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金星の約束  作者: ロンネ


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20/27

20.二度目の社交界

 剣技大会が終わると、社交シーズンへと突入した。

 メリルは十八歳を迎える。

 一年前、デビュタントとして参加した頃に比べれば、いくぶん心に余裕があるのを感じる。

 

 今日身に纏っていたのは、月光を思わせるシルバーのドレスだった。肩を大胆に露出したオフショルダーは、白く滑らかな肌と華奢な肩を美しく際立たせ、胸元から細く絞られた身頃は、そのしなやかな身体のラインを優雅に映し出している。

 光沢のある銀色の生地の上には、グリッターを散りばめた薄いシフォンが幾重にも重ねられていた。歩みを進めるたび、軽やかな裾がふわりと揺れ、シャンデリアの光を受けたドレスは、まるで無数の星屑を纏っているかのように繊細な輝きを放つ。

 袖口には透け感のあるフリルが細い腕を包み込み、凛とした気品の中へ可憐さを添えていた。

 ストロベリーブロンドの髪は緩やかなハーフアップに結い上げられ、後ろでまとめたシニョンには、大粒の真珠が連なる銀の櫛が上品に飾られていた。耳元では一粒真珠のイヤリングが歩みに合わせて小さく揺れ、飾りのない首元は、細く伸びた首筋から美しい鎖骨のラインまでを際立たせていた。

 去年は初々しさを残した少女だった。だが今宵、夜会の光に照らされたメリルは、可憐さをそのままに、一人の淑女へと美しく花開いていた。そのことに本人は気づかぬまま、静かにエドワードの隣に寄り添っていた。


 会場へ入ると、ソフィアはすぐに見知った夫人たちに囲まれ、和やかに言葉を交わし始めた。エドワードが他の貴族と言葉を交わしている間、メリルはゆっくりと会場を見渡した。緊張した面持ちの初々しい令嬢たちの姿を目にする。去年とは立場の違う景色が、月日の流れを感じさせる。


「メリル」

 聞き覚えのある声に振り返ると、シャンパンを片手に口元を緩めたキースが立っていた。

「キース殿下、本日もご機嫌麗しゅう存じます。」

「ああ。それにしても……去年も美しかったが、今年は目を奪われたよ。」

「恐縮でございます。」

 メリルは頭を軽く下げた。

 キースはグラスを近くのテーブルに置くと、一歩メリルへと近づいた。

「少し外の風に当たらないか。」

 キースはバルコニーへと視線を向けた。

 その一言に、メリルはわずかに表情を曇らせる。

 夜会の最中、未婚の男女が二人きりでバルコニーへ出る。その意味が分からないほど、もう世間知らずではなかった。

「申し訳ございません。その……。」

 言葉を濁しただけで、キースはすべてを察したように小さく笑う。

「いや、すまない。困らせるつもりはなかった。」

 理由を尋ねることも、無理に勧めることもない。その潔い引き際に、メリルは密かに感心した。

「では、一曲だけ付き合ってくれないか。」

「ぜひ。」

 キースは優雅に一礼すると、メリルの手を取りホールの中央へと導いた。

 

 軽快なワルツが流れ始める。

 

「メリルは去年とは雰囲気が変わったね。」

「今思えば、緊張していたのだと思います。お恥ずかしい限りです。」

「誰でも最初はそうさ。だが今年は違う。余裕がある。」

「少しだけ慣れたのかもしれません。」

「その少しが大きいんだ。」

 キースは軽やかにメリルを回し、滑らかに受け止める。

「今年の剣技大会は、見応えがあったな。」

「はい。皆様とても素晴らしかったです。」

「私も剣は好きだが、あれほど真っ直ぐ勝負に懸ける姿を見ると、自分も鍛え直したくなる。」

「殿下も十分お強いではありませんか。」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。」

 自然と言葉を重ねるうち、先ほどの警戒は解けていった。

 キースは相手に話をさせるのが上手い。話題は次々と移り変わり、気づけば曲も終盤へ差しかかっていた。


「キース殿下。」

「ん?」

「私のことはお気になさらず、今年デビューされた令嬢方とも踊って差し上げてください。皆様、殿下と踊れる日を心待ちになさっていると思います。」

 キースは一瞬だけ目を細める。

「……つれないな。」

 メリルは困ったように微笑んだ。

「だが、忠告はありがたく受け取っておくよ。」

 

 最後の旋律が響き終わる。

 二人は向かい合い、優雅に一礼した。

「本日はありがとうございました。」

「こちらこそ。楽しい時間だった。」

 キースはそれ以上引き留めることなく微笑み、次に待つ令嬢たちのもとへと歩いていった。


 少し離れた場所では、ソフィアがその様子をじっと見つめていた。かつて自分が社交界で経験した駆け引きを思い出しているのか、その横顔にはどこか複雑な色が浮かんでいた。

 

 キースと別れたメリルは、エドワードの元へ戻った。

「お父様、お待たせいたしました。」

「ああ。」

 短く返事をしたエドワードは、メリルへ一瞬視線を向ける。その表情は穏やかなままだったが、どこか先ほどまでとは違う空気を纏っていた。


「何を話した。」

「当たり障りのないことです。」

「踏み込んだことは言われなかったか。」

「はい。私はそのように思います。」

 メリルの答えにエドワードは小さく頷く。

「そうか。」

 それ以上は何も聞かなかった。


 だが、その胸中は穏やかではない。

 先ほどまで遠目に見ていた二人の姿は、驚くほど絵になっていた。相手は第二王子キース。身分、容姿、人格、どれを取っても申し分ない。世間から見れば、これ以上ない縁談だろう。


 ――だが。


 エドワードはキースの女性関係を知っていた。

 社交界では数え切れぬほどの令嬢へ秋波を送り、そのたびに恋の噂が立つ。本人に悪気はないのだろうが、その移ろいやすさがメリルの幸せに繋がるとは到底思えなかった。

 今はまだ、ただ興味を抱いているだけかもしれない。しかし、もし王家から正式な打診があれば、公爵家といえど容易には断れない。

 エドワードは静かにグラスを口元へ運ぶ。


 ――本格的に相手を探さねばならない。


 エドワードはそう自分に言い聞かせた。

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