22.騎士叙任
社交シーズンも終わりを告げ、メリルたちは公爵邸へと戻った。
夏を迎えたウィルダーバーン公爵領は、モーティスの暑さと比べれば幾分過ごしやすい。
花壇に咲く晩夏の花々を眺めながら歩いていると、エドワードがふと足を止めた。
「メリル。」
「はい、お父様。」
「モーティス伯爵家のイーサン殿だが、今年、正式に騎士へ叙任されるそうだ。」
「本当ですか?」
思わず、声が弾んだ。
「ああ。通常は三年ほどかかるところを、二年で叙任される。」
エドワードは庭園の小道をゆっくりと進みながら続ける。
「しかも主席だ。」
「主席……。」
「剣の腕だけでは届かない。人格、統率力、判断力……あらゆる面で優秀でなければ選ばれない。」
「そう、なのですね……。」
メリルはそっと胸の前で手を組んだ。
(イーサンが、騎士になる。)
自分のことのように誇らしい。たったそれだけで、目の奥が熱を持つ。
「とてもおめでたいことですわ。」
囁くように言って、メリルは目を閉じ、喜びを噛み締めた。
***
やがて二か月が過ぎた。
暦の上では秋を迎えていたが、王都にはなお夏の名残が色濃く、茹だるような暑さが続いている。
王国騎士団本部の大講堂には、今年叙任される見習い騎士たちと、その家族、王族、軍幹部が集っていた。
壇上には王国旗と王家の紋章が掲げられ、その前に国王と軍部の要人たちが着席している。
深い静寂を破り、式典の開始を告げるラッパが高らかに鳴り響いた。
整然と並ぶ見習い騎士たちは、濃紺の礼装に身を包み、腰にはまだ装飾の少ない儀礼剣を帯びている。誰もが緊張した面持ちで、正面を見据えていた。
騎士団長が一歩前へ進み、朗々とした声で告げる。
「本年度、騎士課程を修了した二十七名を、正式な王国騎士として叙任する。」
講堂が静まり返った。
「まず、本年度主席修了者を発表する。」
一瞬の静寂。
「イーサン・モーティス。」
「はい。」
凛とした返事が講堂に響いた。
一人の青年が隊列から進み出る。
栗色の髪を短く整え、背筋を真っ直ぐに伸ばしたその姿に、二年前のあどけなさはもうない。
国王の前で片膝をつき、頭を垂れる。
国王は儀礼剣を受け取ると、その刃をイーサンの左右の肩へ軽く触れさせた。
「本日より汝を王国騎士として認める。」
「ありがたき幸せにございます。」
国王が頷くと、騎士団長が銀色に輝く騎士章をイーサンの胸元へ留めた。
その瞬間、講堂は大きな拍手に包まれる。
来賓席ではアルバートとセディが誇らしげに息子を見つめ、ジョシュアは満面の笑みを浮かべていた。
その光景を、エドワードは来賓席の一角から見守っている。
二年での騎士叙任。しかも主席。容易に成し遂げられることではない。
(主席に恥じぬ、立派な姿だ。)
騎士団の未来を担う若者として、この青年は申し分ない。
その後、残る見習いたちも次々と叙任され、式典は厳粛な空気のまま滞りなく進んでいった。
誰もが新たな一歩を踏み出す中、その年の主席として名を刻んだイーサン・モーティスの姿は、多くの者の記憶に深く残ることとなる。
***
夕食の席で、メリルは待ちきれない様子で尋ねた。
「お父様、式典はいかがでしたか。」
「ああ。」
エドワードはグラスを置き、思い出すように目を細めた。
「見事な叙任だった。主席という重みを、十分に体現していたよ。」
「まあ。」
ソフィアが口元に手を添える。
「イーサン様、本当に立派になられて……。」
幼い日のあどけない姿を思い出しているのか、その目元がふっと和らいだ。
「そんなに優秀な若者なのですか?」
マリアが興味深そうに眉を上げる。
「ええ。通常は三年かかるところを二年で、しかも主席です。」
「ほう……それは見上げたものですね。」
感心したように、マリアが頷いた。
メリルは膝の上で手をきゅっと握る。聞きたいことは他にもあるのに、言葉が喉の奥でつかえた。
「あの……他に、何か変わったご様子はありませんでしたか。」
「特には。堂々としたものだったよ。」
エドワードは何気なく答え、料理へと視線を戻した。
それ以上は尋ねられなかった。メリルは頷きだけを返し、込み上げる喜びをこっそりと噛み締めた。
***
叙任式を終えたイーサンは、自室へ戻ると姿見の前に立った。
濃紺の騎士服。
胸元には、先ほど授かった銀色の騎士章が輝いている。
鏡の中の自分を見つめ、そっと胸元へ手を添えた。
(……やっとここまで来た。)
二年前、騎士団へ入った日。
三年かかると言われた道を、一日でも早く駆け上がろうと決めた。
剣を振るい、仲間を導き、己を磨き続けた日々。
その努力が、ようやく実を結んだ。
けれど、これで終わりではない。
ふと、詰所で幾度となく耳にした、同期たちの声が蘇る。
『キース殿下、例の公爵令嬢をたいそうお気に召しているらしいぞ。』
『夜会のたびにお隣だそうだ。近いうちにめでたい話があるんじゃないかと、もっぱらの噂だな。』
あの時は、聞こえないふりをして剣を磨いた。騎士章のない自分には、噂に心を乱す資格すらないと思っていたから。
——だが、今は違う。
イーサンは胸元の騎士章を、強く握り込んだ。
(待っていてくれ、メリル。)
もう、一日も無駄にはできない。
机へ向かい、便箋を広げる。
迷いなくペンを走らせ、書き終えると丁寧に封をした。
封筒の宛名には、力強い文字が刻まれている。
『アルバート・モーティス様。』




