11.公爵令嬢
数日かけて王都へ向かった。
道中で宿泊した宿はどこも格式が高く、メリルは気後れしてばかりだった。
王都へ近づくにつれ、街道を行き交う馬車や人の数は目に見えて増えていった。
石畳の広い通りには立派な店が軒を連ね、美しく着飾った貴族や商人たちが行き交う。
「これが……王都。」
自然と馬車の窓へ身を寄せる。今まで見たことのない賑わいに、目を奪われた。
そうして一行は、王都にあるウィルダーバーン公爵家の別邸へと到着した。
白い石造りの壮麗な館は、どこまでも横に広がり、左右に翼棟を従えていた。整然と刈り込まれた庭園と色鮮やかな花壇は、モーティス伯爵邸とは比べものにならないほど美しい。
従者に手を引かれ馬車を降りれば、数人の使用人が控えていた。
「奥様、お嬢様、ご到着をお待ちしておりました。」
身なりの整った初老の男性が、一歩前へ進み出て深々と一礼する。
「カール、久しぶりね。奥様はまだ気が早いのではなくて?」
ソフィアがくすりと笑う。
「失礼致しました、ソフィア様。」
カールは目尻に皺を寄せ、今度はメリルへ向き直った。
「改めまして、メリルお嬢様。私は王都別邸の家令を務めております、カールと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
突然『お嬢様』と呼ばれ、メリルは一瞬返事が遅れる。
「よ、よろしくお願いいたします。」
緊張でぎこちなく頭を下げると、カールは目を細めた。
「長旅でお疲れでしょう。お部屋をご用意しております。どうぞこちらへ。」
「ありがとう、カール。」
ソフィアは何一つ戸惑う様子もなく歩みを進めるが、メリルはまだ慣れない。勝手がわからないまま母の後ろをついて、重厚な玄関をくぐった。
玄関ホールへ足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。
吹き抜けの高い天井から降り注ぐ光が白い大理石の床を照らし、左右へと優雅に伸びる大階段が訪れる者を迎えている。壁には歴代当主の肖像画が並び、磨き抜かれた空間には、名門公爵家の長い歴史が息づいていた。
モーティス伯爵邸も立派なお屋敷だった。けれど、その格式はまるで違う。一歩足を踏み入れただけで、自分が場違いな場所へ来てしまったような心地がした。
カールの案内で大階段を上がり、長い廊下を進んでいく。すれ違う使用人たちは皆足を止め、ソフィアとメリルへ恭しく頭を下げた。
「こちらがメリルお嬢様のお部屋です。」
扉がゆっくり開かれる。
「失礼します」と言ってしまいそうなのをすんでのところで飲み込む。一歩部屋へ進み入ると、口を開けて固まった。
天蓋付きの大きなベッド。暖かな火が揺れる暖炉。ゆったりとした応接セットに、美しい鏡台、壁一面に並ぶ本棚。そして大きな窓の向こうには、手入れの行き届いた庭園が広がっている。
どれもこれも、自分とは無縁の世界のものに思えた。
「こちらでおくつろぎください。夕食のお時間になりましたら、お迎えに参ります。」
「ありがとうございます、カールさん。」
「カール、とお呼びください。それではここで失礼します。」
一礼して部屋を出ていく家令を見送り、メリルは呆然と部屋を見回した。
「……これが、本当に私のお部屋なの?」
誰に問うでもなく、心のうちが漏れてしまった。
どこへ立てばいいのかさえわからず、部屋の中でしばらく立ち尽くす。
やがて、おそるおそる応接用のソファの端へ腰を下ろした。
深く座ることもできず、膝の上で両手を重ねる。
広すぎる部屋は自分には不釣り合いに感じて、落ち着けなかった。
夕食の時間となり、迎えに来たカールに案内され食堂へ向かった。
重厚な扉が静かに開く。
長い食卓の奥には、一人の男性が腰を掛けていた。
「公爵様……。」
思わず足を止めたメリルの横で、ソフィアが目を見開く。
「エドワード! 本邸にいるのではなくて?」
エドワードは立ち上がると、穏やかな笑みを浮かべた。
「仕事が予定より早く片付いた。」
「まさか、仕事を放ってきたわけじゃないですよね?」
「フィア、私をなんだと思ってる。」
呆れたように肩をすくめるエドワードに、ソフィアはほっと胸を撫で下ろした。
「でも、そんなに時間はない。明朝には本邸へ戻る。」
「そんな無理をしなくても……」
「これぐらい何ともない。会いたかった、フィア。」
二人が見つめ合う甘い空気に、メリルはなんとなく居心地の悪さを覚え、小さく視線を逸らした。
「……ゴホン。」
控えていたカールの遠慮がちな咳払いが食堂に響く。
「ああ、そうだった。」
エドワードは何事もなかったようにメリルへ向き直った。
「メリル、長旅で疲れてはいないか?」
「お気遣いありがとうございます、公爵様。」
『公爵様』と呼ばれたことに、一瞬だけエドワードは寂しそうに目を伏せた。
「……部屋は気に入ったか?」
「あんな素敵なお部屋をご用意いただき、感謝しております。」
「そうか。気に入ってくれたなら、それでいい。」
身に余る部屋だと思った。けれど、自分のために用意してくれたのだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
和やかな雰囲気のまま夕食は進み、食後のお茶が運ばれた頃、エドワードが静かに口を開く。
「明日はエルトワへ寄るのだろう。」
「ええ。四日ほど滞在する予定です。」
「久しぶりの家族水入らずだ。ゆっくりしてきなさい。」
ソフィアは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます、エドワード。」
「皆にも、よろしく伝えておいてくれ。」
「ええ、必ず。」
二人の穏やかなやり取りを見つめながら、メリルは口元を緩めた。




