20.二度目の社交界
剣技大会が終わると、社交シーズンへと突入した。
メリルは十八歳を迎える。
一年前、デビュタントとして参加した頃に比べれば、いくぶん心に余裕があるのを感じる。
今日身に纏っていたのは、月光を思わせるシルバーのドレスだった。肩を大胆に露出したオフショルダーは、白く滑らかな肌と華奢な肩を美しく際立たせ、胸元から細く絞られた身頃は、そのしなやかな身体のラインを優雅に映し出している。
光沢のある銀色の生地の上には、グリッターを散りばめた薄いシフォンが幾重にも重ねられていた。歩みを進めるたび、軽やかな裾がふわりと揺れ、シャンデリアの光を受けたドレスは、まるで無数の星屑を纏っているかのように繊細な輝きを放つ。
袖口には透け感のあるフリルが細い腕を包み込み、凛とした気品の中へ可憐さを添えていた。
ストロベリーブロンドの髪は緩やかなハーフアップに結い上げられ、後ろでまとめたシニョンには、大粒の真珠が連なる銀の櫛が上品に飾られていた。耳元では一粒真珠のイヤリングが歩みに合わせて小さく揺れ、飾りのない首元は、細く伸びた首筋から美しい鎖骨のラインまでを際立たせていた。
去年は初々しさを残した少女だった。だが今宵、夜会の光に照らされたメリルは、可憐さをそのままに、一人の淑女へと美しく花開いていた。そのことに本人は気づかぬまま、静かにエドワードの隣に寄り添っていた。
会場へ入ると、ソフィアはすぐに見知った夫人たちに囲まれ、和やかに言葉を交わし始めた。エドワードが他の貴族と言葉を交わしている間、メリルはゆっくりと会場を見渡した。緊張した面持ちの初々しい令嬢たちの姿を目にする。去年とは立場の違う景色が、月日の流れを感じさせる。
「メリル」
聞き覚えのある声に振り返ると、シャンパンを片手に口元を緩めたキースが立っていた。
「キース殿下、本日もご機嫌麗しゅう存じます。」
「ああ。それにしても……去年も美しかったが、今年は目を奪われたよ。」
「恐縮でございます。」
メリルは頭を軽く下げた。
キースはグラスを近くのテーブルに置くと、一歩メリルへと近づいた。
「少し外の風に当たらないか。」
キースはバルコニーへと視線を向けた。
その一言に、メリルはわずかに表情を曇らせる。
夜会の最中、未婚の男女が二人きりでバルコニーへ出る。その意味が分からないほど、もう世間知らずではなかった。
「申し訳ございません。その……。」
言葉を濁しただけで、キースはすべてを察したように小さく笑う。
「いや、すまない。困らせるつもりはなかった。」
理由を尋ねることも、無理に勧めることもない。その潔い引き際に、メリルは密かに感心した。
「では、一曲だけ付き合ってくれないか。」
「ぜひ。」
キースは優雅に一礼すると、メリルの手を取りホールの中央へと導いた。
軽快なワルツが流れ始める。
「メリルは去年とは雰囲気が変わったね。」
「今思えば、緊張していたのだと思います。お恥ずかしい限りです。」
「誰でも最初はそうさ。だが今年は違う。余裕がある。」
「少しだけ慣れたのかもしれません。」
「その少しが大きいんだ。」
キースは軽やかにメリルを回し、滑らかに受け止める。
「今年の剣技大会は、見応えがあったな。」
「はい。皆様とても素晴らしかったです。」
「私も剣は好きだが、あれほど真っ直ぐ勝負に懸ける姿を見ると、自分も鍛え直したくなる。」
「殿下も十分お強いではありませんか。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
自然と言葉を重ねるうち、先ほどの警戒は解けていった。
キースは相手に話をさせるのが上手い。話題は次々と移り変わり、気づけば曲も終盤へ差しかかっていた。
「キース殿下。」
「ん?」
「私のことはお気になさらず、今年デビューされた令嬢方とも踊って差し上げてください。皆様、殿下と踊れる日を心待ちになさっていると思います。」
キースは一瞬だけ目を細める。
「……つれないな。」
メリルは困ったように微笑んだ。
「だが、忠告はありがたく受け取っておくよ。」
最後の旋律が響き終わる。
二人は向かい合い、優雅に一礼した。
「本日はありがとうございました。」
「こちらこそ。楽しい時間だった。」
キースはそれ以上引き留めることなく微笑み、次に待つ令嬢たちのもとへと歩いていった。
少し離れた場所では、ソフィアがその様子をじっと見つめていた。かつて自分が社交界で経験した駆け引きを思い出しているのか、その横顔にはどこか複雑な色が浮かんでいた。
キースと別れたメリルは、エドワードの元へ戻った。
「お父様、お待たせいたしました。」
「ああ。」
短く返事をしたエドワードは、メリルへ一瞬視線を向ける。その表情は穏やかなままだったが、どこか先ほどまでとは違う空気を纏っていた。
「何を話した。」
「当たり障りのないことです。」
「踏み込んだことは言われなかったか。」
「はい。私はそのように思います。」
メリルの答えにエドワードは小さく頷く。
「そうか。」
それ以上は何も聞かなかった。
だが、その胸中は穏やかではない。
先ほどまで遠目に見ていた二人の姿は、驚くほど絵になっていた。相手は第二王子キース。身分、容姿、人格、どれを取っても申し分ない。世間から見れば、これ以上ない縁談だろう。
――だが。
エドワードはキースの女性関係を知っていた。
社交界では数え切れぬほどの令嬢へ秋波を送り、そのたびに恋の噂が立つ。本人に悪気はないのだろうが、その移ろいやすさがメリルの幸せに繋がるとは到底思えなかった。
今はまだ、ただ興味を抱いているだけかもしれない。しかし、もし王家から正式な打診があれば、公爵家といえど容易には断れない。
エドワードは静かにグラスを口元へ運ぶ。
――本格的に相手を探さねばならない。
エドワードはそう自分に言い聞かせた。




