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金星の約束  作者: ロンネ


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11/13

11.公爵令嬢

 数日かけて王都へ向かった。

 道中で宿泊した宿はどこも格式が高く、メリルは気後れしてばかりだった。

 王都へ近づくにつれ、街道を行き交う馬車や人の数は目に見えて増えていった。

 石畳の広い通りには立派な店が軒を連ね、美しく着飾った貴族や商人たちが行き交う。

「これが……王都。」

 自然と馬車の窓へ身を寄せる。今まで見たことのない賑わいに、目を奪われた。

 

 そうして一行は、王都にあるウィルダーバーン公爵家の別邸へと到着した。


 白い石造りの壮麗な館は、どこまでも横に広がり、左右に翼棟を従えていた。整然と刈り込まれた庭園と色鮮やかな花壇は、モーティス伯爵邸とは比べものにならないほど美しい。

 

 従者に手を引かれ馬車を降りれば、数人の使用人が控えていた。

「奥様、お嬢様、ご到着をお待ちしておりました。」

身なりの整った初老の男性が、一歩前へ進み出て深々と一礼する。

「カール、久しぶりね。奥様はまだ気が早いのではなくて?」

 ソフィアがくすりと笑う。

「失礼致しました、ソフィア様。」

 カールは目尻に皺を寄せ、今度はメリルへ向き直った。

「改めまして、メリルお嬢様。私は王都別邸の家令を務めております、カールと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

 突然『お嬢様』と呼ばれ、メリルは一瞬返事が遅れる。

「よ、よろしくお願いいたします。」

緊張でぎこちなく頭を下げると、カールは目を細めた。

「長旅でお疲れでしょう。お部屋をご用意しております。どうぞこちらへ。」

「ありがとう、カール。」

 ソフィアは何一つ戸惑う様子もなく歩みを進めるが、メリルはまだ慣れない。勝手がわからないまま母の後ろをついて、重厚な玄関をくぐった。

 

 玄関ホールへ足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。

吹き抜けの高い天井から降り注ぐ光が白い大理石の床を照らし、左右へと優雅に伸びる大階段が訪れる者を迎えている。壁には歴代当主の肖像画が並び、磨き抜かれた空間には、名門公爵家の長い歴史が息づいていた。

 モーティス伯爵邸も立派なお屋敷だった。けれど、その格式はまるで違う。一歩足を踏み入れただけで、自分が場違いな場所へ来てしまったような心地がした。


 カールの案内で大階段を上がり、長い廊下を進んでいく。すれ違う使用人たちは皆足を止め、ソフィアとメリルへ恭しく頭を下げた。


「こちらがメリルお嬢様のお部屋です。」


 扉がゆっくり開かれる。


「失礼します」と言ってしまいそうなのをすんでのところで飲み込む。一歩部屋へ進み入ると、口を開けて固まった。


 天蓋付きの大きなベッド。暖かな火が揺れる暖炉。ゆったりとした応接セットに、美しい鏡台、壁一面に並ぶ本棚。そして大きな窓の向こうには、手入れの行き届いた庭園が広がっている。


 どれもこれも、自分とは無縁の世界のものに思えた。


 「こちらでおくつろぎください。夕食のお時間になりましたら、お迎えに参ります。」


 「ありがとうございます、カールさん。」

 「カール、とお呼びください。それではここで失礼します。」

 一礼して部屋を出ていく家令を見送り、メリルは呆然と部屋を見回した。


 「……これが、本当に私のお部屋なの?」


 誰に問うでもなく、心のうちが漏れてしまった。


 どこへ立てばいいのかさえわからず、部屋の中でしばらく立ち尽くす。

 やがて、おそるおそる応接用のソファの端へ腰を下ろした。

 深く座ることもできず、膝の上で両手を重ねる。

 広すぎる部屋は自分には不釣り合いに感じて、落ち着けなかった。


 夕食の時間となり、迎えに来たカールに案内され食堂へ向かった。


 重厚な扉が静かに開く。


 長い食卓の奥には、一人の男性が腰を掛けていた。


「公爵様……。」

 思わず足を止めたメリルの横で、ソフィアが目を見開く。

「エドワード! 本邸にいるのではなくて?」

 エドワードは立ち上がると、穏やかな笑みを浮かべた。

「仕事が予定より早く片付いた。」

「まさか、仕事を放ってきたわけじゃないですよね?」

「フィア、私をなんだと思ってる。」

 呆れたように肩をすくめるエドワードに、ソフィアはほっと胸を撫で下ろした。

「でも、そんなに時間はない。明朝には本邸へ戻る。」

「そんな無理をしなくても……」

「これぐらい何ともない。会いたかった、フィア。」

 二人が見つめ合う甘い空気に、メリルはなんとなく居心地の悪さを覚え、小さく視線を逸らした。


「……ゴホン。」


 控えていたカールの遠慮がちな咳払いが食堂に響く。

 

「ああ、そうだった。」

 エドワードは何事もなかったようにメリルへ向き直った。

「メリル、長旅で疲れてはいないか?」

「お気遣いありがとうございます、公爵様。」

『公爵様』と呼ばれたことに、一瞬だけエドワードは寂しそうに目を伏せた。

「……部屋は気に入ったか?」

「あんな素敵なお部屋をご用意いただき、感謝しております。」

「そうか。気に入ってくれたなら、それでいい。」

 身に余る部屋だと思った。けれど、自分のために用意してくれたのだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 和やかな雰囲気のまま夕食は進み、食後のお茶が運ばれた頃、エドワードが静かに口を開く。

「明日はエルトワへ寄るのだろう。」

「ええ。四日ほど滞在する予定です。」

「久しぶりの家族水入らずだ。ゆっくりしてきなさい。」

 ソフィアは嬉しそうに頷いた。

「ありがとうございます、エドワード。」

「皆にも、よろしく伝えておいてくれ。」

「ええ、必ず。」

 二人の穏やかなやり取りを見つめながら、メリルは口元を緩めた。



 

 

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