色は匂えど
「ノート様。」
「ノクチリカ嬢、ようこそ我が家へ。ご足労いただき申し訳ない。私が訪ねるべきところを。」
「いいえ、こちらこそ素敵なお屋敷に御招待いただき、光栄ですわ。」
社交辞令を交わしていると、リュクスが腕を差し出した。
「手を、ノクチリカ嬢。案内しよう。」
そう言われ、そっとリュクスの腕へ軽く手を置く。
御者が開いた扉から、屋敷の中へと入っていった。
「そういえば、気になっていたんだが、ノクチリカ嬢は不思議な魔力の使い方をするんだね。まるで、全ての音がノクチリカ嬢に吸い込まれてるようだ。」
リュクス様の目がチラッとこちらを見る。
美人は3日で飽きると聞くが、まだ飽きることのない美貌だ。
「まぁ。こちらのお屋敷が随分と静かだったものですから、招待を受けた身で、あまり騒がしくするのも、と思いまして。」
「へぇ……。是非、ノクチリカ嬢にはその魔力の使い方の話をお聞きしたいな。
とっても繊細だね。俺の腕に置いた手から、その魔力が伝わってきてない。」
「あら、イメージひとつでノート様もできますわよ。そんな難しいことはしてませんもの。」
「ふふ、君のそういう他者を気にしないところは良いところだと思うが……、少しもどかしいね。」
「……もどかしい?」
「あぁ。こんなに素晴らしいのに、過小評価されてる様にしか思えない。」
そう言って、ある部屋の前で止まった。
リュクスが足を止めると、部屋の扉がゆっくりと開く。
部屋の中は色とりどりの布が並べられていた。
頭を下げてる仕立て屋らしき人がいる。
リュクスに引っ張られるまま、部屋の中へと足を踏み入れた。
「いつもありがとう、頭を上げてくれ。」
そう仕立て屋らしき人にリュクスが声をかけるとゆっくり頭を上げた。
すっきりとした顔立ちの、見るからに仕事が早そうな女性だ。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。ノート公爵子息様におかれましては、本日も太陽の祝福を受けてるかの様で、ご健勝で何よりでございます。本日は、アルモニア子爵令嬢のドレスのお仕立てとのことでしたが、お間違えないでしょうか?」
リュクスの方を見てはっきりと伝える彼女は、本当に慣れているのだろう。
変に萎縮することなく、会話をしている。
「あぁ、そうだ。ここにいるノクチリカ嬢のドレスを仕立てたい。」
そうリュクスに視線を向けられ、彼女の視線も私へと向く。
そっとリュクスの腕から手を離して、足を軽く引き、丁寧に一礼した。
ワンピースが動きに合わせて揺れる。
「はじめまして、私はノクチリカ・アルモニアです。本日はよろしくお願い致します。」
仕立て屋は少しだけ目を見張ったあと、こちらに同じ様に丁寧に挨拶をしてくれる。
「はじめまして、アルモニア子爵令嬢。日の落ちる頃の様に美しい髪と静かなお姿が、まるで月の祝福を受けている様ですわ。私のことは仕立て屋とお呼びください。」
「ありがとう。お願いね、仕立て屋さん。」
そういうと、彼女はひとつ頷き、布が小さい正方形に切られて本に閉じられている――スワッチを見せてくれる。
「私はアルモニア子爵令嬢にはこの辺りの色が似合うと思っております。濃い青色の美しい髪は、明るい色をドレスに持っていくことでシックに、それでいて華やかにまとまります。特に、静かな落ち着いた方だと感じました。この辺り――ドレープを重ねて濃い色にしていくような、そんなイメージで布を選んでも良いかと。」
色鮮やかな布が貼られてるスワッチと、部屋に並べられた布の数々。
あらかじめ髪色などは伝えていたのだろう、色自体はある程度固められてるが、彼女はその布を脇によけたり、手繰り寄せたりしながら取捨選択をしている。
「ノクチリカ嬢には黄色の系統で仕立てて欲しいんだ。もちろん、ノクチリカ嬢が良ければ、だが。」
ふと声が上から降ってくる。
仕立て屋の動きに合わせて下を向いていた顔を、リュクスへと合わせる。
「黄色……ですか?別に構いませんが。」
軽く首を傾げつつ、仕立て屋が持ってきた布の中から黄色系統のものに視線を向ける。
艶のある布から、ふわふわしたシースルーの布まで、多くの質感が揃えられていた。
仕立て屋はリュクスの要望を聞いて、黄色系統の布のみを手元に寄せた。
「アルモニア子爵令嬢の髪色でしたら黄色も着こなせるかと思いますが、おそらく明るくて色の濃いものがパキッとして良いかと。」
そこで仕立て屋がリュクスの方を見てにこり、と笑った。
「例えば、どうです?この濃い黄色。きっとノート公爵子息がご要望する色でしょう?」
話を振られたリュクスは少しバツが悪い顔をしてこちらを見つめる。
「……どうだろうか、ノクチリカ嬢。」
静かにこちらを見つめてくるリュクスに小首を傾げる。
なぜ色にこだわってるか分からないが、まぁ、なにか彼自身の衣装との兼ね合いでもあるのだろう。
形へのこだわりはあれど、色にこだわりはないので、適当に頷いた。
「ええ、構いませんわ。」
「ありがとう。俺は当日、深い青でまとめようと思ってるんだ。」
そう言って、リュクスの手がこちらに伸びてくる。
「きっとノクチリカ嬢の髪によく合うよ。楽しみだな、当日が。」
肩のあたり流れていた髪を一房、リュクスが手に取る。
そのままその髪をするりと撫でられるように手を離すリュクスに、思わず頬に熱が籠るのがわかった。
少しだけ顔を背けて、リュクスに返事をする。
「あ、ありがとう存じます。ノート様も、きっと深い青色はその髪色に映え――黄色?」
「おや、ノクチリカ嬢は気づいてなかったのかな。」
ハッとしてリュクスの高い位置にある顔を見つめる。
「あぁ、きっと映えるね、君の髪色は俺に、俺の髪色は君に。さて、ドレスの形にも口出しさせていただけるのかな、ノクチリカ嬢。」
パートナーとして色を揃える以上の意図があるのか、
その深い緑の目を見つめたが、最後までわからなかった。




