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金星の約束  作者: ロンネ


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12/19

12.新たな家族

 翌朝、目を覚ました頃には、エドワードはすでに本邸へ戻った後だった。


 朝食を済ませると、公爵家別邸を出発し、再び馬車へ乗り込む。


 一日かけて王都を離れた一行は、夕暮れ前にエルトワ子爵家へ到着した。

 馬車が門をくぐると、屋敷の前では一組の家族が待っていた。


「お父様、お母様!」


「ソフィア!」


 馬車を降りたソフィアは、十六年ぶりとは思えないほど自然に両親のもとへ駆け寄る。

 レオナルドとキャサリンは、娘を優しく抱き締めた。


「ただいま。」


「おかえり、ソフィア。」


 その声だけで、長い歳月が溶けていくようだった。


「姉上、お帰りなさい。」

 穏やかな笑みを浮かべたフィリップが歩み寄る。

「ただいま、フィリップ。」


「初めまして、お義姉様。」

 隣に立つ女性が優雅に一礼した。

「サラと申します。お会いできる日を楽しみにしておりました。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 続いて二人の少年が前へ出る。

「伯母上、初めまして。ニコラス・エルトワと申します。」

 十一歳の兄に続き、

「ぼくはオーウェン! 初めまして!」

 八歳の少年が元気よく頭を下げた。

 その姿にソフィアの頬が自然と緩む。


「そして、この子が私の娘、メリルです。」

 促されるまま一歩前へ出て頭を下げる。

「初めまして。メリルと申します。よろしくお願いいたします。」

 顔を上げた瞬間、レオナルドたちは思わず息を止めた。

 

「……閣下によく似ていらっしゃる。」

 レオナルドが思わず漏らすと、キャサリンも目を潤ませながら頷く。

「ええ。でも、笑ったお顔はソフィアそのものね。」

 その言葉にソフィアは照れくさそうに笑った。

「ああ、メリル。」

 キャサリンは両手でメリルの手を包み込む。

「会いたかったわ。」

 初めて会う祖母の温もりに、メリルは胸がいっぱいになった。


「まずは旅の疲れを癒してちょうだい。」

 優しく促され、一家は屋敷の中へ入る。


 ***


 四日間は、あっという間に過ぎていった。


 家族と食卓を囲み、幼い頃のソフィアの思い出話に耳を傾ける。念願だったスレーデン湖も訪れた。その湖面はどこまでも澄み渡り、穏やかな時間がゆっくりと流れていた。


 ——ここがお母様の特別な場所。


  そう思うだけで、目の前に広がる景色はより美しく映る。


 そして四日後、公爵家の馬車がエルトワ家へ迎えにやって来た。


 名残惜しそうに手を振るレオナルドたちへ何度も振り返りながら、メリルは馬車へ乗り込む。


 半日ほどで、ウィルダーバーン公爵家本邸へ到着した。


 目の前に広がる館を見上げた瞬間、メリルは瞬きも忘れ見入ってしまった。

 王都の別邸も十分すぎるほど立派だった。けれど、本邸はその比ではなかった。

 白い石造りの館は中央棟を中心に幾つもの棟が連なり、左右へ大きく翼を広げている。高くそびえる塔屋の窓は陽光を受けてきらめき、その壮麗な姿はまるで一枚の絵画のようだった。

 屋敷を囲む庭園もまた圧巻だった。色とりどりの花々が季節ごとに美しく植えられ、幾何学模様に整えられた植え込みの向こうでは、噴水の水が静かな音を立てている。玄関へ続く馬車道はどこまでも長く、モーティス伯爵邸なら屋敷がもう一軒建ちそうなほどの広さがあった。


「これが……公爵家の本邸。」

 あまりの壮大さに、ただ見上げることしかできない。

「本当にここは別世界よね。」

 隣でソフィアも館を見上げ、小さく笑う。

「私もここへ来ると緊張するわ。一緒に少しずつ慣れていきましょう。」

 その言葉に、メリルは小さく頷いた。


 やがて馬車は長い馬車道をゆっくりと進み、正面玄関の前で静かに停まる。


 扉が開くと、玄関前には二列に並んだ使用人たちが一斉に頭を下げた。


 その中央には、エドワードと、年を重ねてもなお気品を失わない一人の女性が並んで立っている。


「お久しぶりです、マリア様。」

 ソフィアが深く一礼すると、マリアは静かに頷いた。


「……お久しぶりね、ソフィア。」

 短い言葉だったが、その眼差しは以前よりもずっと穏やかだった。


 メリルも一歩前へ進み、美しく膝を折る。


「初めまして。メリル・ウィルダーバーンでございます。本日よりお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。」


 非の打ち所のない挨拶に、マリアは満足そうに頷く。

「ええ。よく来ました。」

 その一言だけだった。

 けれど、その声音には確かな歓迎の色が宿っていた。

 メリルは立ち上がると、今度はエドワードへ向き直る。

「お父様。本日からよろしくお願いいたします。」

 あまりにも自然に「お父様」と呼ばれ、エドワードは一瞬言葉を失った。

「……ああ。」

 込み上げるものを堪えるように口元を押さえ、小さく頷いた。

「こちらこそ、よろしく。」

 その姿を見たソフィアは思わず笑みをこぼし、マリアもまた、誰にも気付かれないほど小さく口元を緩めた。


 その夜は、マリア、エドワード、ソフィア、メリルの四人で夕食を囲んだ。


 食事が一段落すると、マリアが背筋を伸ばし口を開く。


「入籍の日取りを決めなければなりません。王へのご報告、結婚式の準備、メリルのお披露目もございます。早速明日から取り掛かりましょう。」


「母上。」

 エドワードが苦笑を浮かべる。

「二人は今日到着したばかりです。少し控えていただけませんか。」


「何を言っているのです。」

 マリアはぴしゃりと言い切った。

「あなたが四十にもなって独身だったものですから、貴族たちの耳目も集まっています。ようやくソフィアを迎えることができた今、一日も早く正式に整えなければ、あらぬ噂を招くでしょう。」


「好きに言わせておけばいい。」

 エドワードは淡々と言い放つ。

「私が黙らせます。」


「エドワード。」

 ソフィアが優しく微笑んだ。

「私のことなら気にしないで。」

「しかし、無理をする必要はない。」

「大丈夫。」


 ソフィアは真っ直ぐマリアを見つめる。

「マリア様、ご指導願います。」


 一瞬だけ、食卓が静まり返る。


 マリアはソフィアを見つめ返し、ゆっくりと頷いた。

「ええ。承知しました。」


 その声には、公爵家の女主人としての厳しさと、新たな家族を迎え入れた温かさが宿っていた。


 そのやり取りを見つめながら、メリルは胸の奥で小さく息をつく。


 ――本当に、この家の一員になるんだ。


 一見厳しそうに見えたマリアも、家族を思って動いている。


 ふと、イーサンの姿が脳裏をよぎった。


 今頃、元気にしているだろうか。


 離れていても、立ち止まるわけにはいかない。


 私も、頑張らなければ。

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