしろ社交界は、メリルとの仲を祝福する空気です。皆が知っていますよ。夜会のたび、殿下がどなたの隣にいらしたか。」
エドワードは黙り込んだ。その通りだった。誰も悪意など持っていない。王妃は礼を尽くし、殿下は誠実に振る舞い、社交界は善意で二人を並べて見ている。それなのに——いや、それゆえに、退路がどこにもない。
「……フィア。」
エドワードは妻を見た。
「メリルは、任せると言ったのだったな。」
「……ええ。」
ソフィアは膝の上で手を重ねた。
(あの子の心には、もう決まった人がいる。)
喉元まで出かかった言葉を、ソフィアは飲み込む。あの夜、メリルは名前を言わなかった。言わないと決めた娘の覚悟を、母親が先回りして踏み荒らすことはできない。けれど、このまま黙っていれば——
「あの……。」
「フィア?」
「……いえ。」
ソフィアは目を伏せた。エドワードはその横顔をしばらく見つめたが、それ以上は問わなかった。
重い沈黙を、マリアの声が破る。
「それで、ご返答の期限は。」
エドワードは書状へ視線を戻した。
「……七日のうちに、と。」
「七日。」
マリアは扇子を握り直し、息子を見据えた。
「エドワード。お断りするなら、王家が納得する理由が要ります。七日で、それを見つけられますか。」
返す言葉はなかった。窓の外では、秋の陽が傾き始めている。
***
——期限まで、あと六日。
色づいた木々が燃えるような赤や橙に染まり、風が吹くたびに葉が舞い落ちる。その野の一角で、イーサンは服が汚れるのも厭わず、地に膝をついていた。
「これも違う。」
熱心に辺りを見渡すも、目当てのものは今日も見つからない。
「また明日か……。」
髪を揺らす風は涼しいのに、額には汗が滲んでいた。かれこれ数日、こんな日々を過ごしている。
立ち上がって膝の土を払い、大きく息をつく。西へ傾いた陽が、野を茜色に染めていた。
急がなくては。——メリルが他の誰かの手を取ってしまう前に。
イーサンは一度だけ野を振り返り、明日も来ようと心に決めて、帰路についた。




